046

 奏真とは違いアサギの戦闘スタイルは真逆。


 奏真は基本相手の動きに合わせて動くカウンタータイプ。無限という魔力ということもあって非常に合理的な戦いだがそれは奏真自身の分析能力あってこそ。

 アサギは奏真の援護があるときは奏真に依存してじっくりとカウンターを狙うが普段一人の時にはそんなことはしない。相手の攻撃に自分の攻撃をねじ込み、一撃一撃殺意を持って攻撃する。


 今回のトンボ群との戦闘がまさしくそれで七匹凍らせた後、更に飛来するトンボを凍らせる。しかし。


「これ切りないな。どうしたらいいんだ?」


 馬鹿の一つ覚え。トンボ群の攻撃方法に変わりはないが言葉の通り全く切りがなくずっと単調な攻撃が続くが終わりが見えない。


 立地といい環境といい人は全く通らず近くに街もなければ道もない。そういう人の手が付かない場所はモンスターが好んで棲みつき繁殖するが今回はまさしくそれの良い例だ。広範囲に広がる沼地で天敵も少ないのか大繁殖したトンボたちはひとつの群れを全滅させただけでは終わらない。


 次第に数だけではなく相手する群れの数も増えていきアサギの身にも攻撃が通り始めた。

 至るところから切り傷による出血をし服には血が滲み始める。魔力もたかがトンボの体を凍らせるだけとはいえ消耗に激しさが増す。


「この野郎、こんなに多かったか?」


 足元には既に氷漬けになったトンボの死骸が数十も転がっている。

 数がやけに多いとアサギは違和感を覚える。


 こうなれば一度離脱を……と、そう頭に過るが判断が少しばかり遅かった。トンボ群の援軍か、以前数は増しアサギに襲い掛かる。


「………!!」


 なりふり構っていられるか。表情にそう言った感情が出る。


(丁度良く水に適正のある魔力バカがいるんだ。多少木に燃え移ってもな問題ないだろう)


 決意、その瞬間にアサギの指と指の間からスパーク。火花が散りバチバチと弾けるような音を鳴らし強い光が生まれる。それが体全体へと広がっていき体全身は帯電する。それは僅か一瞬の出来事。


 そして訪れるは閃光。


 辺り一帯を眩い光が包み込んだ。

 アサギ本人を中心にそれはものも生き物も構うことなく飲み込み弾ける。


 ドンッ


と、落雷のような音と地鳴りが響く。







 すぐ近くで轟く落雷。

 氷の壁に囲まれた奏真、雪音、緋音の三人にもその音は当然聞こえていた。


 氷の壁の上に立ち、周囲を警戒している緋音は空を見上げるがそこに落雷を呼び寄せたそれらしき雲はなく誰かの魔法であるとすぐに気が付いた。だがそれが一人勝手に離れたアサギによるものなのか、はたまた出没したモンスターの手によるものなのかは判別が出来ない。


 加勢に行くべきか、ここで待機すべきか。


 取るべき行動の判断に迷うがようやく体調が落ち着き始めた奏真が体を起こし、壁上でしかめっ面をしている緋音にアサギの戦い方だと説明する。


「……アサギの魔法だ。あんな雑な雷魔法の使い方をするのはアサギしかいない」


 まだ万全ではない為声は暗い。だが先ほどよりかは幾分顔色も良くなりまともに会話が出来るようになっている。


 それを見て問題ないだろうと悟った緋音は一度周囲の見張りを止め、氷の壁から降りて来る。

 魔法により体の落下速度を遅め、ゆっくりと降りてきては音もなく着地する。


 どんな手を使おうが自分を浮かすような魔法は魔力量的に使えない奏真は緋音のその魔力量と力量に関心し、そういえば学院では優等生だったということを思い出す。心の奥底で羨ましいと思ったりするがひとまずそれは置いておき、今の状況を整理する。


「なぜアサギだけ先に行って戦っている?」


 それについて緋音はため息交じりで答えた。


「あの人が勝手にモンスターがいる、とか言って一人で行ってしまったんですよ。倒れているのを押し付けて……」


「ああ、それでか………」


 アサギをよく知るだけにそれだけを聞いて何となく想像出来た。

 奏真自身がアサギのことを旨い事活用しているだけで本来アサギは単独行動でその力を発揮するタイプ。周りを巻き込むなどのそう言った配慮がないとかの理由でそうしたのだろうと、後は当然危険にさらしたくない的なことだろうと勝手に想像する。


 このままアサギ一人に任せても問題はないと思えてしまうがいつまで時間がかかるのかは全く予想出来ない。となると。


「移動しよう」


 スッ、と立ち上がる。


「アサギさんの加勢に行くんですね?」


 横でずっと看病していた雪音も一緒に立ち上がり身を引き締めた。それと合わせて緋音もいつも被っているトンガリ帽子の角度を直す。

 二人とも気合は十分、と言った様子だ。そんな二人に一応釘を刺しておく。


「水差すようで悪いけど戦うつもりはないぞ?」


 出来るだけ大きな運動をしたくない奏真は壁となって立ち塞がる氷を手の平で微弱な炎魔法で溶かし穴を空けながら言う。

 戦わないのはまだ体調が万全ではないから、と捉えた緋音は自身満々、胸を張って返す。


「安心してください、戦うのは私だけですから」


 雪音とセットで足手まといと揶揄されたことを根に持っているのだろう、ドヤ顔とは別に仕方ないから守ってやるよと言わんばかり。

 

 この辺りにはそれほど強いモンスターは存在していない。学院で積んだ経験で十分に対応出来る範囲の相手しか出てこないが奏真は正直戦う必要がないと感じている。目的はここらの制圧ではなく突破、目的はこの先にある都市。


「体調の云々を言っている訳じゃない。目的はここを通過することだ」


 戦うな、とは言わないのは戦闘は不可避だと考えているからである。むしろ戦わなくては通れないと言うことがアサギの戻らないという事実から承知済み。だが戦うことに夢中になってそこで足止めをされては依頼に遅れてしまう。特に時間の指定をされていないので多少は問題ないがそれでも遅れないに越したことはない。


「分かってますよ。そんな私は戦闘狂じゃありませんし……」


「ならいいが………それじゃあ行こう。さっさと抜けて今日中には目的地に着いておきたいからな」


 奏真、緋音、雪音の順にアサギの向かった方向へどんどん進んでいく。

 そんな三人の行く手、足元には次第にぬかるみが増し本格的に沼地の本領が牙を向き始める。


 ただ滑るりやすいと言う地面から足を取られ突っかかるのは勿論、靴についた泥が重さを増していき足に重りを付けているような感覚に陥る。


「これ、かなり不快ですね」


 靴にへばりついた泥を見て緋音が愚痴を零す。


「ああ、そういえばこの先沼地だっけか」


 ここまで気を失いアサギに運ばれてきた奏真はそれにようやく気が付いた。


「そういえばって………あなたがこのルートを選んだんですよね?」


「あれ?言ってなかったっけ?俺こっちの方に来たことないから………」


 沼地がある、ということは認知していたがまさかここまで酷いとは、というのが正直な奏真の感想。だが回り道をしているなど今更面倒だ。それこそタイムロス。


「しっかりして下さいよ。食あたりといい計画性のなさといい……」


「前者に関しては俺は悪くはないと思うが?」


 奏真と緋音が悠長に会話している最中、二人の背中を追う雪音だけは一人深刻そうな顔をしていた。


 頭に思い浮かぶのは今朝、悪魔が他人事のように呟いた「苦労するぞ」というその真相。ただからかっているのか真面目なのかは本人のみ知ることだがそんな胡散臭い言葉であっても雪音は忘れることが出来ずずっと引っ掛かっていた。


「………」


 しかしそれを安易に受け止め相談して変に気を使わせないか、踏み切ることも出来ずに。


 悩んでいるのも束の間、やがてアサギの姿が見えてくる。

 だがアサギは既に倒木に腰を降ろして一休みしていた。


「おいーっす」


 全身傷だらけだが相変わらずへらへらと掴みどころのない笑いを浮かべていた。


「何だ、もう終わったのか?」


 アサギの足元には無数の黒焦げになったトンボの死骸がそこら中に散りばめられている。

 それを見た雪音と緋音は「うわぁ……」と顔を顰める。奏真だけはただ淡々とアサギに状況の説明をさせる。


「いや、ここからだよ。本当はこいつらを超えてサクッと行くつもりだったんだけど予想以上に手を焼いてさ、この通りよ」


 どの傷も浅く、既に止血しているが血を流し過ぎたらしい。疲れたと空を見上げる表情は何処か青白く力がなさげ。


「こりゃあ一人じゃ無理かなってね」


 お手上げ、とまでは行かないがしんどいとため息をついた。


「そんなやつがこの先にいるのか?」


「ああ、かなり厄介なやつがね」

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