4話 マイアの魔道具
──それから三日後。マイアはあれから食事の用意以外の家事を放棄して部屋に篭っていた。そして目の前のものを満足気に見つめながら額の汗を拭いニヤッと笑った。
「出来たわ……」
マイアは『それ』を抱えてアシュレイのもとに走った。興奮を抑えられずに部屋のドアを激しく叩く。
「アシュレイさーん!」
「……だからノックは静かにと」
怪訝な顔をしたアシュレイが顔を出した。そんなアシュレイの腕をマイアはぐいぐいと引っ張った。
「アシュレイさんこっち来て下さい! 早く早く!」
「一体どうしたっていうんだよ……」
マイアに背中を押されて居間に来たアシュレイが目にしたのは……白い布をかぶせられた何かだった。マイアは得意気にその布を取り去った。
「じゃーん」
「なんだこれは」
そこにあったのは台座に据え付けられたゴーレムの手だった。
「これ、私が作ったんです」
「……手だけ? まあ良く出来てるな。お前、手先は器用だものな」
「ふふふ。それだけじゃないんです」
マイアはゴーレムの手の付け根、人間で言えば肘の上あたりにある小さなレバーを倒した。
「……これは……魔力が……まさか魔石か?」
途端に湧き上がった魔力の気配。アシュレイはマイアを見つめた。
「そうです。中に魔石をいれてこのレバーを倒すと魔法陣と触れるようにしています。そして……」
マイアはゴーレムの手にペンを握らせた。その手元に紙を置く。そしてもう一つあるレバーを倒して、何かを手にした。金属製の漏斗を改造したものには管がついており、ゴーレムの腕と繋がっている。
「これを見てください!」
マイアがそう言うとゴーレムが動き出した。そして紙に『これを見てください』と書き記した。
「最初のスイッチで魔力供給と制御の魔法陣に固定されます。次のスイッチで動作を命じる魔法陣が重なるようにしています」
「……おお」
アシュレイは感心したような顔をした。それは自分の教えた魔法の知識と魔石の特性を生かした魔道具だった。
「欠点は単純な動作が限界という事です。ですから私はこの管で聞こえた声を書き記す、という用途に絞りました」
「なかなかいい目の付け所だ」
「これなら魔石の魔力で普通の人にも扱えます。もうちょっと動作確認してみないと分からないけど」
マイアは自信に満ちた目で、アシュレイを見つめた。
「アシュレイさん。私は魔道具の職人になります。魔力を持たない人が魔石をもっと安全に気軽に使えるような魔道具を」
「……ほう。いいじゃないか」
アシュレイは顎先を撫でながら、マイアの渾身の作品を眺めた。一般にある魔道具は魔術師が自身の補助として使うものだ。発想は良い。しかし懸念点がある。
「だが……」
「はい」
「これをどうやって売るんだ? 誰に、何のために」
「え……」
アシュレイはほれみたことか、と思った。マイアの頭の中からは作る事に夢中でその事が抜けていたらしい。
「見世物のからくりとして売るのか? それもいいが、それを一生続けられるか?」
「う……」
マイアの頬が紅潮した。自分の視野の狭さを指摘されて恥ずかしかったのだ。
「ちゃ、ちゃんと考えます……! だからもうちょっとチャンスをください……」
「ああ、かまわん」
マイアはゴーレムの腕をそのままにしたまま、小走りに部屋へと戻っていった。
『意地悪をしている』
「そんなつもりはないぞ、カイル」
マイアが居間から去った途端に窓からひょっこりとカイルが顔を出した。
「少々世間知らずに育ってしまった。俺が甘やかしたせいだ」
『いいではないか。あれを売ったら合格でも』
「それでは駄目だ……まあ精霊のお前に言っても通じないだろうが」
アシュレイとカイルは旧知の仲のように話している。実際、二人は長きにわたる森の生活で面識があった。
「それより余計な事をするな」
『魔石はマイアへのお礼だ』
「お礼は一回でいい。いいか、人の世は差し出すものとその対価で回っている。過ぎたる対価はいずれ身を滅ぼす」
『ふーん』
カイルは一応返事をした。アシュレイはその分かったのかなんなのか分かりにくい表情に、これだから精霊はやっかいなのだと思った。
『私はマイアを気に入ったぞ。森にいればいい』
「そうはいかない。俺はあの子と約束したのだ。きちんと独り立ちできる大人に育てると」
『本当にそれだけ……?』
「どういう意味だ」
『そのままの意味さ』
カイルは澄まして答える。アシュレイはこれ以上カイルの相手をするのはまっぴらだと思った。アシュレイはだまって頭を掻いた後、わざとらしくニヤリと笑ってカイルに手をかざした。
「そうだ、悪い精霊は封印してしまおう」
『なっ、やめろ! 性悪魔術師め、今にあの子に愛想を尽かされるぞー』
カイルは捨て台詞を残して姿を消した。
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