第65話 怪我は心配なさらないでくださいな

 ニールとオーカスに遊びも兼ねて、泥人形を作ってもらいました。

 意外と手先が器用なオーカスのこねた泥人形は頭・手・足が球形で構成されていて、全体も丸っこいのに絶妙なバランスを保つ奇跡的な体型です。

 ニールの泥人形はよく言えば、独創的ですけどとても前衛的過ぎて、人の姿かどうかも怪しいですわね。


 その泥人形に魔力を込めれば、死体のイミテーションが完成ですわ。

 もっとリアリティに拘って、細部まで作り込もうとすれば、爺やのホムンクルスを元にするのが最適なのですけど。

 ただ、ホムンクルスとはいえ、命は命です。

 命あるものを死体にするのは憚られますでしょう?

 それに泥をこねた物でも十分にギルドを納得させられる物を作り上げた自信がありますわ。


「本当に大丈夫かな?」

「ええ。問題ありませんわ。大陸西部は魔法を軽んじる風潮がございますもの。そのせいで魔法文化が非常に遅れているのです。この私の魔法を見破るのは万が一にもありえませんわ」


 これは例え、魔法に関して大陸でもっとも発展している帝国であっても同じですけども。

 伊達に何千年も魔法を研究していた訳ではありませんのよ?

 ただ、一つだけ重要な問題が発生しているのですわ……。

 あまりに本物に似せようと頑張りすぎたせいで自分で作った物なのに吐き気を催すんですもの。


 🦊 🦊 🦊


 ギルドへの報告は少々、拍子抜けするくらいにあっさりと終わりました。

 大きな町のギルドなのにこんなに簡単に騙されて、いいのかしら?

 心配になってきましたけれど、私の作ったイミテーションがそれだけ、精巧だったということかしらね。


 このまま、順調にクエストをこなしていけば、近くランクアップも可能なことも分かりました。

 まず、このリジュボーでランクを上げ、レオの魔装を何としてでも見つけ出さないといけませんわね。

 オルレーヌ王国を目指すのはそれからというのが私の立てた計画だったのです。

 しかし、計画とは得てして、狂うものですわ。

 西部地域ののダンジョンに眠るという漠然とした情報だけで雲をつかむような話なのです。


「リーナ、それでこれってどういう状況?」

「私も少しくらい、身を守れた方がよろしいでしょう?」


 私とレオは冒険者ギルドに併設された演武場で対峙しております。

 レオは軽く背丈を超えようかという大剣を手にして、未だに不思議そうな顔をしています。

 私はというとまだ、武器の類を手にしていません。

 なぜですかって?

 扱う武器の種別が特殊なのでギルドの方で用意された刃を潰した練習用武具にはなかったのです。


 ちょっと……少々……いえ、かなり痛いのですけど仕方がありませんわね。

 人より鋭い犬歯を左の手首に突き立てると自分で加減しても余りある痛覚とともにドクドクと赤い液体が溢れ出してきました。

 血に塗れた左手を振るうとそこには湾曲した刀身をルビーを思わせる深い紅の色で染められた大鎌があります。

 血塗れの大鎌ブラッディ・リーパー

 そう名付けました。

 過去の生においても戦場で武器として使ったことは指で数えられるほどしか、ありません。

 理由は簡単明瞭ですわ!

 非常に扱いにくいんですもの。

 重量に物を言わせて、横薙ぎに振り回したり、上段から思い切り振り下ろすのが常道なのですが大きさと重さのせいで取り回しが利きにくいのです。


「ねえ、リーナ。本当にそれで練習するのかな?」

「はい。何か問題ございますの?」

「それ、使いにくいと思うんだけどなぁ」

「だから、レオに教えて欲しいのですわ。怪我は心配なさらないでくださいな。七つの門セブンスゲートをかけてありますから、お互いに思い切り、切りかかっても大丈夫ですわ」

「それは分かるんだけどさ。やりにくいんだよなぁ」


 私だって、やりたい訳ではないんですのよ?

 でも、オートクレールに頼り切りという現状は危ないと思うのです。

 ですから、覚悟してくださいな。


「レオ! 遠慮なく、どうぞ」

「そっちこそ、どうぞ」


 そう言いながら、両の手で構えた血塗れの大鎌ブラッディ・リーパーを横薙ぎに振るって、レオの首筋を狙っていきます。

 先んずればすなわち何とやら、ですわ。

 レオはいとも事もなげに受け止めましたけど。

 それも大剣を片手で扱ってるにも拘わらず、ですのよ?

 一体、どうなっているのかしら。


「勝ったら、ご褒美とか、罰ゲームとかある?」


 両手で渾身の力を込めて押してますのに平然とした顔のまま、止められるとは思っていませんでした。

 軽々と受け止められただけでも衝撃的なのにそんな提案をされるなんて、考えもしてませんでしたから、安易にその申し出を受けてしまったのです。


「敗者は勝者のお願いを一つだけ、何でも聞く。これでどうかしら?」

「うん、悪くないね。って言ったよね?」

「言いましたけど……ふぇ!?」


 気付いた時には既にもう遅かったのです……。

 レオが受け止めるのを止めて、急に受け流そうとするものですから、力を込めていた私がバランスを大きく崩すのは自然の摂理ですわね。

 ええ、分かってましたのよ?

 分かっていても止められませんもの。

 前のめりになった体は止められなくて、そのままでしたら、床とキスするところでした。

 危なかったですわ。

 でも、レオは空いた片手でしっかりと受け止めてくれましたの。


「あ、あのレオ……あんっ」

「どうしたの、リーナ?」


 わ、わざとしてますのね?

 さりげなく胸に手を副えて、周囲に気付かれないように揉んできます。

 どれだけ、私の胸が好きなんでしょう。

 ちょっとでも隙があったら、これですもの。

 でも、周りには私が怪我をしないように受け止めた紳士と見えているのでしょう?

 本当は違いますのよ。

 この子、わざとやっているのですから。


「ふぁ、やぁん……ちょっと、レオってばぁ」

「だから、どうしたの? 顔が赤いけどまだ、調子がよくないかな?」


 顔が赤いのはあなたが揉むどころか、摘まんだり、こねたりするからですわ!

 変な声が出そうですし、力も抜けましたし、これでは練習になんて、なりやしません。


「もう降参する?」


 胸を愛でるのでひとしきり堪能して、満足したみたいで解放されました。

 ですが、既に息が上がったのですけど!

 しかも動いたからではなく、別の意味ですわ。

 レオは何だか、余裕しゃくしゃくといった感じでもう勝ちを確信しているのかしら?

 悔しいですけど、覆しようのない圧倒的な実力差があると良く分かりましたわ。

 でも、何も出来ないまま、終わるのは納得がいきませんのよ。


「まだですわ。まだ、終わってませんもの」


 血塗れの大鎌ブラッディ・リーパーの刀身を床ギリギリに下げて、最下段から切り上げます。

 これなら、どうかしら?


「は? え?」


 はい、分かっていましたとも。

 レオにとって、その程度の動きでは両手を使うまでもないことだって。

 片手で軽く受け止めただけではなく、そのまま力任せに押し切られたら、止める術などありません。

 具現化していた血塗れの大鎌ブラッディ・リーパーは地面にぺったりと尻餅をついた瞬間に消えてしまい、残されたのは放心状態で床に蹲った私だけですわ。


「リーナはさ。振り方が大振りなんだよね。大型の武器はもっと細やかな動きを心掛けたら、もっと使えると思うよ。それにさ……今度こそ、僕が守るから! 心配しないで、僕の大事なお姫さま」


 くつくつと笑いながら、そう言うと私の手を取って、立ち上がらせてくれます。

 賭けには負けてしまいました。

 でも、負けた悔しさなんて、どうでもいいのです。

 レオが見せてくれる優しさと愛に比べれば、負けたからといって、何があるのでしょう!

 ええ、そうですわ。

 負けてもどうということはないのです。

 気にしたら、いけません。

 そう思っていた私が甘かったのですわ。

 『夜が楽しみだなぁ』と耳元で囁くレオの一言に止めを刺され、私の頭が処理の限界を迎えましたもの。

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