第2話 破

「要請時の彼の様子に、何か特に変わった点はなかったのか? 他の馴染めない人々アンフィット・ピープルと比較して」

「特に……なかったと思います」


 部長の部屋は、一世紀前の貴族の邸宅のような、豪奢なインテリアで覆われていた。ゴブラン織りのカーテンに金糸の織り込まれたふさ掛け、オーク材の本棚の中には革の装丁のアンティーク本。


 本棚と同じオークの机に向かって座っている部長の顔は、この百年間一度も笑ったことがないと言われても信じてしまいそうなほど、眉間に深い縦じわが刻み込まれていた。


 部長に相対して立っている僕も、部長に合わせて神妙な顔を作ってはいたが、正直この事態について、どう考えるべきなのかわからなかった。だから、部長の机の上に置かれたカレンダーを眺めながら、今日はクリスマスだっけ、年末休暇まであと三日間だな、などと脈絡のないことが頭をかすめた。


「『思います』じゃ困るんだがね……彼とエックスとのやりとりについては? 特に、エックスの、彼への対応について」

「問題も、特別に報告を要するような事象もありませんでした」


 部長は苛々したように、机上のペンを意味もなく手にとり、横にしたり縦にしたりして暫くながめていたが、やがて乱暴にペンを置き、僕の顔を見た。


「君自身、あるいは彼女については? 対応に問題はなかったと思うかね?」

「問題はなかったと思います」


 フン、と鼻を鳴らして今度は横の本棚に視線を移したが、しばらくしてなぜか机の上の一点見つめながらを言った。


「今回の件を、予測することは出来なかったということか?」

「はい、まったく想定外の事態で、予測することは不可能でした」


 部長は、溜め息を一つついてから、再び僕の顔を見て、こう締めくくった。


「今回のことは想定外かつ言語道断の事態だ。従って、今後一切、他言無用。以上、下がってよろしい」


 僕は部長がぶつぶつと「まったく……これじゃ半世紀、いや一世紀分も逆戻りするようなものだ。まったく……」と呟くのを背中に聞きながら、部屋を出た。

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