平均的な校舎裏
「なに?」と、隣で春香が不安げな声を漏らす。
二人は顔を見合わせ、そうっと忍び足で声がしたほう――校舎裏へと歩みより、校舎の角から覗きこんだ。そして、思わぬ光景にぎょっとする。
「か、かつあげ?」
春香の怯えた声に、鈴木はごくりと生唾を飲み込んだ。
そう――校舎の陰で一本気高く佇む桜の木。その下で、がたいのいい男三人が誰かを取り囲んでいたのだ。しかも、その三人組の後ろ姿には見覚えがある。
「あれ、ラグビー部の不良トリオだわ」
やっぱりか、と鈴木は顔色を悪くした。
この学校のラグビー部は、名ばかりの部。ラグビーの練習なんかしちゃいない。不良が溜まり場を求めて部をつくっただけ。そんな自称ラグビー部を仕切っているのが、不良トリオと悪名高い三人組である。
誰だか知らないが、そんな彼らに絡まれるなんて不運としか言いようがない。
「ほら、はやく渡せよ!」
決定的な一言が放たれた。間違いない、かつあげだ。鈴木は顔を引き締め、自分にしがみつくようにして状況を見守っている春香に振り返った。
「佐藤さんは誰か先生を呼んできて」
「え?」と春香は目を丸くした。「鈴木くんは?」
「僕は残るよ。呼びに行っている間に何かあったらまずいし」
春香は「でも」としぶったが、鈴木は「急いで」と急かすようにしてなんとか説得した。心配そうに何度も振り返る春香を見送って、鈴木は再びかつあげの現場に目を戻す。
「ほら、出せって言ってんだろ」
「なに、黙ってやがる!?」
みるみるうちに不良たちの怒声に勢いが増していく。状況は着実に切迫しているようだ。
ああ、どうしよう。春香につい格好つけてしまったが……万が一、待っている間に何か起きたら、どうすりゃいいんだ。自分に何ができる? 出て行っても、殴られて終わり。獲物が増えた、と不良たちに喜ばれるだけだ。
いっそのこと、今、出て行ってお金を渡してしまったほうがいいのではないか。春香が先生を連れてくるまでの時間稼ぎくらいにはなるだろう。そう思い始めたときだった。
「渡せって言ってんだろ、第三ボタン!」
「第三ボタン!?」
思わず、鈴木はつっこんでいた。大声で。
やばい、と気づいたときには、時すでに遅し。桜の木を取り囲んでいた三人組はこちらをじろりと睨みつけていた。
鈴木の背に気持ち悪い汗がつたっていった。
「なんだ、てめぇは?」
ラグビーなんてしてないくせに、体格だけはラガーマンのようにたくましい男たちが怒鳴りつけてきた。同級生とは思えない、老けた……いや、貫禄のある顔つきだ。
鈴木は「あ、いや……」と後退りつつ、「田中です」ととっさに偽名を口にしていた。
「田中ぁ?」
生活指導の教師もドン引きして声を失ったという、時代錯誤のリーゼントを頭に乗せた不良が、威嚇する犬のように鼻の周りに皺を寄せて低い声を響かせる。
「どこの田中だ?」
「そ、それは……」
あまりの恐怖に頭もろれつも回らない。なにが、時間稼ぎだ。そんな余裕なんてないじゃないか。顔面蒼白で、凍りついたように固まる鈴木。絶体絶命か――と、そのときだった。
「陛下じゃないか~!」
突然、その場の張り詰めた空気を馬鹿にするかのような暢気な声が聞こえてきた。
「陛下?」
誰のことだ? いや、それよりも、この声は……。
「こっち、こっち!」
壁をつくっている自称ラガーマンたちの体のすきまから、ひょいっとのびる一つの手。それが右に、左に、と動いている。やがて、「ちょっと、どいて。ごめんね」と、ラガーマンたちの体を押しのけ、一人の少年が現れた。
「やあ、また会ったね。陛下。頭のほうは大丈夫?」
にぱっと大きく開かれたアヒル口。さらりとなびく短い黒髪。日本人離れした彫りの深い顔立ちに、夕焼けで暖色に染まる白い肌。――かつあげされていたのは(第三ボタンを)、『がっかりイケメン』こと、藤本曽良だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます