平均的ながっかりイケメン
――君のをあげればいいじゃない。
そういえば、曽良の第二ボタンを恵理にあげたい、というよっちゃんのささやかな恋心を知って、曽良はそんな一言を放っていた。てっきり、イケメンの世間知らずな一言かと思ったが……恵理の『本当の気持ち』を知っていたというなら、話は別だ。あれは純粋にアドバイスだったのか。
いや、待てよ。ということは……。疑問が全て吹き飛んで晴れ渡った鈴木の心に、苛立ちの雷雲がもくもくとたちこめてきた。
「全部、芝居だったんですか!? 僕を騙したんですね!?」
「なんのことサ?」
「階段での嘘八百ですよ。なにが、あんなことやこんなこと、ですか。さては、よっちゃんさんを呼び出させるために、僕を挑発したんでしょう」
思い返せば、曽良の言動は妙だった。
――七時に、駅前の公園で待ち合わせかなぁ。
そうだ。冷静になってみれば、なんだ、あの違和感ある独り言は? そういえば、芝居がかっていたような気もする。
鈴木は確信した。自分はまんまとのせられていたのだ。気づかぬうちに、『がっかりイケメン』が企画、演出の青春ドラマに強制参加させられていたのだ。
「殿が思ったとおりのお人よしで助かっちゃった」
えへ、とでも言いそうな愛らしい笑顔。自分が女だったら、ここで頬を赤く染めて二センチほど宙に浮いたかもしれないが……。鈴木はもはや呆れて怒る気が失せた。がっくりと頭を垂らして「もういいですよ」と諦めたような声をもらす。
「でも、なんでこんな回りくどい手を? 直接、坂本さんに言えばよかったじゃないですか。相談乗ってたんでしょう」
そうすれば、自分が不良の巣窟に飛びこむ必要もなかったし、純情リーゼントの恋愛相談にも乗らずにすんだ。卒業を三日後に控えて、ここまで慌しく走り回ることもなかったのだ。
しかし、曽良は不思議そうに小首を傾げた。
「直接、なんて言うのサ? 君の想い人は君のこと好きみたいだよ、よかったね、て?」
ずばり指摘され、鈴木は言葉が出なかった。確かに、それは無粋というものだろう。
「俺はおせっかいはするけどね。気持ちを伝えるのは本人じゃなきゃ。見たでしょう、えりちんの嬉しそうな顔。俺のおせっかいでアレを奪うのは気がひけるよ」
鈴木の脳裏に頬を赤らめる恵理の顔がよぎった。たしかに、すごくかわいかっ……いや、いい顔をしていた。曽良の言う通り、本人に言われたからこそ、の歓喜の笑顔に違いないだろう。
しかし、それよりも、だ。曽良が正論を言った――その驚きと感動で、鈴木は呆気に取られていた。
「それにしても……」ふいに、曽良は低い声で切り出した。「幸せだよねぇ。ありのままの自分を見てくれる人がいる、ていうのは。憧れちゃうな」
「あ、憧れる?」
一瞬、耳を疑った。それは本当に、藤本曽良から出てきた言葉だろうか。なにを隠そう、彼こそ、憧れの的ではないか。容姿、頭脳、運動神経、全てにおいてずば抜けている。性格だって、こうして他人のために一芝居打つくらいだ。事実、悪い噂だって聞かなかった。付き合っていた女子がなにやら不満を漏らしていたくらいだ。
そうだ、女子! そもそも、彼は今までいったい何人の女子と付き合ってきたというんだ。具体的な数までは知らないが、きっと膨大だ。まさに、星の数ほど、てやつだ。
なにを羨ましがることがある?
クラスの連中にさえ、苗字を覚えられていない自分はどうなる?
鈴木だぞ。鈴木なのに覚えてもらえないのだ。『ふくだ』が『ふくた』で間違えられるならいい。『すずき』が『たなか』と間違えられるのはどうなんだ。もはや、言い訳のしようがない。発想を転換する余地もない。誰も自分を見てくれないのは自分のほうだ。
「藤本くんはいつも注目を浴びてるじゃないですか」
自分とは違って――鈴木は言いたいのをぐっとこらえた。すると、曽良はため息混じりに微笑して、感慨深げに夜空を振り仰いだ。
「俺、誰かと付き合うと、いっつもふられちゃうんだよねぇ」
思わぬカミングアウトだった。
いつもふられる? 「君が?」と、ずばり鈴木は口にしていた。
「こんな人だとは思わなかった、て言われちゃうんだ。なぁんか期待を裏切っちゃうらしい」
愚痴っているような口調ではなかった。ただ、純粋に不思議に思っている――そんな感じだ。
「皆、なにを期待してるんだろうね」
鈴木は瞬きも忘れて呆然としていた。期待――と反芻する。
心当たりのない期待を裏切ってしまう。なぜか、いつも落胆させてしまう。それが繰り返される日常。
ああ、そうか。ようやく、鈴木は理解した。
いくら注目を浴びても、周りの目に映っているのは、彼ではなくてその殻が創りだす
「皆、がっかりするんだよね。ありのままの俺を知ると」
『がっかりイケメン』はそうつぶやいた。
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