第2話 ナザール公国
ここはナザール公国。大陸を二分する大国トルリア王国の北端に位置する山々に囲まれた長閑な土地だ。
元々ナザール家はトルリア王国の一諸侯に過ぎなかったが、公国初代ファリドの目覚ましい活躍により、版図を大きく拡大させ、トルリア王国を大陸有数の大国に成長させた。
その軍功は他の諸侯より軍を抜いており、王国はナザール家の独立を褒美として認めた。
僕はロスティ=スラーフ=ナザール。ナザール公国17代目フェーイ=ティモ=ナザールの次男だ。
兄弟は一つ上の異腹の兄タラスと三つ下の同腹の弟トリフォンがいる。
来年で16歳となり成人となる。
この世界では16歳の成人となる時にスキルと呼ばれるものが神より授けられる。スキルは多種多様あり、その数は千を有に超える。
スキルにはそれぞれ特徴がある。その特徴に合わせて職業が決まると言っても過言ではない。
例えば、異腹の兄タラスは先日、洗礼を受けて『剣士』スキルを授かった。
このスキルは総合スキルと言われて、複数のステータスが底上げされ、さらに剣技が高まるというレアスキルに相当するものだ。
一般人がこのスキルを手にすれば、公国騎士団に入団できるほどのものだ。公族となれば、後継者としてすぐに選ばれても不思議ではない。
しかし、タラスの後継者指名は延期された。
その理由が僕の存在だ。普通に考えれば、『剣士』スキル持ちで、嫡男であるタラスが後継者になることに異を唱える者はいないはずなのだが……。
タラスが洗礼を受けたその日の夜に、父上から呼び出しを受けた。
急ぎ、父上の執務室に向かうと、そこにはもう一人呼ばれていた者がいた。当然、タラスだ。
僕を見るなり、舌打ちをしてそうな不機嫌な顔で睨みつけてくる。
「お前さえ、いなけりゃ」
そんな悲しい言葉をかけてくる。だが、僕も公族として生まれた以上、後継者となるチャンスを逃すつもりはない。
「兄上。父上の御前です。そのような言葉は謹んだほうが宜しいかと」
「ちっ」
舌打ちは我慢できなかったみたいだ。父上はそんなやり取りを苦々しく見つめていた。
「タラス。そしてロスティ。よく来たな」
儀礼に乗っ取り、頭を下げたが、タラスは嫌々と言った感じで頭を下げていた。
「そんなに畏まる必要はない。さて、呼んだのは他でもない。私の後継者についてだ。お前たちの間に後継者の問題があるゆえ仲が悪いと言うことは知っている。しかし、この問題は公族の男子として避けては通れぬものだと思っている」
タラスが父上の言葉を遮るように喋り始めた。
「いいや!! 問題なんてないですね!! 俺が後継者になれば済む話ではないですか? 父上はなぜ難しく考えようとしているのか俺にはさっぱり分からないですが」
「ふむ。タラスはこう言っているが、ロスティはどう思っているのだ?」
「僕は……父上の意向に従います」
当然だろ? 公国の主は父上なんだ。その発言こそ、もっとも重く、僕やそれこそタラスの発言など無視できるほどだ。
「けっ。良い子ちゃん振りやがって」
「しかし、願わくば後継者になりたいと思っております。兄上は、その……素行が悪すぎるように思えます。民達も兄上が後継者になることに不安を感じております」
本来、こういう場では言葉を慎重に選ばなければならないと思う。しかし、タラスの言動は相当悪質なものなのだ。スキルは優秀かも知れないが、後継者としては最悪だ。
「なんだとっ!! 父上の前で戯言を抜かすな」
タラスは僕に殴りかからんばかりに、顔を紅潮させ、鼻息を荒くする。
「二人共、止さぬか!! 二人の気持ちはよく分かった。タラスよ。ロスティの言っていることは私も聞き及んでいる」
さすがは父上だ。僕が言うまでもなかったようだ。
「そ、それは何かの間違いで……」
さすがのタラスも、父上にそう言われては言い返す言葉も見当たらないといった様子で、顔に汗をかき、たじろいでいる。タラスが続きの言葉を言おうとするのを、父上は手で制した。
「だとしても、私はいちいち、それらを取り上げるつもりはない。一年だ。一年後、ロスティの洗礼式の後に後継者を決める」
驚いてしまった。まさか、そんな事態になるとは夢にも思っていなかったのだ。
「そ、そんな……」
「たった一年だ。何も問題はなかろう。お互いに後継者にふさわしい行動を心がけるようにな。以上だ。もう部屋に戻っても良いぞ」
悪事を指摘されてはタラスも何も言えないのだろう。タラスはずっと顔を真っ赤にしながら僕を睨みつけ、父上に礼もせずに出ていってしまった。父上はそんなタラスの姿を見て、大きなため息をした。
「ロスティも出ていくがよい」
「はい」
頭を下げてからドアノブに手を掛けたが、どうしても気になることがあって、立ち止まった。こんな時でないと聞けないと思ったからだ。
「父上。一つ聞いても宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「父上はなにゆえ兄上を後継者候補として残しておられるのですか? 正直に言えば、兄上は後継者にふさわしくないと思います。兄上の黒い噂は後を絶ちませんから」
父上への批判とも取れるような言葉にぎろりと睨みつけてくる。
「正直に話そう。ここだけの話と心得よ」
いつもと違う雰囲気になった父上に驚きながらも、頷いた。
「私もタラスが後継者にふさわしいとは思ってはいない。ロスティよ。お前は優秀だ。同年代でもお前に並ぶ者無く、おそらく将来は初代様にも並ぶほどの偉業を成し遂げられる……と私は思っている」
父上が僕をこれほど評価してくれているとは初耳だ。それだけで舞い上がりたいほど、嬉しい気持ちになる。
「それでは何ゆえなのですか?」
「私の考えはそうでも、先例というものを無視することは出来ないのだ。家督は嫡男が継ぐ。これは今までも、これからも変わらぬ。それにタラスは『剣士』スキルを授かっているからな……それを無下にすることも出来まい。私が出来るのはこの一年という時間を作るだけだ。あとはお前に優秀なスキルが授けられれば、私はお前を何の憂いもなく後継者として指名することが出来るのだ」
「僕のスキル次第ということですか?」
「スキル次第で能力が決まる。お前が公主にふさわしいスキルを得ることが最も重要であることは承知のはずだと思うが……いいか? 私はお前にチャンスを与えた。これを無駄にしないようするのだぞ」
実のところ、スキルが授かる仕組みについてはよく分かっていない。学者によってまちまちだが、二つに分類される。先天的か、後天的かだ。洗礼式までの努力がスキルに反映される後天的だとする考えを父上は信じている。
「分かっています。今まで以上に研鑽を積み、必ずや父上の期待に応えます」
「うむ。そういえば、明日より王国から第二王女がお見えになる。お前たちのどちらかの婚約者となる女性だ。くれぐれも粗相のないようにな」
「畏まりました」
執務室を離れた。父上が僕の想像以上に認めてくれていたことに、僕の心はそれだけ満たされていた。スキルは誰でも得られる。何の心配もないはずだ。一年後、後継者として選ばれているのは・・…僕のはずだ。
「父上の期待に応えるためにも、明日からはもっと鍛錬の時間を増やさないとな」
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