第29話 正月
「あけましておめでとうございます!」
そんな声が各家から漏れ出ていた。そう。今日は1月1日。元日その日なのである。慈美子も勿論、お正月気分でルンルンである。お正月だけでなく、盆も一緒に来たように最高にハイな気分だった。
慈美子は着物を着て早速初詣にでかけた。長くて赤い髪に似合う真っ赤な着物。手には凧。初詣の帰りに上げるのだ。
「…ふふっ!やったわ!大吉だわ!」
神社で引いたおみくじの結果は大吉だった。さらに運気が上るように木に吊るした。
おみくじに満足した慈美子は、お賽銭を入れた。金額は45円。ケチなのではない。5円玉9枚で「始終ご縁がありあますように」と祈願したのだ。
お参りを終えると慈美子はさっそく凧を上げに広場に向かった。しかし、そこで不味いのに出くわす。
「あ~ら!地味子さんじゃないですの!」
城之内と三バカトリオである。城之内も三バカトリオも綺麗な着物姿だ。中でも城之内の着物は鶏群の一鶴のように抜きんでていた。真っ赤な髪にピッタリの真っ赤な色で、露出度の高いショッキングな着物だ。
慈美子はその派手なショッキング着物に目を奪われながらも挨拶をした。
「明けましておめでとうございます。あなた達も初詣?」
「そうですわ~!地味子さん!ちゃんとお参りはしてきましたの?」
「当たり前でしょ」
「お賽銭はいくらお入れになったの?」
「45円だけれど…」
それを聞いた城之内は慈美子の言葉を遮って、「ほほほほほ!」と高笑いした。まさに悪女の笑い方である。
「たったそれっぽっちしか入れないなんてドケチですのね~!」
「違うわ!始終ご縁って言…」
「ほほほほほ!言い訳して良い訳ないですの!言い訳は結構ですわ!わたくしは1万円入れましたの!親衛隊の皆様もそれぞれ100円ずつ入れましたわ!」
城之内は声高々に、慈美子を嘲笑した。一方、三バカトリオは苦笑いである。
慈美子は気を取り直して別の話題に転換した。
「おみくじは引いたの?」
その言葉に城之内の顔色が変わった。地団太を踏むように突然激怒したのだ。まるで舌打ちでも聞こえてきそうな形相だ。
「おみくじなんて当てになりませんわ!」
「じゃあ引かなかったの?」
その疑問に答えたのは三バカトリオだった。三バカトリオは城之内の気を伺いながら恐る恐る言う。
「引いたには引いたけれど…」
「城之内さんだけ大凶だったのよね~」
「怒っておみくじ破り捨てちゃったのよね…」
「余計な事は言わなくて結構ですの!」
城之内は三バカトリオを威嚇するように睨みつけた。まるでガラガラヘビがしっぽの音を鳴らす様である。
そんな威圧を全く感じない慈美子は気さくに口を開いた。
「おみくじは結び付けなきゃ駄目よ!結び付ければ運気は上がるのだから」
「大きなお世話ですの!」
城之内は慈美子に八つ当たりした。しかし、慈美子は気にせず、凧上げの準備を始めた。
それを見た城之内は機嫌を直し、慈美子に話しかけた。
「あら!地味子さんも凧上げをなさいますの?」
「『も』って事は、城之内さんも?」
そう聞かれると、城之内は待っていましたと言わんばかりに、広場の端を指差した。そこには人間より大きい巨大なカイトがあった。慈美子の普通のやっこさん凧とは大違いである。
「ほほほほほ!アメリカ製の特級品ですのよ!」
「へえ。凄いじゃない」
慈美子は素直に感心した。しかし、城之内はその態度がますます気に入らない。城之内は慈美子に宣戦布告した。
「どちらが高く長く飛ばせるか競争ですわね!」
「凧あげは別に競技じゃないと思うのだけれど…」
「ほほほ!負けるのが怖いんですのね!」
「別にそう言う訳じゃ…」
「じゃあ勝負、決定ですわね!」
城之内は一方的に勝負を取り付けた。別に何かを賭けている訳でもないので、慈美子も別に不満は無かった。
慈美子は凧を上げようと走り出した。しかし、中々上がらない。一方、城之内は三バカトリオを使って巨大凧を上げようとしていた。五魔寿里と古紙銀茶区が凧を持ち、尾立がリールを引いて走るのである。しかし、中々思うように凧が上がらない。
「も~お下手ですわね~!」
城之内はいら立ち、三バカトリオを激しく叱責した。三バカトリオは何とか凧を飛ばそうと必死である。そんな4人を横目に、慈美子はついに凧を飛ばす事に成功する。
「やったわぁ!上がったわぁ!!」
慈美子のそんな歓喜の声を聞いた城之内だが、焦った様子はない。この勝負、勝つ自信があるからだ。
「先に上げた方じゃなく、高く上げた方の勝ちですわ!お忘れなく!」
城之内は偉そうに指揮を執り、三バカトリオをこき使った。三バカトリオがウンザリし始めたころ、ついに城之内の凧も空高く上がった。
「やったわ!城之内さん!ついにやったわ!」
「お貸しなさい!」
城之内は尾立から凧のリールを強盗のように奪い取った。城之内は三バカトリオたちに労いの言葉も感謝の言葉も掛けなかった。そもそも、城之内は微塵も感謝などしていなかったのだ。
城之内は意気揚々と凧を上げる。凧はぐんぐんと雲目指して上空に飛んでいく。
「ほほほほ!わたくしの勝ちですわね!」
城之内が勝利宣言すると、強い突風が吹き荒れた。城之内の凧は強風に煽られ、城之内は凧に引っ張られた。腕にリールが絡まって解けないのだ。城之内はそのまま凧に引きずり出された。
ドン!!!
城之内は凧に振り回されて、顔面から岩に強打した。城之内の顔は岩にめり込み、岩にはひびが入っている。城之内はそのまま顔面を擦りながらズリ落ちた。
城之内は「うう…」と唸りながら起き上がった。
「いや~ん!わたくしの美貌が壊されましたわぁ~…!」
城之内の顔は傷だらけであった。まるで使い古されたぼろぞうきんの様である。
さらにぶつかった衝撃で凧の糸は切れ、城之内の凧は遥か彼方まで吹きとばされていった。あれだけ飛ばされては、もう回収不能。まさに泣きっ面に蜂である。
「凧をあんなに遠くまで飛ばすなんて…私の完敗だわ」
慈美子は自ら敗北宣言をした。慈美子には悪気はなかった。しかし、城之内には嫌味にしか聞こえない。ゲームに勝って戦争に負けたのだ。
慈美子はもうしばらく凧あげを続けた。凧を失った城之内たちは大人しくそれを見ている。慈美子の凧あげが終わるのを待っているのだ。なぜなら、城之内は第2戦を企んでいるからだ。
慈美子が一通り満足して凧を片付けている所に城之内が宣戦布告にやってきた。
「次は羽根突きで勝負しません?」
「うん。良いけれど…」
「決まりですわ!」
2人は羽子板を持ち構えた。2人とも気合いは十分である。まるで全米オープンの選手のような意気込みだ。
しかし、慈美子には1つ気がかりな事があり、城之内に申し出た。
「墨を顔に塗るのは無しにしましょうね」
「だ~めですわ!塗るんですの!」
1点も取られる気が全くない城之内は罰ゲームもやる気まんまんである。城之内は1点も失点しない自信があったのだ。
そして、城之内のサーブから試合が始まった。
「いきますわよ!えい!」
「や~!」
「とう!ですわ!」
2人の激しい攻防が続く。しかし、分は城之内にあった。城之内はテニスが得意で羽根つきにも自信があるのである。その自信通り、城之内は慈美子から得点を取った。
「ほほほほほ!罰ゲームですわ!」
城之内は墨で慈美子の顔中を塗りたくった。慈美子の顔は黒炭のように真っ黒になった。ガングロにしてもこんなに黒い顔にはならない。
「何もここまでしなくても良いでしょう!」
「ほほほほほ!墨をどれくらい塗っても良いかなんてルールはありませんわ!塗る所が無くなったから次は髪ですね!あなたの自慢の赤髪を真っ黒に染めてあげますわ!」
慈美子は血の気が引いた。何としても次は得点を取らなければならない。得点を取らなければ自慢の赤髪が真っ黒に塗りつぶされてしまうのだ。
次は慈美子からのサーブである。
「いくわよ~!」
「はあ~い!」
「はい!」
2人はまた激しい攻防を続けた。あまりに激しい攻防のあまり、2人はどんどん立ち位置がずれていく。
慈美子は次の一手で勝負を決め行く。
(これで私の勝ちよ!)
(ほほほほほ!テニスで培った反射神経を持つわたくしに失点させることなんてできませんわ!)
カーン!
慈美子が逆転の一手を付き返した。しかし、城之内はあっさりその羽根をロックオンした。
(捕らえましたわ!)
ガッ!
その瞬間、城之内は石につまずいて転び、空振りしてしまった。
慈美子の狙いはこれであった。少しずつ足場が移動するように城之内を誘導し、つまずかせようと大きな石に近づけていたのだ。慈美子の作戦勝ちである。
「は~い!塗るわよ~」
慈美子はさっきの仕返しと言わんばかりに城之内の顔を真っ黒に塗りつぶした。城之内の顔は完全にブラックアウトした。
「次に負けた方が自慢の赤髪を黒く塗りつぶされる…で、いいわよね?」
1失点もする気が無かった城之内は焦った。次も点を取られるかもしれない。城之内はすぐに手を打った。
「羽根つきはこれくらいにして、顔を洗いましょう!」
2人は顔を洗い、墨を落とした。引き分けで終了かと思いきや、城之内はまた別の勝負を仕掛けてきた。まるで覇権主義の軍事国家のように好戦的である。
「次はテニスで勝負ですの!」
「ええ。良いわよ」
次は自分の得意分野で勝負に打って出た。慈美子は知らないが、城之内はテニスは有数の有段者なのである。自分の土俵で勝負しようという禁じ手に打って出たのだ。
2人は神社の近くのテニスコートに移動する。2人は着物ながらラケットを持ち一丁前に構えた。
また、城之内のサーブからスタートである。
「いきますわよ~!」
ボン!!!
城之内のサーブしたボールは慈美子の顔面に激突した。硬式ボールであり非常に痛い。慈美子の顔には円形の痕が真っ赤に残った。
城之内の狙いはこれである。
「いった~い!」
ボン!!!!
「いやあん!」
痛がっている慈美子の顔面に2本目のサーブが激突した。慈美子は「あ~ん」と呻きながら、顔を押さえた。顔から手を離した瞬間―――。
ボン!
間髪入れずに城之内のサーブが慈美子の顔面を襲う!城之内のサービス権がなくなるまで慈美子の顔面にボールを強打させ続けた。そのたびに慈美子は悲鳴を上げた。城之内はその様子にご満悦である。
そして、いよいよ慈美子のサービス権である。
「いくわよ~!」
「はあ~い!」
城之内は慈美子のサービスを難なく打ち返した。
ボン!
城之内のレシーブはまたしても慈美子の顔面を強打した。慈美子の顔面は酷く凹んだ。その後も城之内のレシーブは慈美子の顔面を強打し続けた。
(ほほほほほ!この勝負わたくしの勝ちですわね!)
「ええええええいい!」
城之内が勝ちを確信したその時、慈美子は大声を上げ力いっぱいラケットを振り回した。慈美子が城之内の球をスマッシュで返したのだ。慈美子の根気が産んだ会心の一撃である。
ボカッ!!!!!
「きゃあああああああああああああ!!!」
そのスマッシュは城之内の顔面に激突した。あまりの痛さに倒れ込み、そのまま顔面を地面に強打した。
城之内の顔には真っ赤な円形の痣が派手に残り、塞がりかけていた傷口も派手に開いてしまった。
「いった~い!ですわ!!よくもやりましたわね~!こんなのはまぐれのラッキーパンチ!この恨みは九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九倍にしてお返し致しますわ!」
城之内は復讐に燃えていた。完全に逆恨みであるが。城之内の背後から火柱が上がっているように城之内は怒りに燃えていた。「ゴオオオー」という音が聞こえてきそうなくらいである。
しかし、その炎に水を差す出来事が起きた。
「初心者イビリはそのくらいにしておけよ」
その声の主は関都である。関都は暴れ馬を宥めるように城之内を窘めた。慈美子は関都の姿に驚く。
「いつから見てたの!?」
「ついさっき。途中から」
慈美子より驚いたのは城之内である。無様な姿を憧れの関都に見られてしまったのだ。
(いや~ん!こんな顔を関都さんに見られるだなんて!関都さんにわたくしのこんな姿を晒させるなんてぜ~たいに許せませんわ~!!この恨みは何垓倍にもして晴らさでいられませんわ!)
城之内は手で顔を覆い、必死に顔を隠している。
そんな城之内の醜態には目もくれず、関都はのほほんと話しかけた。
「おみくじはもう引いたかい?」
「お、おみくじだなんてわたくし信用してませんの!あんなもの絶対に引きたくありませんわ!」
「私は大吉だったわ!」
慈美子は髪の毛を掻き揚げ、自慢げに話した。関都はその話にピラニアのように食いついた。
「大吉だったって!?凄いじゃないか!その幸運に肖りたい!これからおみくじを引きに行くんだが、一緒に付いてきてくれないか!」
「これから?!初詣に行ってきたんじゃないの?」
「初詣にはこれから行く所なんだ。年越しのカウントダウンの後も朝までテレビを見続けて、寝たのは朝の5時なんだ。それでさっき起きた所だ」
「そうだったの!じゃあ喜んでお供するわ!」
2人は手を繋いで神社に向かって行った。その姿はまるで恋人同士である。取り残された城之内は最悪の気分であった。
「あなた達のせいよ…」
「え?」
「あなた達が先におみくじを引いてたらわたくしは大凶なんて引かなかったんですわ!この不運はあなた達のせいですの!」
「そんなむちゃくちゃな…」
「お黙りなさい!!わたくしに口答えなさるつもりですの!?」
城之内は三バカトリオにあまりにも理不尽な八つ当たりをするのであった。
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