第20話 冒険者ジルク-14

「落ち着いたか」

「……ありがとうございます」

「構わんよ。ここから先でぐだつくような動きをされても困るしな」


十数分後、そこには目を赤くしているジルクと満足気な表情をしたローズがいた。


「さて、ここからの話をするか。ここから先もお前の侵食が進まないように進む必要がある」

「当然です」

「……と言いたいんだがなぁ。奴はお前が侵食しきるまでここから出す気はないだろう」

「上げて落とすのやめてくれません?」


希望を持たせておいて無理だなんて無責任にも程がある。しかもその被害者はあたしだ。ローズが被害を被るならともかく……。

ぶすっとしたあたしにふふふと微笑むローズ。その笑顔が今はイラつく要因だ。


「ようやくマトモな顔になったな。さっきまでのひどい顔だとここから先に行くなとすら言うつもりだったぞ?」

「あ……」

「ま、出す気はないのは事実だが」

「だ・か・ら!」


さっきからからかうようなローズの言葉に現状を分かってないのかと言いたくなる。ローズはここから抜けられるかもしれないけどあたしは難しいんだ。その重さが変わるのは無理もないけど、分かっていてそれを口に出すのは性格が悪いと言わざるを得ない。


「からかうのもいいけどいい加減にしろ!。こっちは命どころか全部がかかってんだよ!」

「ははは、まぁこれくらいにしておこう。本題に入るとしよう」

「さっさと入ってろよ……!」

「あんまりな事実の前だ。軽く考えられるような頭にしておいた方がいいだろう」


ローズの言葉に言葉が詰まる。こういう気遣いができる人なのだと分かっていたのにそれすら忘れていた。それにあたしによくないことが起きるのは確定事項なのだ。深く考える方が後々困ることになっていただろう。

あたしはふぅと深呼吸を一つした。そして話を聞く覚悟を目に灯してローズの方へ顔を向けた。


「まずジルク、お前はまず間違いなく奴の支配下に落ちる」

「言いづらいことを言ってくれるね」


分かっていたことだ。あれほどの力を持っているのだから奴のやりたいことを実行するのは簡単なことだ。今ここにいるのは奴の興味を惹くため程度に過ぎない。

言うなれば、娯楽程度の認識だからだ。


「それが意味するのはお前が強化魔術を間違いなく使うこと」

「分かってる。だから最小限まで減らしてきた」

「そして状況からして、強化魔術を使った状態で他の魔術を使うこともだろう」

「……オーガとの戦いの傷か」


考えられるのはそれだ。確かにあそこまで大して体格も変わってなかったのにかなり侵食が進んだ。強化魔術を一回使った程度ではそこまで進まなかったはずだ。それが言いたいのだろう。

……待てよ?。ってことは回復魔術も使ったらダメになる。つまり俺が傷を受けた時だけじゃなくて―


「―ローズが死傷を受けたとしても侵食が進む」

「分かったみたいだな。それが待ち受ける未来だ」

「ダメだ!」


俺だけならともかくローズが死傷を受けるなんて許されない。彼女は俺だけが見ている人じゃない。彼女を必要としている人は余りにも多過ぎる。そんな人を死線をさまよわさせるなんてやってはいけないことだ。


「それなら何もせずに侵食が進んだ方がマシ―!?」


バシッという音と共にジルクの頬が叩かれる。ぐぐぐとローズの方へと顔を向けると叩いたのがローズだと示すような姿勢のままだった。

それも見たことのない顔だ。涙を目に溜め込み、どこか食いしばるような……泣きたいのにそれを我慢している表情だった。


「私が……私が知っているジルクはそんなに弱くない。例え私が死にかけても絶対に回復させきり、支配されても私の元に帰ってくると言い切る男だ。なぁジルク……私が知っているジルクは幻か?。町で話していたジルクは偽物だったのか?」


あたしにずっと一緒にいたことは忘れられたことなのかと問うローズの姿が弱弱しい。こんな姿を見るのは初めてだ。いつも気丈に振る舞い、誰にも負けることはない態度を示し続ける彼女が……。


「……ローズらしくない」

「…うるさい」

「ありがとう」

「……そうか。…決めたのか?」

「ああ、進もう。こんなところで止まるなんて、冒険者らしくないしな」



涙と笑顔を浮かべるローズと共に立ち上がり、上り階段へと歩を進める。


こんなところで立ち止まるくらいなら最初からこのチャンスをとらなかった。歩みを止めなかったから見えた、見たくない光景があるとしても進みを止めない。それが人間の冒険者だ。


精神を復活させたジルクはその瞳に再び炎を燃やし、歩みを進める。その先に絶望が待ち受けると知っていても。

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