第26話 ハロウィーン

今日は10月31日。そう、ハロウィーンである。ハロウィーンと言えば宗教的な祭事だが、日本ではただのコスプレ大会として扱われている。

慈美子たちも例外ではなく、ハロウィーンをただのコスプレイベントとして捉えていた。


「今日は皆どんなコスプレをしてくれるのか楽しみだなぁ~!」


 誰よりもハロウィーンを楽しみにしている関都は、教室でそんな独り言を呟く。関都自身はコスプレをする気はさらさらないが、他人のコスプレを見るのは楽しみなのである。紅白歌合戦自体は見ないが、紅白歌合戦の参加者は誰が選ばれるのかだけは気になるような感じに似ている。

そんな関都の元にコスプレをした城之内が、満を持して登場した。


「関都さん~!わたくしの仮装はいかがかしら~!」


 城之内はセクシーなサキュバスのコスプレをしていた。露出度が高く大変艶めかしい過激な衣装である。関都は鼻血でも出しそうなくらい興奮する。


「サキュバス良い!サキュバス!」


 他のクラスメイトも大興奮である。

そこに慈美子もやってきた。勿論コスプレ姿で。慈美子のコスプレは文化祭で使ったメイドの衣装。それを目の当たりにした城之内はここぞとばかりに慈美子を愚弄した。


「あ~ら!文化祭で着たコスチュームの使いまわしなんて芸がありません事!あなたの場合は仮装じゃなくて火葬でもした方がよろしいんじゃなくって?冥土だけに!ほほほほほっ!」

「そうか?僕は好きだぞ。このメイドの衣装」


 関都は慈美子の衣装を気に入った様子だった。関都は別に慈美子をフォローする気はなく、ただ素直な感想を述べただけだった。

 しかし、慈美子は関都のその言葉に心から救われた。


「ありがとう…関都くん。別の事にお金を使っちゃったから、文化祭の衣装を使いまわすしかなかったの…」


 そんな慈美子を遮るように、城之内が割って入ってきた。城之内はとにかく関都の視線を自分に釘付けにしたいのだ。


「メイド服なら勿論わたくしも持ってきてますわ!ハロウィーンは1つのコスプレしかしていけないという決まりはありませんの!沢山のコスプレをするのこそハロウィーンの醍醐味ですわ!」


 そう言うと城之内は、自分で持ってきていた移動用の簡易更衣室に入って、すぐさま着替え、露出度の高いメイドの恰好で出てきた。

 文化祭の時とは少し違う新しいメイド服を着こなした城之内は悩殺ポーズを決める。


「おおお!!!」


 クラス中が歓声を上げる。勿論関都もだ。城之内は関都だけじゃなく、クラス中が自分に注目をしているのに気を良くする。これも城之内の狙い通りだ。この日の為に簡易更衣室まで持ってきて、コスプレ衣装を沢山用意してきたのだ。クラスを自分の虜にするために。

 城之内は、また更衣室に入り、衣装チェンジした。今度は人魚のコスプレである。上半身はほぼ全裸で、乳首にヒトデを付けているだけという超過激な格好だ。


「やっぱり人魚に1番似合う髪色は赤髪ですわ!」

「ピューピュー!!」


 クラスの男子が口笛を吹いている。女子も男子も大盛り上がりである。そこにはもう慈美子の姿は無かった。しかし、誰一人そんな事には気が付いていない。

 城之内は再び早着替えする。


「石にしちゃいますわよ~ん!!!」


 城之内はメデューサのコスプレをした。自慢の長い髪を蛇のようにうねうねとくねらせている。うねうねとくねらせた髪の毛で乳首や陰部を隠し、完全に全裸である。


「おおおおおおお!!!!」


 男子たちは大興奮であるが、女子はその姿に少し引いていた。女子はひそひそとざわめきだす。


「これじゃあまるでストリップショーよね…」

「エッチなコスプレしかできないのかしら?」

「エロい衣装だけがコスプレじゃないのに…」


 女子たちは城之内に聞こえないように言っているつもりだったが、地獄耳の城之内にはしっかり聞こえていた。しかし、女子たちのこの反応も想定の範囲内である。


「過激な衣装だけがコスプレではございませんわ!次はアニメキャラのコスプレですの!」


 そう言うと、城之内はまた更衣室に戻り、着替えだした。メデューサの恰好でうねらせた髪の毛も、いつもの髪型に戻している。

 そして、城之内は見慣れた人気キャラに変身して出てきた。


「うっふ~ん!」


 ポケモンのムサシのコスプレである。城之内の真っ赤な髪を活かしたコスプレだ。城之内はもとからポケモンのムサシと同じ髪型をしているから違和感がゼロである。ただ城之内の方がムサシよりも髪の毛がかなり長く、ムサシは横からみるとR字型に見えるが、城之内は横から見ると横長に潰したD字型に見えるのである。毛先もムサシより大きくカールしており渦巻状態である。

 しかし、その恰好はだれがどう見てもムサシであった。髪の毛がかなり伸びたムサシとでも言いうのが正しい。


「切らなくても長い前髪が邪魔にならないように全ての髪を後ろに一纏めにしたこの髪型!長い髪の毛で美しい顔を隠してしまうのが勿体ないから、髪で顔が隠れないように髪を全て後ろに一纏めにしたこの髪型!長い後ろ髪でも美しいうなじがしっかり見えるこの髪型!縛っちゃうのが勿体ないから縛らずに一纏めにしたこの髪型!ポケモンのムサシの髪型は、まさにわたくしにピッタリの髪型ですの!」


 城之内は、髪を長くしていても綺麗な顔全体が開放的に見える様に、前髪も横髪も全て後ろに一纏めにしているのである。また、美しすぎる赤い髪の毛を切るのが嫌で伸ばし続けても地面に付いて汚れないように大きく歪曲させている。その髪型がたまたまムサシと一緒なのである。

 クラスは城之内の美しいコスプレに完全に見とれていた。クラスは、もはや城之内のファッションショーと化していた。しかし、そこに思わぬライバルが現れる。慈美子が戻ってきたのである。


「本当は関都くんにだけ後でこっそり見せるつもりだったけれど…。色んな衣装に着替えるのがハロウィーンの醍醐味なら、私も着替えようと思って。私の場合はメイド服とこの衣装の2着だけだけれど…」


 その慈美子のその姿に城之内は硬直した。どこかで見覚えがあるキャラのコスプレである。なんのキャラかは思いだせないが、城之内には悪寒が走った。

 次の一言で城之内はそのキャラの正体を悟る。


「それ、僕が夏コミで描いた漫画のヒロインのコスプレじゃないか!」


 真っ赤な長い髪に真っ赤なビキニアーマー。まさに関都が描いた美人ヒロインその人である。

 城之内に突然底知れぬ敗北感に襲われた。まさか!そんな手があったなんて!と盲点を突かれた気分だ。

 慈美子はいじらしい表情で照れくさそうに講じる。


「自慢の長い赤髪を活かした衣装にしたくって。それに、関都くんを喜ばせたくって…」

「ああ!嬉しいよ!最高に似合っているよ!」


 関都は今日1番喜んだ。自分の描いた漫画のキャラのコスプレをしてくれているのだから、これ以上にない喜びである。

 慈美子は髪を掻き揚げながら、さらに補足を付け加えた。


「この衣装にかなりお金を賭けたから、他の衣装にはお金を掛けれなくて文化祭の衣装を使いまわしたの…」

「そうだったのか!いやー凄いサプライズだ!」


 そのやり取りを聞いてクラスのオタクたちがざわつく。クラスの空気はオタクとそれ以外とで二分されていた。


「あれは夢野過多鞠先生のキャラじゃないか?!」

「夢野過多鞠って関都くんだったのか!」


 夢野過多鞠の作品はネットでも転売されており、オタクのコミュニティ界隈では知らぬ人は居ない程有名なのである。しかし、オタクたちと関都を除いては、皆城之内に釘付けだった。だが、城之内にとってはそれでは駄目である。1番注目して貰いたかった関都の関心を慈美子に根こそぎ奪い取られてしまったのだ。

 関都の視界にはもはや慈美子以外は入っていなかった。


「慈美子!その恰好で街を歩いてくれよ!」

「え!?」

「家まで送るからさ!その恰好で一緒に街を歩いてくれよ!」


 慈美子は予想外の申し出に困惑した。コスプレ姿で街を歩くのは少し恥ずかしい。しかし、関都と一緒に帰れるならそれでもいい。関都と一緒なら何も恥ずかしくない。


「うん!喜んで!」


 慈美子がそう言うと、2人は一足先に一緒に帰って行った。置き去りにされた気分の城之内は、仕方がなく、ファッションショーを続けてクラスの期待に応えるのだった。


(い~!次こそは、わたくしが関都さんの心を鷲掴みにしてあげるんですから!覚えてらっしゃい!!)

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