第17話 断髪
慈美子は自慢の長い赤髪を輝かせて教室の窓辺に居た。窓辺で、自慢の真っ赤な長い三つ編みをお手入れするために解き、さらさらとそよ風に靡かせていたのだ。
「ふふふんふ~ん!」
慈美子は鼻歌を歌いながら自慢の長い赤髪の手入れを続けた。至福の時間である。しかし、好事魔多し。余計な邪魔が入った。
「地味子さん!今度の日曜日空いてらっしゃるかしら?」
その高慢な顔は他ならぬ城之内である。慈美子は警戒しながら、職質された不審者のようにびくびくと答える。
「その日は特に用事はないけれど…」
「じゃあ決まりですわね!わたくしの別荘に地味子さんをご招待致しますわ!」
慈美子の顔が一気に青ざめた。かと思うと、血の気が引いて顔が一気に真っ白になった。城之内の招待など何か裏があるに違いない。そう思った。
しかし、城之内は引く気配がない。城之内は慈美子をしつこく誘う。
「サイクリングの時みたいに女同士の友情を深めましょうよ!」
慈美子は本当は断りたかった。しかし、城之内を信じてみる事にした。城之内も本当はこれ以上いがみ会い続けたくないのかも知れない。城之内も和解したいのかも知れない。そう思ったのだ。
「ええ。そうね。分かったわ!」
「では昼の3時に別荘に集合ですわ!前に行った別荘とは別な別荘なので地図を渡しておきますわ!」
慈美子は地図を受け取り、別荘の場所を確認した。そして、この日は何事もなくそのまま帰宅した。
そして、次の日曜日。いよいよ城之内の別荘に遊びに行く日である。
「遅刻遅刻~!」
慈美子は慌てていた。昨日は不安のあまりよく眠れなかったのだ。そのため、二度寝してしまい、遅刻しそうなのだ。慈美子は身長よりも長い三つ編みの赤髪を靡かせ、食パンを加えて走っている。そして、なんとか予定通りに電車に間に合い、集合時間丁度に城之内の別荘に付いた。
「セーフ!!!…よね?」
「3時00分47秒…。ギリギリセーフですわ」
城之内は慈美子を歓迎した。そこには三バカトリオも待ち受けていた。城之内と三バカトリオは、賓客のように慈美子を出迎えた。手にはクラッカーも持っている。
パン!パーン!
三バカトリオはクラッカーを鳴らした。城之内も花束を抱えながら拍手している。慈美子はあまりのおもてなしに反り返る様に驚いた。
「皆様と地味子さんをおもてなしする準備をしてましたの!さっさ!お入りなさい!」
そう言うと、城之内は慈美子に薔薇の花束を手渡した。慈美子はおじいちゃんおばあちゃんからお年玉を貰う子どものような嬉しそうな顔で受けとる。
「あ、ありがとう!みんなありがとー!!」
慈美子は満面の笑みである。不安が杞憂だったと安堵した。慈美子は選挙で繰り上げ当選した議員のように、安らかな気持ちになった。
「このお花。とってもいい香りがしますの!ぜひ嗅いでみて下さるかしら?」
慈美子は城之内に言われるがままにバラの花束の香りを嗅いだ。すると突然頭がクラっと来た。そのまま意識が遠のき、慈美子は気を失ってしまった。
やはり罠だったのである。慈美子はまた煮え湯を飲まされたのだ。
慈美子は気を失ったまま別荘の室内に運ばれ、そして、そのまま縛り上げられた。
そして、数時間後……慈美子はようやく気が付いた。
「おはようございます!ガイジンさん!」
元気のいい声は城之内である。その声に慈美子は完全に目が覚め、辺りを見回す。
慈美子は椅子に縛り付けられていた。まるで電気椅子の死刑執行のように頑丈に固定されているのである。縛り付けられた慈美子の前には等身大の鏡が置いてあった。慈美子は鏡と向かい合わせになっている。
慈美子は何が起きたのかさっぱりわからなかった。思わぬトラブルに慈美子はパニックになっている。
「なんなの!?どうなってるの~?!!」
鏡の奥に目を遣ると、城之内と三バカトリオが満面の笑みで立っていた。城之内は不気味な笑みを浮かべながら、背後からゆっくりと慈美子に近づいてくる。冷たい笑みは、まるで背後霊の様である。
慈美子はパニックを起こしながら、城之内に詰め寄った。
「どういうつもりなの!?何をするつもりなの!?」
「こうすりつもりですわよ!」
城之内は慈美子の長い長い真っ赤な三つ編みを綺麗に解いた。慈美子の長い赤髪は、枯れ尾花のように垂れ乱れた。
「ほほほほほ!お楽しみはこれからですわ!」
そう口にした城之内の手にはバリカンが握られていた。それを見た慈美子は頭が真っ白になった。城之内が何をするつもりか一瞬で悟ったのである。
「髪だけはやめてええええ!!!髪だけはあああ!!!髪を切られるくらいなら死んだ方がマシよ!!」
突然のアクシデントに慈美子は大パニックでそう叫ぶ。慈美子は富士急ハイランドのジェットコースターに乗っているかのような大絶叫をした。
「いやあーーーーー!!!!や、やめなさい!!やめなさいよ!!!!」
しかし、城之内は聞く耳を持たない。城之内はバリカンのスイッチをオンにした。
ウィーーーーン
「やめなさあああああああああああああいい!!!」
ジョリジョリジョリ…
城之内は慈美子の前髪を剃り始めた。慈美子の長い長い前髪は、花びらの様に散らされてしまう。慈美子は必死に泣き叫んだ。
「いやあああああああん!!!髪があああ!!!髪があああ!!!私の命より大事な赤髪がああああああ!!!」
城之内は悪戯をするいたずらっ子のように慈美子の髪の毛を剃り続けた。慈美子は必死に抵抗しようとするが全く動けない。慈美子は必死にやめてくれるように懇願する。
「やめて!やめて!やめて!やめて!もうやめて~~~!」
慈美子は前髪から頭のてっぺんの髪の毛まで剃られ、落ち武者のような姿になった。慈美子は鏡で自分の姿をみながら泣きじゃくる。
城之内はその姿を見て笑いながら、タブレット端末で写真を撮った。
パシャ!パシャ!パシャ!
「ひどいわ!ひどいわ!ひどいわ!死ぬまで髪を切らずに伸ばし続けるって固く心に誓ってたのにぃ~!どうしてこんな事を!!」
慈美子は激しく嘆いた。慈美子は今まで1度も髪を切った事が無かったのだ。前髪も横髪も後ろ髪も。身長より長い前髪は2つ分けにして、後ろ髪と一緒に三つ編みにしていたのである。しかし、そんな長い前髪も1本も無くなってしまった。
泣き叫ぶ慈美子対し、城之内は追い打ちをかけるように三バカトリオを呼んだ。
「さぁ、皆様も出番ですわよ!」
三バカトリオも電源が入ったバリカンを手に持って慈美子の背後にやってきた。まるで毛狩り隊のような格好である。慈美子は命乞いするように必死に懇願する。
「やめてええええ!やめてやめてえええ!!!どうか後ろ髪だけでも切らないでえ!」
「ちょっと!お楽しみはこれからよ?」
「切りはしないわ。剃るだけよ」
「スキンヘッドになりなさい!」
そう言うと4人で慈美子の残りの髪の毛を剃り上げにかかった。身動きが取れない慈美子は成す術がない。慈美子はただただ悲鳴を上げ続けるしかない。
「いやあ!!!いやあああ!!いやああああああああああああああ!!!!」
ジョリジョリジョリジョリジョリ!!!
慈美子の懇願も空しく、慈美子の髪の毛はどんどん剃られていった。慈美子の長い長い後ろ髪も、うなじも剃り上げられてツルピカになった。
こうして慈美子は髪の毛は全て剃られてスキンヘッドになってしまった。
「あああああああん…私のトレードマークの長い赤髪ぃ…私のチャームポイントの真っ赤なロングへアァ…血と汗と涙の努力の結晶がぁ…」
鏡に映った自分の頭を見て慈美子は大号泣した。慈美子の涙はナイアガラの滝のように流れ落ちている。そんな姿の慈美子を城之内はけらけらと笑いながら写真に撮影した。
「ほら~!もっとお笑いになって~!」
パシャパシャパシャ!
そう言いながら城之内は、スキンヘッドになった慈美子を連写している。慈美子はもう気が気でない。完全に正気を失っていた。慈美子は言葉にならないような声を発した。
「どヴじでごんなごどを……」
「ほほほほほ!無様な姿ですわ!」
「いいえ!お似合いよ!」
「このまま脱毛クリームを頭に塗り込んじゃいましょうか?」
「いっそレーザで毛穴を焼き払って永久脱毛しない?!」
「ほほほほほ!名案ですわね!」
「あそこまで伸ばすのに何年かかったと思ってるのよ~~~!!あなただけは謝っても許さない…!」
慈美子の心は怒りと悲しみがミックスソフトのように混ざり合い、凄く激昂していた。まるで般若の面のような表情である。しかし、城之内は対照的に仏のような満面の笑みである。
「ほほほ。これくらいでいいかしら…!皆様あれを!」
「ちゃっちゃちゃーん!」
三バカトリオが持ってきたのは「ドッキリ大成功」という看板であった。しかし、慈美子は納得が行かない。
「こんなドッキリが許されるとでもと思ってるの!?」
「なによ!ドッキリで怒る人がありますか!」
三バカトリオは口を3の字にして言い返す。しかし、慈美子は怒りが抑えきれず、強く反論する。
「どこがドッキリよ!剃ってしまった髪の毛はもう元には戻らないじゃない!生まれてから1度も切ってなかったのよ!元の長さに戻るまでかかったらもうオバサンじゃない!」
「きゃはははは!なによこんなもん!」
三バカトリオは床に散らばった真っ赤な髪の毛を踏みつけた。自慢の髪の毛を踏みにじられた慈美子の悲しみと憎しみはさらに激しくなっていく。
城之内はにんまりとした顔で慈美子を窘めた。
「ほほほほほ!御安心なさい!これはウィッグですの!」
「なによそれ!この切られた髪の毛をウィッグにするって言うの!?」
「違いますわ、これ自体がウィッグですの!」
慈美子は話が読めなかった。ショックのあまり冷静さを失っているせいだ。城之内は内部告発する社員のように豪語した。
「そのスキンヘッドは特殊メイクですの!あなたが寝てる間に長いウィッグを植毛したスキンヘッドの特殊メイクを施しましたの!あなたの本当の髪の毛は特殊メイクの下ですわ!本物の髪の毛は無事ですわ!」
慈美子はようやく我に返った。そういえば頭が少し大きい気がした。あまりの衝撃の大きさにそこまで気が回らなかったのだ。
「ほ~れ~!」
そう言いながら、三バカトリオが慈美子のスキンヘッドの特殊メイクを引きはがした。特殊メイクの下から、慈美子の長くて綺麗な髪の毛がバサーと垂れ落ちてきた。
城之内は満面の笑みで、慈美子に全てを明かした。
「分かったでしょ?こういう事ですの!」
「…っ!」
しかし、慈美子は納得が行かなかった。頭では理解できていても、心が静まらないのである。だが、城之内たちは慈美子の気持ちなどお構いなしである。城之内はさらに慈美子に心無い宣告する。
「さあ!用事は済みましたわ!帰って結構よ!」
「な、なんですってえええ!?」
「気を付けてお帰りになって!」
城之内が一方的に別れを告げると、慈美子は有無を言わせずにつまみ出された。心に大きな傷を負った慈美子はトボトボと帰るのであった。
その後、慈美子は城之内のインスタを見ると、スキンヘッド姿の自分の姿が上げられているのであった。城之内はスキンヘッド姿の慈美子を晒し者にし、かつ、笑い者にしているのである。
インスタのコメントにはこう書かれていた。
《ドッキリ大成功!ですの!!
実はこれ特殊メイクですの!
しかし地味子さんは本当に剃られたと思いこんでますのよ!
#自分の髪を剃られたと思いこんでいる精神異常者 #剃髪 #スキンヘッド》
慈美子は悔しかったが、慈美子には何もやり返せない。今更城之内とやり合っても仕方がない。そう思いこむ事にした。
「今日はとっても辛かったわ。明日はき~っと楽しくなるよね…?」
それから慈美子は髪を剃られる恐怖がフラッシュバックし、PTSDのような症状に悩まされるようになるのであった。
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