僕とがっかりイケメンの(非)日常
立川マナ
プロローグ
卒業式も間近にせまった春の朝。窓の外では、桜の木が桃色の晴れ着に身を包み、生徒たちの門出に備えていた。
そんな桜の木を窓辺で見つめる少年、鈴木もまた、門出をひかえた中学三年生だ。
受験も終えて、教室に緊張感はなくなり、暢気に騒ぐクラスメイトの声が朝の教室に響いている。しかし、鈴木は一人、物憂げな表情を浮かべて頬杖をついているのだった。
彼の頭の中に浮かんでいるのは、これから始まるばら色の高校生活ではない。ふわふわと彼の妄想……いや、思考の海に漂うのは、春がよく似合うしとやかな美少女だ。
この中学校のアイドル――藤本
彼女に憧れ続けてはや二年。高嶺の花だ、と諦めても、つい目で追ってしまう。廊下から聞こえる高らかな笑い声に振り返り、通り過ぎる彼女の髪の毛一本まで見送った。優雅で上品で、それでいて、同い年とは思えないほど愛らしい。
小学生のような幼い顔立ちに、ウェーブがかった長い黒髪。セーラー服のスカート丈は反則並みに短くて、生活指導の小倉(男)もつい見とれてしまうほどのほっそりとした長く白い足をおしみなく披露している。ありがたいことこの上ない。この学校では、もはや名物だ。
そんな彼女と出会ったのは……いや、大して言及するべきことでもないのだが。売店で、財布を忘れた、と騒ぐ彼女に千円を貸し、それ以後、ストーカーのようにその姿を目で追っている。
よくある話だ。
たった一言、「あのときの千円、返してくれるかな」とかなんとか言えば、話すきっかけもつかめるというものなのだが、彼にはそれが出来ない理由があった。
鈴木はじっと窓を見つめた。――正確には、そこに映る自分を。
頭はいいのだ。とくに、数学は得意だ。定期試験だって、毎回、十五位あたりをさまよっている。
しかし、勝負運がない。だからこそ、全ての受験で原因不明の腹痛に襲われ、第一志望の県立高校の受験にも、眼中にもなかったすべり止めの私立高校にも失敗し――残ったのは、名前を書けば受かる、と言われている私立の不良高校だった。
鈴木は鼻で笑った。もはや、笑うしかない。
この勝負運の無さは勉強に限ったことではない。体育祭でも、二人三脚のスタートダッシュで足をくじき、パン食い競争ではパンを喉につまらせ生死の境をさまよった。おかげで、クラスの批難は一極集中。運動能力自体は平均なのに、運動オンチのレッテルを貼られてしまった。
平均といえば、彼の見た目もそうだ。保健の教科書に描かれるイラストのような、一般男子の体型。中肉中背。顔は目立つわけでもなく、かといって、ブサイクでもない。おそらく、ランダムに三十人ほどの男子生徒の顔写真を用意して、その平均値を抽出すれば彼の顔になるだろう。似顔絵が描きづらい顔、といえば分かりやすいだろうか。とにかく、特徴がない。だから、なかなか覚えてもらえない。それなのに、しょっちゅう、見知らぬ通行人に声をかけられる。よくある顔、というのも大変なのだ。
そんな鈴木にとって、砺波は手の届かない存在でしかない。それが、彼が砺波に声もかけられない理由である。
だが……。
鈴木は机の上でぎゅっと拳を握りしめた。
鈴木は自問していた。――このまま、卒業していいのか、と。
彼の人生は、平均的だった。際立っていることといえば、その勝負運の無さくらい。このまま卒業すれば、中学生活もやはり「平均的だった」で終わってしまう。
いいのか。それでいいのか。当たって砕けるくらいの度胸を見せてこそ、男じゃないのか。ここで勝負せずに、いつ男になるのだ。
鈴木はぐっと固く瞼を閉じて――そのときだった。
「おい、田中! よけろ!」
誰かの野太い叫び声が聞こえてきた。
田中? そんな名前の奴、クラスにいただろうか。
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