平均的な第二ボタン

「くそぅ」


 ややあってから、倒れているリーゼント・ラガーマンが悔しげに悪態づいた。いかつい顔がさらに険しくゆがむ。その目にはじんわりと涙が。まるで、鬼の目にも涙。足元に蛇でもいたかのように、鈴木は「うわわ」と飛びのいた。


「よっちゃーん!」と、モヒカン頭のやせこけた男が吼える。

「無念だーっ」と、肩まで伸ばした髪を茶色に染めた、やや整った顔立ちの男が続いた。


 ラガーマン二人組はその場に崩れ落ち、地面に拳を打ちつけ始めた。どうやら、さっきの一本背負いで負けを確信したらしい。反撃する気はないようだ。


「いったい、なんなのサ」曽良は困り果てた表情でため息をもらす。「なんで第三ボタンなんて狙うの? 今のトレンドなの?」

「どんなトレンドですか」


 鈴木はぼそりとつっこみをいれ、「もしかしてですけど」と言いづらそうに切りだした。


「第二ボタンの間違いじゃないのかな」

「第二ボタン?」


 曽良はくるりと振り返り、「うーん?」と赤く染まる空を振り仰ぐ。ぴんと来ないようだ。


「ほら、卒業式に、争奪戦になるでしょう。女の子が好きな男の子の第二ボタンをもらう、てやつですよ。恋愛成就のお守りだかなんだか知りませんけど」


 自分にとっては、都市伝説のようなものだが――鈴木は心の中でそう付け足した。

 しかし、たとえ第二ボタンだとしても、彼らがそれを狙う理由は分からない。いや! 知りたくない。鈴木は顔をしかめた。これ以上、巻きこまれるのはごめんだ。


「お前のクラスの坂本恵理! よっちゃんはずっと彼女にぞっこんなんだ!」

「でも、恵理ちゃんはお前に憧れてて……だから、よっちゃんはお前の第三ボタンを卒業式にプレゼントして、彼女を喜ばせようと思ったんだ!」


 ああ、知ってしまった。不良の恋愛事情を事細かに知ってしまった。鈴木はがっくりと頭を垂らす。


「えりちん?」


 曽良は「あ~」と納得したような声をあげた。それから不思議そうに眉をひそめて、倒れているリーゼント・ラガーマンを見下ろすと、


「君のをあげればいいじゃない」


 鈴木は「ひいっ!」と思わず声をあげていた。これだから、イケメンは! 空気を読んでくれ、と祈るように訴える。もちろん、心の中で。

 うなだれていた二人のラガーマンも驚愕の表情だ。

 おそらく、分かっていないのは曽良だけだろう。今の一言は、止めの一撃だ、ということを。


「うるせぇ、俺のをあげて喜んでくれるなら苦労はしねぇんだよ!」


 リーゼント・ラガーマンは飛び起きて、涙声で叫んだ。心の叫びだ。鈴木の胸にも矢のごとく突き刺さった。

 分かる、分かる、その気持ち。鈴木は、うんうん、と頷く。


「あげてみないと分からないじゃないか」


 しかし、曽良は納得いかない表情で言い返す。もうやめてあげて、と鈴木は泣きそうになった。


「分かるんだよ! くそう!」やけくそのように言い捨てて、リーゼント・ラガーマンは曽良の学ランの胸倉をつかんだ。「お前みたいなモテ野郎には一生分からねぇよ!」


 再び、リーゼント・ラガーマンの右拳が、紅い空の下に高々と振り上げられた。

 そのときだった。


「なにしてるんだ、お前たち!」


 校舎裏に、怒鳴り声がこだました。

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