VOL.4

『もともと彼は、役者を目指してこの世界に入って来たんですよ』

 そう言って事務長氏は、ファイルを持って戻って来ると、頁を捲ってみせてくれた。

 そこには何人かの新人俳優・・・・今をときめく有名なスターになったものから、顔と名前がまったく一致しないスターダスト・・・・つまりは挫折した星屑たちまでが一緒くたになって顔を連ねていた。

 八杉は最初、あるプロダクションのオーディションに合格し、撮影所の研修生としてやってきた。

 ファイルにある彼は、確かにそこそこいい男ではあった。

 目鼻立ちは整っているし、身長は175センチはある。

 高校時代は陸上部に所属していたとかで、運動神経もなかなかのものだった。

 研修期間は約半年、その間に俳優としての必要な素養を身に着け、何本かの映画やテレビドラマにも出演した。

 無論、出演したといっても、端役中の端役である。

 セリフなんかまったくない。

 フレームの隅っこをほんの十秒もない時間、歩いて横切るか、群衆シーンの中で、ただ立って見ているだけという、そんな出番が殆どだったという。

 たまに”いい役”が回ってきたかと思えば、時代劇のドラマや映画で、冒頭いきなり斬り殺されて”はい、おしまい”であるとか、極道もののⅤシネマなどで、主役にいきなり射殺されるだけという、チンピラであるとか、まあそんな程度でしかなかった。(もっとも、それだって滅多に巡ってきたことなどなかったのだが)

 結局、そんなこんなで役者としては目が出ないまま。

”お前さん、いつまでもしがみついてないで、別の道を探したらどうだ?”となった。

 つまりは早い話”クビ”を宣告されたわけである。

 それでも映像の世界にしがみついていたかった八杉は、何とか会社に頼み込み、撮影所に残して貰えるように懇願した。

 向こうも下っ端とはいえ、一応ある種の貢献をしてくれたことを認め、

”道具係の助手なら開いているが、それでもいいか?”ということになったのだという。

『八杉が進藤美津子と知り合ったのは、今から二年ほど前、ほら、”修羅の女”って映画があったでしょう?彼はあの時、道具係のセカンドに抜擢されましてね。まあ、それなりに良く働いていたから認められたんでしょうが、あの時からのようです。』

 その映画はいわゆる”極道モノ”とは言っても、女性に焦点を当てた作品だったから、出演俳優も、男優よりは女優にウェイトが置かれていた。

 八杉はそれまでもどちらかというと女優の間にウケが良かったから、そういう意味でも結構モテたのだという。

 これはあくまでも噂だが、と断った上で、事務長氏は続けたが、中でも特に準主役(敵対する組織の親分の妻)だった進藤美津子に気に入られていたそうだ。

 美津子が八杉と撮影合間の休憩時間に良く一緒に話をしていたとか、ある時などは芝居の練習相手に付き合わされていたこともあったという。

『あの映画は私も観ましたがね。確かその親分の妻が、運転手役の若い組員と、ちょっと怪しい関係になるという、そんなストーリーじゃなかったでしたっけ?』

 俺がその話をすると、事務長氏は唇を歪め、苦々しい表情を作った。

『そこなんですがね。実はセカンド助監督が、セットのちょうど裏側で、二人が抱き合っているのを見たというんです。』


 

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