6話 街に向かう

「パパ……ママ……」


 形ばかりの葬儀もそこそこに早速、両親の亡骸が埋められていく。寝る前に少し調子を崩したようだと言っていた二人は翌朝には冷たくなっていた。


「隣村の奴らと同じ症状だ。この村にもとうとう出た」

「どうする……あの子……」


 親戚筋にあたるものすら病を恐れてマイアに近づこうとしなかった。


「すまんがどこかに出て行ってくれ。でなければ……」


 そうしてマイアはたった一晩のうちに両親と生まれ育った家を失った。あてもないのに最低限の荷物と食料を持ってマイアは村を出るしかなかった。


「とりあえず……大きな街に……」


 マイアはそう自分に言い聞かせて道をひたすら歩いた。どうせなら自分も一緒の病で逝きたかったと時折思いつつも、それは叶わなかった。そうして迷い込んだ森でアシュレイに出会ったのだ。


「……落ち着いたか」

「はい」


 アシュレイから温かいスープとパンを分けて貰ってマイアはなんとか返事をした。


「ところでなんでお前は街をたった一人で目指していたんだ?」

「パパとママが死んだんで、人の多い所なら仕事があるだろうって……」

「……そうか。じゃあしばらくここにいろ」

「え……」

「お前には魔力があるようだ。ちゃんと勉強すれば使えるようになる。そうすればきっとまともな職につけるだろう。……一人前になるまでは俺がお前の面倒を見る。安心しろ」


 マイアはその言葉を聞いた途端に涙を流した。息もつけないほど泣きじゃくる彼女をアシュレイは抱き寄せてずっと背中を撫でていてくれた――。


『――伝言デース!! 伝言デース!!』

「うわっ」


 突然耳元で聞こえた甲高い声にマイアは飛び起きた。すると石でできた小鳥型のゴーレムが枕の上に乗っていた。


「はああ……夢かぁ……」


 窓の外を見る。空はまだ明け切らず早朝のようだった。現実に引き戻されたばかりでまだ夢の内容は生々しい。


「……確かにアシュレイさんは一人前になるまでっていってたのよね」

『伝言デース!』

「はいはい、分かった」


 マイアが小鳥のゴーレムの胸元に触れるとぺっと口から丸めたメモを吐き出した。


「なになに……」


 そのメモの内容を見たマイアはベッドから飛び出した。そしてそのままアシュレイの部屋のドアを開けて飛び込む。


「アシュレイさん!」


 その途端にマイアは見えない力で部屋の外に押し出された。


「いたた……」


 尻餅をついたマイアの前に寝間着姿のアシュレイが立ちふさがった。


「ノックをしないからこうなる」

「すみません……」

「まったく……」


 アシュレイの部屋には侵入者避けの魔法がかかっている。不用意に入ればこうなるのはマイアも分かっていたはずなのに、それすら忘れてしまうくらい彼女は舞い上がっていた。


「アシュレイさん、私の魔道具が売れたそうです!」

「ほう……」

「購入者の方に会えるそうなので、今日は私は街に行きます」

「……良かったな」

「はい!」


 小鳥のゴーレムが運んできたのはレイモンドからの知らせだった。マイアは大急ぎで朝食を作り、家事を済ませた。


「では! 行ってきます。お昼ご飯はここにありますからね。スープは自分で温めて下さいね」

「待て待て。夕方は少し雨が降る。冷えるからこれを」

「ありがとうございます」


 マイアはケープを一枚羽織って家を出た。ティオールの街まで徒歩で二時間ほど。ほとんど人が通らないせいで埋もれかかっている道をマイアは進む。するとマイアの横にカイルが現れた。


『どこに行くのだ?』

「あらカイル。街までいくのよ」

『街……あのざわざわした所か』


 カイルはちょっと嫌そうな顔をした。精霊のカイルにとって人の気配が多い街はあまり好きな場所ではないようだ。


「魔道具が売れたの。それで買った人に会いに行くの」


 マイアも街に行くのは久し振りだ。元々菜園の苗や小麦とか食料をたま買いに行くくらいで、一人で行くのも初めてである。しかもアシュレイは目的が済んだらすぐ帰ってしまう。


『そうか、では森の出口までなら送ろう』


 カイルはそう言うと変化した。いつかの子犬の姿ではなく金色の大きな狼の姿である。


『さあ、乗れ』

「いいの?」

『ああ』


 マイアは恐る恐るカイルの背に乗った。


『しっかり掴まっておけ』

「きゃあ!」


 急に風を切って走り始めたカイルの首元にマイアは慌てて縋り付いた。


『さあ着いたぞ』

「あ、ありがとう……」


 少しクラクラしながらマイアはお礼を言った。とはいえカイルのおかげで森の出口まであっという間にたどり着いた。


『ふふん、ではな』


 カイルはちょっと得意気に笑って現れた時と同様に姿を消した。


「助かっちゃった。これならお昼前には街に着けるわ」


 マイアは足取り軽く街へと向かった。

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