第89話 幕間19 サクラ

「魔物……!」

 聖騎士の一人がそう緊張した声で叫ぶと、わたしの背後でセシリアさんが「聖獣も見分けつかない馬鹿」と呟くのが聞こえた。

「お前たちは何者だ? 我々の後をつけてきたのか?」

 また別の聖騎士が探りを入れてくる。そして、彼らはじりじりと間合いを図るために動き始める。

 戦闘開始かな、と思いながら、わたしはそっと皆の様子を見回した。

 いつの間にかミカエルさんもアルトさんも剣を抜いていたし、王宮魔術師さんは剣を抜かないまでも魔力の渦が巻いているような、ただならぬ気配を発していた。セシリアさんだけが何も変わらず、のんびりしている。

 そして、三峯さんがいつの間にかわたしの横に立って、小さく囁いた。

「じゃんけんする?」

「え? 何が?」

「誰が戦うか。負けたら後ろで高みの見物」

「逆じゃないですか?」

 つい苦笑しながら返すと、天使姿の三峯さんは不満げに唇を尖らせながら首を横に振った。真っ白な翼がぱたぱた揺れるのも面白い光景だ。

「対人戦は久しぶりだから、俺がやりたいんだよね。闘技場で知ってると思うけど、俺強いし! でもサクラちゃん的には、動画とか撮れなくて残念じゃない?」

「は?」

「サクラちゃん、動画配信してるでしょ? もし、この動画のタイトルをつけるとしたら、『天使の虐殺』とかつけられそう。すげえ、そそられない?」

「んー」


 そんなことをぼそぼそと言い合っているわたしたちを見て焦れたように、聖騎士の一人が叫んだ。

「人間は殺せ、魔物と獣人は捕獲しろ! 神殿長に指示を仰ぐ!」

 それが合図のように、五人の聖騎士は統率の取れた動きでこちらを攻撃してきた。戦い慣れているのだろう、アルトさんの動きが素早い。主人であるミカエルさんを庇うように立ってからの、踏み込み。聖騎士の一人と剣を交え、あっさりと押し返す。

 一瞬だけ遅れてミカエルさんも同じように他の聖騎士と剣を交えたが、セシリアさんの余裕の構えは変わらないまま。


 出遅れた、と三峯さんが頭を掻いた後、わたしたち――魔人アバターと猫獣人アバターでも動きが見えないほどの速さで、彼は次々と聖騎士をなぎ倒していった。

「……出番なしじゃないかにゃ?」

 カオル君がわたしを見上げて肩を竦める。

 しかし、地面に倒された聖騎士も自分たちに勝ち目がないと解っていないのか、諦めが悪い。甲冑をがちゃがちゃ言わせながら立ち上がると、見た目的には弱そうに見えるのだろう、カオル君に向かって地面を蹴った。


 まあ、攻撃なんて許さないけどね。


 わたしは『優雅に』右足で聖騎士の腹を蹴り飛ばした。

 なめんじゃないよ、魔人アバターは動きがスタイリッシュなんだから!


「何故、獣人の味方をする!?」

 蹴り飛ばされて地面を転がった男が、無様な格好のまま叫ぶ。「それは穢れた血を持つ下等生物にすぎない! それとも、それは奴隷か!? 奴隷なら差し出せ!」


 ――はあ?


「何だとコラ、もう一回言ってみな」

 こめかみの血管がキレそうというのはこういうことか。下等生物とか奴隷って誰のことよ? わたしの大切で可愛いカオル君を奴隷扱いとか、いい根性してんじゃないの!?

「アキラに口調似てる。サクラちゃん、かーむだうん、かーむだうん」

 カオル君が間延びしたような口調で言うけれど、ここは引き下がれない。

「魔物も獣人も、この世界には不要な存在だ」

 必死に地面から立ち上がった男は、腹を押さえながら咳き込む。見たか、魔人の黄金の右足の威力。

 でも――。


 魔物は確かに危険な生物だろうとは思う。でも、獣人ってどういうこと?

 そういえば、最初の村で会ったシロさんのことを思い出す。彼は獣人アバターであることで、つらい目に遭ったって聞いた。でもどうしてそこまで嫌悪感を抱かれるんだろう。獣人って格好いいのに。

「この世界の人間が獣人に対して悪意を抱いてるのは知ってるけど、元々はどうして?」

 わたしがそう訊くと、彼は苦々し気に言葉を吐き出す。

「魔物に近い存在だからだ。穢れた血を持つ存在は、殺すべきだ」

 いや、そんな上っ面だけの理由が聞きたいんじゃない。もっと、本質的なところを知りたいわけなんだけど。


 そうしている間にも、次々と聖騎士たちはミカエルさんたち――主に人間離れしている三峯さんの攻撃を受け、あっという間に無力化されていく。


「もしもその子が奴隷だったとして、差し出したら何をするつもりなのかしらあ」

 背後からセシリアさんの声が飛ぶ。

 それまで、聖騎士は非常に雄弁だったと思う。きっと、わたしたち全員を殺して口封じするつもりだったから、何を言っても問題ないと思っていたんだろう。

 でも、自分たちの敗色が強くなったことで、一気に口が重くなる。

「やだわあ。ほら、獣人を奴隷扱いする人たちっているじゃない?」

 セシリアさんは妙に身体を震わせながら言うけれど、怖がっているどころか煽っている。「厭な噂を聞いたんだけどー、どこかの色基地外が獣人を性奴隷にするとか、そういう品性下劣な奴らがいるらしいのよぉ。もしかして、あなたたちもそうなんじゃない? あなたたちって神殿の人よね? さっき、神殿長に指示を仰ぐとか言ってたしね? ってことはー、その神殿長が神殿の中で可愛い獣人相手に性的なアレコレをー」


 何だとう!?


 視線が人を殺せるならば殺してやる、とわたしが聖騎士たちを睨むと、彼らは予想にもしていなかったことを言われたようで忌々し気な声を上げた。

「馬鹿にするな! そんな下賤な血の動物など、触れるのも虫唾が走る!」

「そうだ! 神殿長は素晴らしいお方だ! お前らが考えているようなことなど何も……!」


「じゃあ、何を考えているのかなあ」

 と、急に彼らの背後に立った三峯さんが冷えた笑顔のまま言った。彼の手は一人の聖騎士の首に押し当てられていて、ゆっくりとその手に力が込められていくのが解る。背後からだから彼らも予想はしていなかったのだろうが、その首――頸椎がみしみし言うのを聞いて慌てた。

「放せ、この化け物!」

 他の聖騎士たちが慌てて三峯さんに飛び掛かろうとする。

 でも、天使アバターの必殺技だろう、白い光が弾ける。すると、それを浴びた彼らが硬直して身動きが取れなくなったようだった。

「さて、もう一回聞こうか。何を、考えて、いるのかなあ?」

 三峯さんが首を掴んだ男を覗き込むと、甲冑の下から苦痛の呻き声が響く。

「あらやだ、首が折れそう。でも、痛いのは一瞬だからいいわよねー」

 セシリアさんがうふふ、と笑いながら声をかける。


「……神殿長は素晴らしいお方だ」

 そう言ったのは、身動き取れずに首を折られそうになっている男を見つめていた別の聖騎士だ。屈辱にも似た感情が漏れる声で、さらに続けた。

「神殿長は神の声を聞いた。下賤な血を絶やせと、この世界を浄化せよ、と。神託を聞いた、特別なお方だ。その選ばれたお方が、お前らが考えるような愚かな考えを抱くと思うのか。馬鹿にするな」

「神託ぅ?」

 あからさまに馬鹿にしたような声を上げるセシリアさん。

 それに、三峯さんが小首を傾げて眉根を寄せる。

「もしかしてあんたら、頭おかしい? 神様の声が聞こえるとか言っちゃうなんてな、ヤバい人なんじゃないの、その神殿長とかいうの」

「貴様!」

「あ、驚いた弾みでポキッと折っちゃうから黙っててくんない?」

 にこり、と笑う天使アバター。

 肌の白すぎる、美しい男性。男性というよりも、性別を感じさせない顔。エルフアバターの凛さんも綺麗だったけど、これはちょっとレベルが違う感じ。


 三峯さんは少しだけ考えこんだ後、そっと続けた。

「神様なんてものは、何も語らないものだよ」

「何?」

「神様っているかもしれないけど、ただそれだけだ。俺たち人間をどこかで見ているかもしれないし、見ていないかもしれない。そして、何があろうと絶対に関わってこない、いわゆる別の世界の存在なんだと思う」

 何故か、三峯さんの声は今までと違って奇妙な響きがあった。

 何か過去にあったのかな、と思わせるような、意味深な感情が紛れているようにも感じた。『あなたは神を信じますカー』とか言って誤魔化すと笑っていた彼はどこにいったんだろう。

 むしろ、天使アバターである彼が神託を下す、みたいな流れにするんじゃなかったっけ?

 それがいきなり、神様は何も語らない、なんて言い出した。


「そんな存在が、魔物を殺せとか獣人を殺せとか言う? いやいや、ないでしょ」

「……お前らに何が解る。この世界は壊れようとしているんだ。それを我々人間がとめなくてはいけない」

「わお。思い上がりっつーか、思い込み激しい」

 三峯さんはそこで掴んでいた首を放し、地面の上に男を転がした。そして、起き上がろうともがく男の腹の上に自分の右足を乗せ、笑顔のまま見下ろす。

「どこの世界でも宗教って怖いよな。でも俺、生き物の命を奪えという神とか、命をかけて戦えとかいう神とかは信用できないし、しない。それに、そんな神の声を代弁する奴らは皆、金も要求するようになるんだ。お布施がどうの、政治がどうの。世界を救うといいながら、何かの命を奪い始めたら『終わり』だよ」

「貴様に何が……」

「解るかって? ああ、解んないかもな」

 三峯さんはそこで笑みを消した。

 人間味のない秀麗な顔を見て、聖騎士が言葉を失ったようだ。僅かに怯えたように身体を震わせている。

「ただ一つだけ言えるのは、神の声を聞いた神殿長とやらのことだけど。もし、何かを聞いたというのなら、それは『神』じゃないんじゃねーの?」


 神じゃない。

 それはわたしも同意見だ。


「そんなことを語り掛けてくるんだとしたら俺、それを『邪神』って呼ぶんだと思うわ」


 そう彼が言った瞬間、カオル君がわたしの手を握ったのが解った。

 つい、視線を彼に向けると、眉間に皺を寄せている猫獣人の姿が目に入る。


 そう言えば、クエストの内容。


 ――邪神の復活を阻止しよう。


 わたしはてっきり、あの黒い蛇とか魔物とかを操ってるのが邪神なんだと思ってた。でも、それが違っていたとしたらどうだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る