第41話 ちょっと昔を思い出す夢でしたの

「どうして、ユーリア姉さまが行かないといけないのですか?」


 ライラが泣き腫らした顔で私に縋りついてくる。

 私と同じ顔をした、私の合わせ鏡。


「あなたはこの国に必要なの。私は魔力も無いし、何の取柄もないでしょ? これくらいしか、あなたにしてあげられることないのよ」


 嘘。

 この国、オルレーヌ王国は魔力を軽んじている。

 王家にのみ伝わる伝承によれば、歴代の王にも魔力無しの者が多いのだがそれが問題視されることはなかった。

 だから、魔力無しを理由に王位継承権はなくならないし、私が次期女王となることにも変わりはないのだ。

 女王として即位し、妹ライラが同盟国の第二王子に嫁ぐのが本来の形。

 しかし、それは絶対に出来ない。

 なぜ?

 それは……ライラが妹ではなく、本当は弟だからだ。

 双子の姉弟として、生まれた私とライラだが男として生まれたライラに向けられた視線は冷たい。

 女王のスペアにすらなれない不要の者。

 なぜ?

 女性にしか、継承権がない絶対的な女王が支配する国だからだ。

 馬鹿げた話だがこの国ではそれが罷り通っている。

 だから、私は愛する弟の為に自らの身を捧げることにした。

 女なのだから、私が嫁げばいいだけのこと。

 あの子は…ライラは賢い子だから、国を変えてくれるに違いないと信じて。


 🐴 🐴 🐴


「どうして……こんなことに」


 何を間違えたの?

 輿入れの馬車が国境を越え、同盟国に入り、油断していた。

 異変が起きたのは深く暗い森に差し掛かった時だった。

 武装した集団による襲撃を受けたのだ。

 単なる野盗の類ではない。

 武器も身に着けている装具も統一されている。

 賊徒ではなく、正規の訓練を受けた者であることは間違いないだろう。

 オルレーヌは武芸をたっとぶことを由とする文化を持つ国だ。

 その影響は王侯貴族だけではなく、一般民衆にまで及ぶ。

 王女である私が武芸を嗜むのは当然の義務であり、仕える侍女も武芸に長けていることが条件なのだ。

 多少、腕が立つ騎士程度なら、難なくひねりつぶせる。

 しかし、如何にせよ、敵が多すぎる。

 多勢に無勢もいいところで護衛の騎士たちも一人、また一人と斃れていく。

 これ以上、抵抗すれば、無駄な命が失われるだけだろう。

 私はそれを望まない。

 他国で過ごすことになる私を心配して、ついてきてくれた侍女や騎士が犠牲になるのはもう見たくない。


「あなたがたの狙いはこの私でしょう? ですが、私は操を失う訳にはいかないのです。私の命を差し上げますから、皆さんの命は助けてくださいませんか? お願いします」

「ま、待て、はやま」


 私は賊の首領らしい男が何か、叫んでいたことを最後まで聞くことなく、手にした短剣を心臓に突き刺した。

 痛いのは一瞬のこと。

 どうすれば、死ねるのか、良く知っているのでから。

 これで何度目?

 自ら、命を絶つのは相変わらず、気分が悪いわね。

 でも、一度目の時ほど、悲しくも無ければ、辛くもないわ。

 唯一の心残りはまた、あなたに会えなかったこと……。


 🦊 🦊 🦊


「リーナ、大丈夫?」


 レオがコップに水を入れ、差し出してくれるので唇を潤す程度に軽く、口に含みました。

 よく冷えた水が乾いた喉を潤してくれ、少し落ち着きを取り戻せた気がします。

 それにしても久しぶりに嫌な夢を見たわね。


「うなされていたみたいだけど、本当に大丈夫?」

「ええ。ちょっと昔を思い出す夢でしたの」


 昨日、お風呂でレオを『何とかしてあげよう』と色々、試みたもののどれもうまくいかなかったのです。

 それでレオをどうにかするよりも私がちゃんと受け入れられるようにすればいいのではという解答を導き出しました。

 ただ、その何とかする方法が分かりません。

 まだ、痛みがあるのでレオが気遣ってくれますから、夜はそのまま、抱き締め合って寝ることで抑えていたのです。


「私の前世の百合はレオも知ってますのよね?」

「うん、良く知ってるよ」


 最近はレオがいますから、不安になることもありません。

 変な夢を見るなんて、随分と久しぶりですもの。

 もしかしたら、誘拐事件の犯人一味のことが気に掛かっているせいかしら?


「ユリの前に転生していたのもこの世界でしたの。西部にオルレーヌ王国という小さな国がありますけど。御存知ないかしら?」

「知らない国かな。いや、薄っすらと記憶にはあるんだけど。靄がかかったみたいではっきりと分からないなぁ」

「知らなくても別に問題はありませんのよ? 小さな国ですもの。私、そこの第一王女だったのです」

「その王女だった時の夢を見たってこと? その割に結構、うなされていたよ」

「それは……その死ぬところまで見てしまいましたから」

「あっ……そうなんだ。いくら、僕達がって言ってもきついよね」


 何度も経験したからといっても死に慣れたのではありません。

 死ぬことに慣れたというより、感覚が麻痺しただけなのでしょう。

 何度も転生を繰り返しているうちに諦観が強くなってきて、『今度はこのような死に方ですのね?』としか、受け取れなくなるのよね。


「はい。ですから、死ぬこと自体にそれほどの恐れを抱いてなかったのです。今までは……でも、今はレオと少しでも長く、一緒にいたいわ。だから、死ぬのが怖いの」

「分かってる、分かってるよ、リーナ。僕も一緒だから」


 そう言って、優しく抱き締めてくれるレオの体温を感じて、安心するとともに『お姉さんなのに甘えてもいいのよね?本当にいいのかしら?』と頭の中で葛藤していたのは秘密にしておこうと思います。


 🐉 🐉 🐉


 朝食を済ませてから、留守番をさせると危ない二人も連れて、ギルドへ向かいました。

 オーカスの世話はアンに任せておけば、何の問題もありません。

 私とレオでニールの手を引いて、ゆっくり歩いていて、ふと気づいたのです。


「親子に見えるのかしら?」

「うーん、どうなんだろう。姉と弟と年の離れた妹にしか、見えなかったりして」


 髪の手入れもほぼアンに任せっきりですから、今日はツインテールなのです。

 かわいく見えるのはいいのですけど、幼い印象を与えてしまいかねないのよね。

 お洋服もレースをふんだんにあしらって、フリルやリボンで飾られた膝丈までのワンピースドレスですから、余計にそう見えてしまいそうですわ。


「マーマ、どうしたのー? わたち、うれしい。パーパとマーマとお出かけ、うれしいよ」


 邪念の無い眩しいくらいの笑顔を私たちに向けてくれるニールは本当にかわいいですわ。

 このかわいらしい娘が災厄の魔竜と恐れられるニーズヘッグと紹介しても信じてくれる人はまず、いないでしょう。


「アン、申し訳ないけど二人をお願いね」


 ジローのおじさまから、判明した事件のあらましをうかがう為、また支部長室をお邪魔することにします。

 その間、二人の世話をアン一人に任せるのがきずつないですわ。

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