第82話 巨人戦

 濃い霧に覆われたと思ったら、遠くから重々しい咆哮が聞こえてきた。


「ガルーダ。今のは?」


「分からねぇ。だが、この霧はおそらくこの先にいるやつの仕業だろうな。冒険者をこんなところに追い詰めたのもな……小僧はどうするつもりだ? 今なら逃げられるぞ」


 悩む必要はないな。


 ミーチャも調子は良さそうだが、無理は禁物だ。


「逃げよう。冒険者達のほとんどは武器がないから、護衛が必要だろうし」


「ああ、そうだな」


 僕達は冒険者の後を追うように上の階層に向かう階段に向かった。


 だが、先を進むガルーダが思いがけない声を上げた。


「これはどういうことだ!?」


「どうしたんだ?」


 ガルーダが手を出して、押しているような仕草を取っている。


 正直、こんなところではふざけないでほしいんだけど……。


「小僧。その目はないのではないか。俺は決してふざけているわけではないぞ。ここを触ってみろ」


 何もないところを指さされてもな……


 あれ? なんだこれ?


 なにもないはずの場所に壁? のような物を感じる。


 押しても叩いても何の反応もない。


「ロスティ。どうしたの?」


「それが……どうやら先に進めないみたいなんだ」


「どういうこと?」


 どうやって説明したものか……


「もしかしたら、どこからから抜け出すことが出来るかも知れない。この壁を伝って……」


「小僧。どうやらそんな時間はないようだぞ。敵がすぐ近くにいる。おそらく、この壁は敵が作った結界のようなものなのだろう。だとすれば、冒険者が一人も逃げ出せなかった理由も頷けるというものだ」


 そんな厄介なモンスターがいるなんて……


 とにかく臨戦態勢を取らなくては。


「ミーチャ。すぐに魔法を使えるように。ガルーダは……相手の出方を見てから決める」


「分かったわ」


「ああ。分かった」


 モンスターはすぐ近くにいるはずだが、深い霧のせいで全く姿が見えない。


 ただ大きな足音だけが近づいてくる。


「なっ……一旦、逃げろ!!」


 目の前に現れたのは、一ッ目のギガンテスだ。


 4メートルはあるという巨人だ。


 S級パーティでも倒すことが難しいとされるモンスターだ。


 特徴は怪力と耐久力、それに棍棒による広範囲攻撃だ。


 棍棒は武器破壊を何度も挑戦されてきたが、どういう訳か壊れることがないらしい。


 僕達では到底、敵うようなモンスターではない。


 ミーチャとガルーダと共に距離を取ろうと一斉に駆け出した。


「くそ、追いかけてくるな。それにしてもなんて早さだ。愚鈍そうなやつのくせに」


「なんでこんな場所にギガンテスが。いや、そんなことより小僧。ここで戦おう。ここならば、牢屋があるおかげで、奴の広範囲攻撃が出来ないはずだ。そうなれば、奴の攻撃力は半減。我らでも十分に勝機があるはずだ」


 仕方がない。


 どうせ、このまま逃げても追いつかれてしまう。


 それに見えない壁が今のところ、途切れている場所はない。


 この壁がモンスターによって作られているとしたら、この先にあるとも思えないな。


「分かった。防御結界は張ってくれ。攻撃は僕がやる。ミーチャ、幻影魔法を使ってくれ。とにかく、たくさんの僕を出すんだ」


「分かったわ。それとこれをロスティに預けておくわ」


 ミーチャから手渡されたのは、魔法剣だった。


「これは僕に使えないはずだろ?」


「そんなことはないわ。『無限収納』で魔力を引き出すことが出来ているから、魔法剣だって使えるはずよ。ロスティの役に必ず立つはずよ」


 魔法剣はものすごい魔力を代償に、強力な武器へと変貌する。


 いきなり使うのに躊躇してしまうが、手持ちの木聖剣はともかく、短剣ではギガンテス相手にはどこまで通用するか分からない。


「分かった。預かっておくよ。今度はガルーダの防御結界から絶対に出ないでくれよ」


 ミーチャは静かに頷いた。


 これで憂いはない。


 前面のモンスターに集中が出来る。


「ガルーダ。防御結界を張ったら、とにかく攻撃を加えてくれ」


「俺の攻撃ではギガンテス相手にはダメージを与えることは出来ないぞ」


 やはり、そうか……


「いいんだ。注意さえ逸してくれれば。あとは僕が全力の攻撃を加える。行くぞぉ!!」


 僕はギガンテスめがけて、駆け出した。


 遠くから「むう…・・・」という声が聞こえ、僕の周りには分身体が何体も現れた。


 ミーチャはやっぱり凄い魔法使いかも知れない。


 目の前に迫ると、ギガンテスはすぐに攻撃の姿勢に入った。


 注意は完全に僕から逸れている。


 これなら……


 地面を思いっきり蹴り飛ばし、ギガンテスの攻撃した瞬間を狙って、肩をめがけて木聖剣で斬撃を加えようとした。


 このタイミングなら……


 ギガンテスは薙ぎ払うように棍棒を振り回した。

 

 牢屋なんて関係ない、すべての物が一瞬で破壊され、ミーチャが出した僕の幻影もすべて消えてしまった。


 辺りは埃に覆われ、視界をなくす。


 それでも僕はギガンテスを捉えていた。


 ガラリと開いた肩から胸にかけて、斬撃を繰り出した。


 ギガンテスに当たったと思った。


 しかし、木聖剣は虚空を切っていた。


 その瞬間、ギガンテスの棍棒が目の前に迫り、回避することも出来ずに吹き飛ばされてしまった。


 その衝撃は凄まじく、何度も地面を転がった。


「ぐぇ……な、なんなんだ……確実に捉えたはずだったのに……」


「ロスティ!!」


 遠くからミーチャの声が聞こえる。


 良かった。防御結界から出ないでくれたんだな。


 ガルーダは必死にギガンテスに攻撃を加えているが、効いている様子はない。


 とにかくポーションだ。


 ポーションを飲むとたちどころに痛みが引いていく。


「もう一度だ。ミーチャ! 魔法を使ってくれ」


 ギガンテスは遊んでいるのか、向こうから攻撃をしてくることはない。


 近づくと、やはり攻撃の構えを見せてくる。


 さっきは避けられてしまったが、今度は棍棒を持つ腕を狙う。


 これならば絶対に避けられないはずだ。


 武器破壊は出来なくとも、棍棒を握られなくさせてやる。


 狙うは攻撃の瞬間……


 ギガンテスは分身体を狙ったのか、明後日の方向に攻撃を繰り出す。


「今だ!!」


 棍棒を持つ手の手首を狙って斬撃を繰り出した。


 これなら回避は出来ないはず……だった。


 再び、虚空を切り、ギガンテスは何事もないように立っていた。


「どういうことだ……?」


 さっきの攻撃は避けられたという感じではなかった。


 消えた。


 そうとしか思えない。


 最初は辺りが霧に覆われ、埃が舞っているせいで見誤ったと思った。


 しかし、今回は違う。


 霧はあるものの、視界は決して悪くはない。


 だとすれば……ここにいるギガンテスは本当に存在しているのか?


 それとも、消える特殊な力が?


 いや、そんな話は聞いたことがない。


 考え事をしている間もギガンテスは動く気配がない。


 逃げれば追ってくる。


 近づけば、攻撃をしてくる。


 逃げ場がない。


 攻撃も当たらない。


 こんな相手にどうやって戦えば良いのだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る