八章・進化(2)

 ──その頃、かつて小学校のグラウンドとして使われていた場所では全身甲冑の男女が延々走り続けていた。

「……」

「…………」

 ガションガションガションガションガションガション。そんな機械的な音が一歩ごとに辺りに響く。

「……」

「…………」

 黙々と走る二人。友之ともゆき、そして小波こなみはDA一〇二を装着した状態でかれこれ一〇分近くランニングを行っていた。

 そこへ風花ふうかの声が響く。


「一〇分、経ちました!」


「え? もう?」

「早いね」

 同時に立ち止まる二人。ふうと息を吐き、さして乱れていなかった呼吸を軽く整えると、運動場外郭の人が大勢集まっている場所に向かって跳躍した。巨漢と長身の女が金属の鎧を身に着けたまま軽々と、高く高く宙を舞う。


「うおっ!?」

「ホンマか、あれっ」


 驚く人々。その目の前で膝の両サイドから圧縮された魔素を噴出し、衝撃を和らげつつ着地する二人。自分達でも驚く。ゆうに三〇m以上を一気に移動してしまった。これでもまだ全力は出してないのに。


「すげ……」

「あれが北の新兵器……」


 同じく運動場で訓練に励んでいた若い、というより幼い術士候補生達も足を止めて振り返る。注意する立場の教官も呆けてしまっていた。

 注目が二人の調査官へ集まる中、門司もんじ 三幸みゆきが声を張り上げる。


「あー、というわけで、これが我が国の開発したおそらく世界初となる魔素動力式パワーアシストスーツ・DA一〇二です」


 内心、なんで自分がとぼやきながら解説を始めた。朱璃がカトリーヌと共に地上を確認しに行っている間、このデモンストレーションの司会を押し付けられてしまったのだ。

「ご覧の通り、うちの新米調査官二人は汗一つかかず息も切らしておりません。各関節部の水圧式シリンダーが補助をしてくれるため、生身で動く時より身体にかかる負担が軽くなっているからです」

 その言葉の直後、見学者の一人が手を挙げた。彼等は京都から来訪した“国会議員”と護衛の兵士達。南にも一応、王室護衛隊や陸軍に相当する組織があるのだ。規模は遥かに小さいが。

「重量は、どの程度のものなんで?」

「なるべく軽量化してありますが、強度を優先した結果、それでも六〇kgを少し下回るのが精一杯でした」

「俺の体重がだいたい九〇kgなんで、合わせて一五〇くらいッスね」

 友之が自ら体重を申告すると、見学者達はさらにどよめく。

「その重さで、あんな身軽に……」

「えげつない性能やな」

「そっちの君は?」

「えっ」

 議員の一人に訊ねられた小波は、困惑した表情で口ごもってしまう。ちらりと隣の友之を見た彼女の前に、門司が割り込んで助け舟を出した。

「すいません、彼女は口下手でして」

「あっ、女の子なんか……これは申し訳ない」

 なら結構ですと手を振る議員。ところが何を思ったか、小波は急に声を張り上げる。

「七二kgです!」

「うわっ、ビックリした!?」

「いきなり何……?」

「すいません」

 顔を真っ赤にして委縮する彼女。しかし、やはりまたキリリと表情を引き締め、友之を一瞥する。同僚と張り合っているかのような態度。京都の人々も困惑した。


(あの二人、仲悪いんかいな?)

(ちゅうより、女の子の方が一方的に意地張っとんのとちゃう?)

(アンタら余計な勘繰りせんでええから、ちゃんと話を聞き。ワシら北の兵器の見定めに来とんねんで)

(はいはい、まったく住吉さんは真面目やな)


 議員達がひそひそ話を終えたタイミングで、今度は小波の背後へと回る門司。その手で腰部に取りつけられた透明な筒を外し、掲げてみせた。中にはオレンジ色の液体と銀色の球体が収まっている。

「で、これが動力源。人工生成された“竜の心臓”です」

「うひっ……」

「北はそないなもんまで作っとんの……」

「危なくないんかいな」

 生物型記憶災害の発生源となる物体を目の当たりにして、議員達は後退る。だが問題は無い。

「生成方法は秘密ですが、この結晶には“記憶”が保存されていません。つまりまだ無垢な状態の魔素なわけです。また、高密度魔素結晶体には二つの状態があり、我々はそれを“開いた”もしくは“閉じた”と表現します。“開いた”状態の結晶体は異世界に繋がるゲートとなっており、そこから他の世界の“記憶”が流入します。しかし、この結晶体は閉じた状態なので、その心配もいりません」

 加えて、同じ容器に封入してある油は電力を完全に遮断する性質を持つ。ゆえに電極によって伝達される装着者以外の思念には反応しない仕掛けなのだ。

 もう一つ重要な事実を説明するため、門司は足下のバッグを開き、中から新たなカートリッジを取り出す。小波のDA一〇二から外した物と同じだが、明らかな違いが一点ある。議員達もすぐに気が付いた。

「おや? 結晶の大きさが」

「そう、違います。こいつは新品なので。ご存知でしょうが開いた状態の“竜の心臓”は無尽蔵に魔素を放出します。しかし、その代わりゲート化してから一〇分間で維持限界を迎え消失する。

 逆に閉じた状態では維持限界がありません。だから先程ご覧いただいたように一〇分間連続で稼働させてもまだ残っています。デメリットは、この通り結晶を構成する魔素そのものを消費するため、次第に小さくなっていくことですね」

「結局は消えるちゅうことですか? ある程度使うと」

「そうです。ただ、開いた状態で運用するより安全かつ長時間の使用が可能で、私どもの実験ではこれ一本で約二〇分の戦闘が可能だと確認されています。開いた状態に比べると最大出力という点で劣りますが、その分だけ長時間かつ安定した状態で利用できることは、十分なメリットだと言えるでしょう」

「おお……」


 説明を聞き、なるほどなと頷く議員達。開いた状態と閉じた状態、それぞれにメリットとデメリットがある。比較してどちらがより有用かという話だ。北日本は後者で運用することを選んだ。安全性を考えれば当然の選択である。


 彼等の理解を得られたと察し、門司は次の段へ移行する。小波のDA一〇二に消耗した方のカートリッジを再び取り付け、ポンと軽く叩いた。予備は少ない。この結晶にはもうひと働きしてもらわないと。

「さて、今度はMWシリーズをご覧に入れましょう」

「おお、例の“魔法の杖”でんな」

「待ってました」

「じゃあ友之、小波、お見せして」

「押忍」

「わかりました」

 頷いた二人のところへ、アシストスーツ装着者専用に設計された重機関銃MW五〇四が運ばれて来た。運び手はウォールだ。図抜けた巨漢の登場に南日本の人々はよりいっそう大きく目を見開く。

「でっか……」

「北はいいもん食ってんねやろな……」

「ありがとうございます」

 礼を言って受け取った二人は、素早くそれを構えて発砲する。銃身に光る紋様が浮かび上がり、銃口からは光弾が射出された。当たったのは地面。魔素が二人の思い描いた像を再現して土を盛り上げ、即席の壁を作り出す。

 高さは三mほど。今度は術士候補生達が驚嘆の声を上げた。


「疑似魔法だ!」

「本当に霊力を一切使ってない」

「記憶災害を人為的に引き起こすなんて」


 霊術という全く系統の異なる技を身に着けた彼等の目には、やはり北日本の疑似魔法は異質に映るらしい。

 友之と小波は一旦セレクタースイッチを切り替え、続けざま通常弾を発射する。大口径弾が高速で連射され土壁を粉々に粉砕した。同時に議員達の方へ振り返る門司。

「ご覧のように、MWシリーズは疑似魔法を増幅する“魔法の杖”としての機能と通常弾を発射する“銃”としての機能を併せ持っています。また彼等が使っているMW五〇四はパワーアシストスーツ専用に設計されたもので、反動が強く生身では到底扱い切れません。しかし、今しがた見ていただいたようにDA一〇二を装着した状態でなら何の支障も無く使用可能です」

「大した威力やな……」

「とはいえ、竜には効かないのでしょう?」

「そうですね。竜を倒せるほどの火力は、まだ出せません」

 唯一、朱璃の“魔弾”とDA一〇二の組み合わせでなら“竜の心臓”を撃ち貫けるかもしれない。だが、その事実は伏せておいた。今以上に彼女に対する彼等の関心の度合いを高めてやる必要は無い。

 門司は挑戦的な笑みを浮かべ議員達一人一人を眺め渡す。彼女の気迫に圧倒された男共は若干ながらもたじろいだ。

「しかし、いいですか? これはまだ一歩目に過ぎません。ゆくゆくはさらに強力な兵器へと発展させ、竜に対抗しうる力となるでしょう。それに倒すことはできなくとも、兵士の生存性さえ上がれば十分に有効なのです。敵には維持限界がありますから」

「ああ、なるほど」

「たしかにそうですな」

 予想通り頷く議員達。どうにか役割は果たせそうだと、ホッとする門司。友之と小波を一〇分間連続で走らせたのは、そこに説得力を持たせるためだ。記憶災害との戦いで最も重要なのは逃げ足である。奴らは一〇分経てば勝手に消えるからだ。あのアシストスーツの機動力は、それを従来よりずっと容易にしてくれる。


 ──福島の戦いでだって、これがあったら真司郎は死なずに済んだろう。


「大変参考になりました。急な見学の申し入れ、受けていただき感謝いたします」

 議員団の代表が頭を下げ、続けて他の議員達もそれに倣う。

 彼等はすぐに兵士達を引き連れ去って行った。京都へ戻り、さらに上の者達に報告するのだろう。現在の南日本には“上院”と“下院”があるらしい。ここへ来たのは下院議員達だけだ。

「やれやれ、これで時間は稼げたか」

 ため息と共にタバコを取り出し、口に咥える門司。すると烈花れっかが近付いて来た。素早く指先から炎を出し、着火する。

「お疲れ様ッス」

「お、ありがとさん。便利な術だねほんと」

「ヘヘッ、おばちゃんも練習すりゃ使えると思うぜ。見た感じ霊力持ちだし」

 この二人、どことなくウマが合うらしく、ここまでの道中でいつの間にか仲良くなっていた。

「見た目でわかるのかい?」

「ある程度強い霊力の持ち主なら感知できんのさ。まあ、ボクは感知能力が低いから勘で言ってるんだけどな」

「なんだ、当てずっぽか」

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