第◯話 変態、諦観する
【椿】
——パサッ、と。
八代目アーサー王の剣筋を反って躱したものの、髪先が餌食となる。
セツナが残した【玄武】のおかげで、刀を結べるとはいえ、本当にぎりぎりだ。
肌を刺すような重圧。にもかかわらず、刀を向けてくる対象から殺気が感じ取れない。
危機察知能力が高い種族——鬼である私を仕留めることに余念がない。
おかげで全神経を研ぎ澄まし続けならねばならなかった。長くは保たない。
一方のアーサー王は涼しげだ。さすが剣士として当時最高位を襲名された剣豪。元より侮ってなどいないが、その実力はやはり本物。私など、彼からすれば児戯のそれだろう。
なにせ本気を禁じられている。三割しか出力できないとのこと。
——ガギンッ!
白鞘【空断】を【玄武】で受ける。
「かかっ。知っておるか、お嬢ちゃん」
「……何を、でしょうか」
「空間さえも切断する儂の白鞘。それを防がんとする【玄武】が何でできているかじゃよ」
気にはなっていた。
「貴殿はご存じなのですか」
「無論。鬼の嬢ちゃんが握っている柄の正体は——セツナのアレじゃよ」
アレ……?
その正体に至った次の瞬間、私の【玄武】を握る手が緩んでいることを理解する。
目の前の相手がその一瞬の隙を見逃すはずがない。
「【鬼人化】【儚桜】」
刹那、脳裏に過ぎる首が切り落とされる映像。
本能が見せた虚像。だが、ここで切り札を発動していなければ現実のものとなっていたことだろう。
事実私は額から出血。八代目アーサー王の剣筋が追えなかった。
おそらく、緊急回避で放った【儚桜】が、私を軽傷へと導いてくれたのだろう。
流血。ぽたぽたと地面に落下する音が憎い。
油断していたわけではない。
だが、また私は決闘中に邪念を……!
「……痛っ」
「ほう。今のは本気で首を落としに行ったのじゃが……よくぞ【玄武】を離さんかったのう」
やはり動揺させたところを狙われていた。
セツナの「何があっても離すな」という忠告を思い出せなければ、間違いなく死んでいたことだろう。
まだまだ一本の刀になるのは険しいというわけか……!
「椿!」
「椿さん!」
一撃をもらってしまったことを視認した二人が駆け寄ってくる。
「すまない。油断したあげく【鬼人化】を切ってしまった」
「謝る必要なんかないっての。それより傷は大丈夫?」
とロゼ。その表情には危険な役割を任せていることへの申し訳なさが含まれているように見える。
気にすることはないのだがな。私は剣士。剣術を極めたアーサー王の胸を借りられるのだ。こんなに名誉なことはない。
反省すべきは己の精神。『羞恥乱舞』で少しはマシになったとは思っていたが……やはり、想像していない揺さぶりや事態というのは訪れるものなのだな。
「椿、と云ったな。覚えておこう。お主は将来が楽しみ剣士の一人じゃ。だから——死んでくれるな?」
八代目アーサー王、そして白鞘が纏う空気が一変する。これまで殺気を放つことなく息の根を止めようとしていたが、今回は違う。
確実に仕留める意志が明確に表れている。
「下がれ、ロゼ、ルナ!!!!」
「【絶花】」
☆
【セツナ】
喀血。あー、もうクソッ、魔力が枯渇しかけてやがる。
【白】の維持、椿たちの時間稼ぎ、精神世界への潜水、そのどれもが限界寸前ときた。
「はぁ……はぁ……ぐっ。まだかセラ。そろそろマジでやべえぞ」
絶望的。かつてこれほどまでにこの言葉が似合う言葉も珍しい。
対照的にセラは眠ったように動かない。反応が全くない。だが、息はある。【色欲】の禁書をモノにしようと争っているんだろう。
だが、このままじゃ制限時間の方が先に——。
「ふふっ。残念だわセツナ——」
〈隔離魔法【白】の解析が完了。解除を実行〉
間に、合わなかったか——!
真っ白な世界。頭上に亀裂。本来なら『セックスしないと出られない』絶対遵守の部屋、空間。それが実行前に破壊されるという非常事態。解析速度もありえない異様な速度。
解き明かしたいという【強欲】、まさしくリアを体現した魔法だからこそ可能となったバグ技。
人生、諦めが肝心ってのはよく言ったもんで。それが身に染みて理解したのは神々に敗れたときだった。
今回、惜しむべきことがあるとすれば、リアとセラの再会が早すぎたことだろう。
あと一年——。せめて一年あれば。
事態はまた違ったものになっていたかもしれない。もちろん、歴史にIFは禁忌。考えても意味のない思考ではある。
だが。
それでも。
俺はセラに復讐を果たさせてやりたかった。
憎しみを捨てろ。復讐を忘れろ。違う生き甲斐を見つけろ。
本当の講師ならそう正すだろう。
ハッ、クソ食らえ。大事な家族が、仲間が、恋人を失ってから言え。
隔離魔法が破壊されていく中、俺はセラを庇うようにして近づく。
やがて【白】が完全に消え去ると、クソ爺に吹き飛ばされ意識を刈り取られた特待生が目に入る。
悪かった椿、ルナ、ロゼ……! これは俺の判断ミスが招いた最悪の結果だ。
お前らには奴隷紋で命令してでもここから立ち去らせるべきだった。
教え子から託してもらっておいてこのザマだ。いよいよ俺も老害の仲間入りか。
「何か言い残すことはあるかしら?」
俺を見下ろすように言うリア。
言い残すこと? んなもん腐るほどあるっての。とてもじゃないが、この短い場面で全てを言い切れない。とてつもない文量だからな。
だから、せめて——負け惜しみの一つでも言っておこうかね。
「次は——負けない」
「さようなら」
リアの右手に黒炎。消えることのない——対象を燃やし尽くす黒い炎。『色違い』
火葬、
ありとあらゆる全てに諦観した次の瞬間、
「待たせたわね」
ゆっくりと目を開ける。
桜の花びらが舞い落ちる。
リアの黒炎に包まれた手首を掴んでいたのは、新たな【黒血術】を発動したセラだった。
「『黒炎』を素手で……? どういうことかしらセツナ?」
どういうことかしら。
それにはセラの新たな姿も含まれているんだろう。
なにせ彼女は現在、花魁衣装に身を包んでいる。
名付けるなら、そうだな——、
〈【呪淫紋】状態一、セラ 花魁Ver〉
と言ったところか。なかなか似合っているじゃねえか。
「好きに暴れていいぞ。お前の好きなようにやれ」
「ええ。元よりそのつもりよ」
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