第80話 ミーチャの危機

 ストーンドラゴンを倒すと辺りからモンスターの気配が消えた。


 いわゆる階層のボスってやつだったのか?


 いや、そんなことはどうでもいい。


「ミーチャ。大丈夫か!?」


「ロスティ……あなたこそ大丈夫だった?」


 意識が戻ったようだ。


 でもいつものような元気がない。


「なんで、あんなことを。僕は大丈夫だったのに」


「分からないわ。体が動いちゃったの……私、死んじゃうのかな?」


 何を言って……


「とにかくポーションを飲むんだ。怪我が治るはずだ」


 ポーションを飲ませるが効果があまりない。


 どうすれば……


「小僧。嬢ちゃんの様子はどうだ? ……これはあまりよくないな。内臓に大きなダメージがあるようだな。ハイポーションさえあれば……」


 ハイポーション……。


「そうだ。小僧。料理だ!! あの料理を早く作れ!!」


「いや、しかし……」


「悩んでいる場合か! あの料理ならば、絶対に治るぞ!」


 たしかに料理に回復の効果があったと思うけど……


 早く街に戻ったほうがいいのではないか……


「ロスティ。お願い……料理を作って……」


 ミーチャまで……


「……分かった」


 幸いモンスターの気配はない。


 ここで作っても問題はないだろう。


 治療の為に料理?


 そのことに、どうしても抵抗があるが……


 とにかく集中だ。


 今一番の物を作るんだ。


「ミーチャ。待っていてくれ」


 キッチンを取り出し、料理を始める。


 包丁を持つ手が震えてしまう。


 こんなのではダメだ。


 とてもいい料理を作れるような状態ではない。


 ミーチャの姿を見ると苦しそうにこっちを見つめていた。


 ……この料理だけが今は頼りなんだ。


 食材を取り出す。


 ストーンドラゴンからドロップした肉を取り出した。


 外見が石だったが、とても柔らかそうな肉を持っているようだ。


 『料理』スキルが教えてくれる。


 この肉はステーキが一番のようだ。


 だが、今のミーチャにはとても食べられるようなものではない。


 もっと柔らかく……スープのようなものが理想だ。


 だとすれば……


 ヤロー麦を使おう。


 ヤローという植物系のモンスターからドロップした大麦のような食材だ。


 ストーンドラゴンの肉は下処理は然程必要ない。


 それほど上等な肉だ。薄切りにすれば噛まなくても口で溶けるほどに柔らかい。


 むしろ、熱を加えすぎると固くなる性質があるようだ。


 作ったのはヤロー麦のリゾット。


 ストーンドラゴンの肉を添えて完成だ。


「ミーチャ。出来たよ」


 ゆっくりと上体を上げ、出来上がったストーンドラゴンのリゾットをゆっくりとミーチャの口に運ぶ。


 噛まなくても食べれるおかげで、流し込むと喉がゆっくりと動いた。


 まだ食べれそうだな。


 ガルーダが食べたそうな顔を向けてくるが、もう少し状況を察して欲しい。


「まだ食べれそうか?」


「うん」


 少しだが、ミーチャの様子が良くなっているような感じがする。


 スプーンでゆっくりと食べさせていくと、盛った皿の分は全て無くなってしまった。


「ミーチャ……」


「ロスティ……」


「ミーチャ!!」


「おかわり……」


 なん、だと!?


 結局、作ったすべてのリゾットを食べてしまった。


 ミーチャの容態は? 大丈夫なのか?


「もうすっかり大丈夫みたい!! むしろ、体が軽くなったくらいよ」


 良かった……本当に良かった。


「ミーチャ。もう無理はしないでくれ。本当に心配したんだ」


「うん……ごめんね。でもね、私にとってロスティは全てなの。ロスティがいない世界なんて存在しないの。だから……絶対にいなくならないでね」


「もちろんだよ。僕にとってもミーチャは大切なんだ。絶対にいなくなったりしないよ」


「ふふっ。なんだか初めて聞いた気がするわ。でも、すごく嬉しい。ストーンドラゴンにちょっと感謝しちゃうかも」


 何をバカなことを。


「それで? いつから体が回復していたんだい?」


「それを聞いちゃうの? 実は一口目で……」


 そんな事ってあるのか?


 いくら『料理』スキルに回復効果が付与されているとは言え、ポーションで治せないようなものまで治してしまうとは。


「ガルーダ。『料理』スキルにこんな効果があるなんて聞いたことがある……」


 質問しようと思ったが、ガルーダが放心状態だ。


「ガルーダ?」


「あ? ああ、済まないな。さっきの見たこともない料理が気になってな。あれは……もう一度作ってもらうことは出来ないだろうか? いや、干し肉で我慢しろと言われるのは分かっているが……どうにか頼めないだろうか?」


 なんだ。そんなことか。


「構わないぞ。ミーチャ、すこし時間がかかるが待ってくれるか?」


「もちろんよ。さっきはあまり味わえなかったから、もう一度食べたいと思っていたのよ」


 まだ、食べるのか……


 ミーチャはすっかり元気になったようだ。


 ガルーダも疲れがふっとんだ、とはしゃいでいた。


 僕もリゾットを食べてみたが……やはりまだまだだ。


 もっと上を目指せるという実感があるが……どうしても今以上の味を出せないでいる。


 食材の問題なのか? それれと調理器具?


 なんにしても料理をする環境をもう少し拡充したほうが良さそうだ。


「ミーチャ。このダンジョンが終わったら、料理を少し極めようと思っているんだ。どこかいい場所はないかな?」


「ついに目的が見つかったのね。だったら、なんと言っても王都が一番よ。道具を揃えるにもいいし、食材も手に入りやすいわよ」


 王都か……次の目的地にするのも悪くないかも知れないな。


 どちらにしろ公国の情報もそろそろ入れておく必要がある。


 今の僕ならば……


「小僧達は王都にいくのか? だったら、俺も付いて行ってもいいか? 小僧たちとなら、実に楽しい旅になると思うのだが……」


「本音は?」


「ふむ。実は料理が……」


 正直に言えば、ガルーダは優秀な冒険者だと思う。


 ダンジョン攻略で心強いのは間違いない。


 その前に……


「ガルーダはパーティーがあるじゃないか。僕達と行動なんて共に出来ないんじゃないか?」


 ガルーダは苦々しい表情を浮かべた。


「実はな……最近は俺の居場所が無くなってきたような気がしているのだ。距離を置かれているというか……それでしばらくパーティーから離れたほうがいいと思ったのだ。小僧達は渡りに船なのだ。なんとか、ならないか?」


 やはり、パーティーで何かあったのか……


「分かった。だけど、判断するのはダンジョンが終わってからでもいいか?」


「おお。もちろんだ!! いや、言って良かった」


 ガルーダの言葉は本当に嬉しそうなのだが、表情は暗い。


 どのような事があっても古巣から離れることに一抹の寂しさを感じるものだ。


 僕だって……


 でも、今の居場所はミーチャの側で、この国だ。


「小僧。そろそろ出発するか。一応、確認されている階層は20だ。今は15階層。とりあえずの終着は近い。これから先はストーンドラゴンが可愛いと思えるほどのモンスターが出てくるだろうな」


 あれが可愛いほどか……


 それは恐ろしいな。


「だが、小僧ならば何の問題もないかもしれないな。単体でストーンドラゴンを打ち破るほどの力があるのだからな」


 あの時は無我夢中で何も覚えていないが……


「ミーチャ。行けそうか?」


「もちろんよ。行きましょう」


 ダンジョンの最深部を目指して、僕達は出発した。


 この先に待ち受けるものは……

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