非日常的な熱い友情

「殿ー! こっち、こっち」


 あのアヒル口も見慣れたものだ。鈴木は足を引きずるようにして、遠くで手を振るイケメンのもとへと向かった。絶望を顔に貼り付けて歩くそのさまは、まるでオアシスを求めて砂漠をさまよう旅人である。

 卒業式前日ということで、学校は昼まで。カラオケだ、前夜祭だ、と大騒ぎで教室を去って行ったクラスメイトの中で、鈴木は一人、どんよりとした空気を漂わせて教室を後にした。

 そうしてやって来たのは、昼下がりの駅前の公園。若いママたちが見守る中、子供たちが駆け回っている。実にのどかな風景だ。――が、一歩、茂みの奥へと足を踏み入れれば、そこは別世界。


「よぅ、鈴木ぃ」

「遅かったじゃねぇか」


 ヤンキー座りでメンチを切る三人組がお出迎え。――助けたイケメンに連れられて、茂みの奥へと来てみれば、声も出せない恐ろしさ。

 鈴木はぴしりと凍ったように硬直した。なぜ、リーゼントだけでなく、モヒカン頭に中途半端なイケメンまで来ているのだ?


「さぁて、クルーもそろったことだし」鈴木の気も知らず、暢気な声が響く。「砺波とは一時に待ち合わせしてるから、さっさと打ち合わせしよう」

「ま、待ち合わせ!?」


 どきり、と心臓が高鳴った。一瞬にして顔が真っ赤に染まる。――藤本砺波がここに来る!? それも、あと十分後に?


「そ」動揺する鈴木の肩に手を乗せて、曽良はにこりと微笑んだ。「映画観る約束しといたんだ。大丈夫、砺波は必ず来るよ。タダ券がある、て言っといたから」

「え、いや……」


 つい、『泥舟タイタニック作戦』の沈む気満々なネーミングに気を引かれ、大事なことを忘れていた。そういえば、この作戦って……。


「ほ、本当に……僕、藤本さんに告白するんですか?」


 小鳥でももっと大きな声が出るだろう。それくらいのデシベルで鈴木は訊ねていた。

 この自分が藤本砺波に告白する――そんな絵空事がようやく現実味を帯びてきて、急に緊張し始めたのだ。


「本当に、て……俺はそのつもりでここにいるんだけどな?」

「!」


 挑発でもしているような声色だった。ハッとして顔を上げれば、曽良の不敵な笑みが目に飛び込んできた。

 鈴木は言葉を失った。

 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳は真剣そのもの。その表情には、自信が満ち溢れている。どうせ無理だ、と思っている自分とは大違い。まるで、自分以上に自分を信じてくれている……そんな気さえした。冗談半分で自分に告白させようとしているわけじゃないんだ――それが痛いくらいに伝わってきた。

 すると、今度は「安心しろよ、鈴木!」と、いきなりよっちゃんが声を上げて立ち上がった。胸に拳を叩きつけ、よっちゃんは大きな口を豪快に開ける。


「俺ら、徹夜して作戦考えたんだからよ。なあ、はるちゃん!?」

「おうとも」とモヒカン頭のはるちゃんも腰を上げた。「昨日は悪かったよ。勘違いだったみてぇでよ。俺らも反省してんだ。だから、協力させてくれよ。なあ、白井さん?」

「ああ」と長髪の白井さんも他の二人に続く。「よっちゃんがお前に恩があるってんだ。俺らにできることはなんでもしてやるよ」

「……」


 佇む不良三人組。弱さなど一切感じさせない男気溢れる立ち姿。信念という燃え滾る炎を宿らせた瞳。

 時代の流れに逆らう長きリーゼントを支えているのは、その根性なのか。恋するラガーマン、よっちゃん。

 わびさびさえも感じさせるモヒカン頭。怒れる拳を持つ男、はるちゃん。

 もしかしたら、そこまで馴染めてないのかもしれない白井さん。

 そんな不良三人組を前に、鈴木は震えていた。恐怖からではない。感動していた。

 なんて頼もしいんだ。言葉一つ一つに魂を感じる。誠意を感じる。皆、真剣なんだ。生半可な気持ちじゃあないんだ。中途半端だったのは自分だけ。皆、こんな自分を信じてくれて――。

 胸にぐっとくる、この熱いものはなんだろうか。


「僕、がんばります!」

 

 気づけば、鈴木は叫んでいた。わあ、と熱い熱気とともに声援が上がる。鈴木はよく分からないやる気とテンションにのまれつつも、「ありがとうございます!」と不良たちに頭を下げていた。

 今日こそは、男になれる。そんな気がしていた。とうとう、平均的な自分から卒業できる日が来たのだ、と言い知れぬ自信に満ち満ちていた。


「じゃ、さっそく打ち合わせをしようか」


 曽良がぽんと手を叩いて、眩いほどの笑みを浮かべた。

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