物理的に成長してくれない俺の幼馴染
久野真一
第1話 俺の幼馴染は物理的に成長しない
「ねえ、お兄ちゃん。この髪留めとかどう?」
「似合ってるんじゃないか?可愛い、可愛い」
率直な褒め言葉を送る。本当に、今の彼女にはよく似合っている。
活発さを表現するようなショートカットの髪に、幼さが残る顔つき。
そして、ちっちゃい背丈の彼女には、背伸びした感がよく出ている。
「そっかー。じゃあ、買っちゃおうかな?どう思う?」
こちらを見て、意見を求めるように見つめてくる。
「よし、じゃあ。これは、兄としてのプレゼントな」
あえて、仲睦まじい年の離れた妹に対するような態度を取る。
「やったー!大好き、お兄ちゃん」
そして、彼女もまた、大好きな兄に贈り物をされたような喜びを表現する。
ここ最近、すっかり板についてしまった、でも、心苦しい光景だ。
その後も数件、小物屋や服飾店を冷やかしたりして、ネカフェに流れ込む。
個室故に、お互いの家以外で、落ち着ける場所の一つだ。
「もう、兄妹の振りがすっかり板について来ちゃったね、けーちゃん」
少し憂鬱な表情で、頭をこてんと俺に預けてくる幼子。
その容姿は、中学1年生のあの時から止まったままだ。
本当の彼女は現在高校1年生。誰に説明してもすぐには信じてもらえないけど。
「ほんとごめん。お前が悪いわけでもないのに」
改めて罪悪感が湧いてきて、謝る。
何にって?恋人なのに、兄妹の振りをしないといけないことに。
「仕方がないよ。けーちゃん、高1でも体つきがっしりしてるし」
「で、お前は中1の頃からそのままだしな」
お互い揃ってため息をつく。ため息の原因は明白だ。
恋人なのに、兄妹を演じなければいけない現状への。
あるいは、成長しなくなってしまった彼女自身への。
◆◆◆◆
事の起こりは、俺達が中学1年生の頃だった。
当時、既に小学校の頃からの付き合いの幼子を俺は異性として意識していた。
幼子も俺の事を好意的に見てくれていたと思う。
勇気を出して、初めての「デート」で告白した俺は無事、OKの返事をもらえた。
それからも、デートを重ねて、ある時、初めてのキスをした。
異常はそれから始まった。いや、それ以前から始まっていたのかもしれない。
半年経っても、一年経っても、幼子が全然成長しないのだ。
身長だけでなく、同年代の女子だと徐々に胸が膨らみ始めたりする時期。
それだけなら、まだ、成長が遅いで済まされたのかもしれない。
しかし、生理まで来ないとあって、異常を悟った幼子は検査を受けることに。
その結果出た診断は、後天性老化抑制症候群、通称不老症という病名。
不老性は、世界各国でも数える程しか症例がない病気らしい。
不老症とはあるけど、老化だけでなくいわゆる成長まで抑制される病気らしい。
常人に比べて、成長速度や老化速度が1/5~1/20まで抑制する病気らしく、
老化やホルモンに関係する遺伝子が関係しているとかどうとか。
いずれにしても、メカニズムは未だに不明とのことだ。
成長速度の差は、年が経つにつれて大きくなり、俺と幼子が同い年だと言っても
事情を知る者以外は誰も信じてくれないだろう。
◇◇◇◇
というわけで、年の離れた兄妹に見えるようにすれば、こうして二人で歩いていても怪しまれないのでは、ということで兄妹を演じることにしたのだった。
「でも、そもそも、兄妹の振りでも色々限界があるんだよなあ」
そうぼやく。もっと肉体年齢が離れていたら、歳の差がある兄と妹ということで良かったのかもしれない。しかし、肉体年齢で言えば3歳差だ。逆に仲睦まじすぎると怪しいのではないか、と感じる。
「でも、本当に恋人らしくしてたら、それこそ危ないよ。ロリコン扱いされちゃう」
「それもあるんだよなあ」
さすがに学校や同クラには、幼子が罹っている奇病の事は伝えられている。
一応、学校内では恋人してても問題ない……というわけにはいかないのだ。
クラスならともかく、廊下で仲良くキャッキャウフフしてるとヤバい。
特に、女子からの目線が痛くて、学校では、「仲のいい友達」を演じている。
そして、たちがわるい事に、未発達な容姿はそれはそれで妙な需要があるらしい。
男子から妙な目線で見られたりしたことは一度や二度ではないらしい。
「今でも、学校の裏掲示板ではさんざんな言われようだしなあ」
恋人らしい行動は控えようとしても、俺たち自身が恋人と認識していれば、自然と一緒に行動してしまうもの。
『1年の前田さ。色々やばくね?』
『わかるわかる。かんっぜんにペドだよね』
『双葉さんは、病気なのに、あれ、かんっぜんに狙ってるよね』
『迷惑がってるようだったら、センコーにチクった方がいいんじゃね?』
などなど。
「けーちゃん。ああいうのは心に毒だって。悪くないんだから、堂々としてよ?」
諭すように言ってくれる幼子。
精神は肉体に引きずられるというけど、幼子の場合そうではなかったらしい。
あるいは、病気の性質上、周りの目を意識する機会が多かったせいだろうか。
「わかってはいるんだけどなあ。わかっては」
単に肉体的な見た目が問題なだけなのだ。
精神的には……というか実際に同年齢なのだから、胸を張っていればいい。
とはいうものの、周りの目というのは気になるものなのだ。
それに、今更関係を公言するのもそれはそれで怖い。
それこそ、見た目がロリな相手を狙ったクズ野郎と言われかねない。
「もう。デートの時くらい、そんなこと、忘れよ?」
声変わりする前の、まだ少し幼い声でそんな事を慰めるように言う幼子。
そして、ひょこっと俺の膝の上に乗ってくる。
「ねえ。ぎゅってしてくれないの?」
そんな少し悲しい声に、俺の胸がチクリと痛む。
そう。人の目が……と言っているけど、俺自身抵抗があるのだ。
とはいえ、それで彼女を悲しませていれば世話はない。
膝に乗った彼女を後ろから抱きしめる。
「ん……こういう時は、ちょっと幸せ」
「……そうだな」
俺は、後ろめたい気持ちでいっぱいだけど、口には出さない。
こいつを悲しませてしまうから。
「私の病気って、いつか治るのかなあ」
憂鬱そうな声でつぶやく幼子。
「どうだろ。ほとんど未知の病気らしいしな」
不老症は、早老症と同じく、遺伝子に異常があるタイプの疾患だとされている。
そして、どの遺伝子が影響しているかも現在研究中らしい。
「このままだと、私、きっと、普通の大学生活も送れないよ」
発言がどんどんネガティブになっていく幼子。胸が痛い。
「大丈夫だって。俺がサポートするから」
「サポートするって?何を?」
「それは……お前の状況を周りに説明するとかだな」
予想外の方向での愚痴に、俺もいい言葉を思いつかない。
「今は高校生だからいいけど。大学生になったら、本当にヤバいよ?わかってる?」
その声は少し震えていた。
「いや、わかってるよ。そのつもり、だ」
といいつつ、俺もその時のことを少し考えてしまっていた。
大学生になった俺。中1のままの姿の彼女。外で堂々とカップルしていたら……。
変な目で見られるのは確実だ。下手したら、警察に通報されるかもしれない。
その時に、説明して果たして通るのだろうか。
「じゃあ、その時、けーちゃんは、堂々と、恋人らしく振る舞える?」
「そ、それは……人の目がないところでなら」
彼女の責めるような声が突き刺さる。
しかし、俺は俺で、周囲の視線に耐えられる自信がなかった。
「そう、なんだ……ねえ、もう別れよう?私達」
涙声にぎょっとして振り向けば、心底悲痛な顔をした彼女がそこに居た。
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