013
「アサギ、一ヶ所だけモンスターの入り口を作れるか?」
一網打尽の策に、相手である猪型のモンスターを嵌める為にその準備を進めていく。
いつ壁を乗り越え、壊して侵入してくるか分からない為、的確に素早くアサギに指示を送る。
「…………ああ?出来るけどいいのか?多分押し寄せて来るぞ?」
アサギは奏真の指示に疑問を抱く。
「問題ない。合図を送ったら目の前の壁に一メートル前後の穴を開けてくれ」
「………了解。奏真はとうするんだ?」
アサギに指示を出した後、何処かへ移動しようとアサギの創った氷の壁に手を掛けた。
「仕掛けをしてくる。霧谷は合図を送ったら最初に見せた魔法。それをアサギの開けた場所に放ってくれ」
その指示を出すとすぐにアサギは奏真が何をするのかを悟った。
「え!?でも私はまだコントロールが………」
「安心しろ。もしもがあったとしたら俺がどうにかする。今出来る精一杯を頼むぞ?」
「………分かりました」
強引ではあるが雪音に手を貸してもらえるのが一番有効だと考えた奏真はあらかじめ保険を掛けて雪音に任せた。
雪音は奏真の期待に応える為にと微かな自信を持った。
奏真はそれを見て仕掛けをするために壁を越え、モンスターの大群を超えて少し離れた何処かへ向かう。
「思ったんだが水魔法じゃあ殺しきれないぞ?その後はどうするんだ?」
通信機で奏真に疑問をぶつけるアサギ。
『問題ない。お前が氷魔法で凍らせろ。それで一網打尽だ』
「氷………そんな回りくどいことしなくても雷魔法で感電させればいいんじゃないのか?その方が完全に無力化出来るし願ったり叶ったりだろ?」
アサギは手の平でバチバチと電気を放電させる。
『いや、氷魔法でいいんだ。雷魔法だと光が出て村に迷惑がかかる』
「………そんなことまで考えてたのか?」
『いや、それは建前だ。本命は大量の水に電気はかなりまずい。まして村の近くだ』
「……………ああ、なるほど」
奏真が何を言いたいのか理解したアサギは確かにまずいと頷いた。
「………あの、どういうことでしょうか?」
「大量の水に電気を流すと電気分解が発生するんだ」
「……電気……分解」
雪音にとって知らない言葉が出てきた。
どういう意味なのか困惑する。
「その時に発生するのが水素なんだがその気体は爆発する。しかも大規模な水が一度に水素へと変わる。そこへ電気で引火したらここら一体が吹き飛びかねない」
「…………だから氷なんですね」
「そういう事だろうな。さて、後は言われた通り奏真の指示を待とう」
「分かりました」
雪音には緊張が走る。
奏真がモンスターの背後へ回りおよそ数十秒、三ヶ所で音を立てて大木が折れた。
その音に驚いた猪型のモンスターは考えるのを止め、一目散にその音とは反対の方向へと駆け出した。その方向こそがアサギの壁の開けられた部分。
その直後、二人の通信機に指示が出される。
『二人とも、頼むぞ』
通信機越しで奏真の声が聞こえる。
「了解!」
それと同時に動き出すアサギ。緊張から体が硬直して少し遅れる雪音。
「わ、分かりました」
その少しの遅れが雪音に焦りをもたらす。
失敗してはならないと自分に負荷がかかりうまく魔法が出せない。
あの時集中してやっと出せた魔法を緊張の中でやるにはまだ経験が少なすぎた。
うまく魔法が発動せず、更に雪音は焦る。いつも以上に辛い呼吸。なにもしていないのに汗が止まらない。
開けられた壁の向こうには大量のモンスター。こちらを認識すると勢い良く一頭が駆けてくる。それに続いてまた一頭、更に一頭と壁を抜ける。
(おかしい………魔法が……使えない!?)
何かの異変を感じ取った奏真。通信機から雪音に声をかける。
『少しでいい。魔法を出せ。後は俺が引き摺り出してやる』
アサギが氷の壁を開けたその場所から魔法陣が浮かび上がった。およそ三十センチ程の小さな魔法陣。そこから水が空中に放出される。
その水は吸い寄せられるように雪音の手元へ辿り着く。
「…………わっ!?」
雪音の手がその水に浸水する。すると、引っ張られるような感覚と共に魔力が引き出される。
急激に膨張し始めた水。既に奏真の魔法陣の水の供給は止まっていた。
あっという間に巨大な魔法へと変貌する。その魔法を目の前にした猪型のモンスターは思わず足を止める。
「行け霧谷。今だ!」
アサギが雪音の肩に手を置いた。
「はいっ!」
二人のお陰でようやく落ち着きを取り戻した雪音はその魔法を猪型のモンスターに目掛けて振り下ろす。
巨大な水の塊となった魔法は数多い猪型のモンスター全体に降りかかる。それはまるで一時の滝。
なす術もなく一帯が水に覆われた。
しかし所詮ただの水。滝のように降りかかり足を止めるまでには至るがそれもほんの一瞬き。
再度雪音とアサギ目掛けて突進を開始、するはずだった。
「上出来だ」
アサギの方がやや早い。
地面、猪、木々を巻き込んで濡れていたもの全てを氷へと変える。
冷気が漂うとパキパキ、と音と共に一気に凍てつかせた。
突進を構える猪はその体型のまま、氷に覆われ動きを止める。
「…………散れっ!」
次のアサギの合図で凍らせた魔法は塵になって消えていく。その際に全身凍結させられた猪も分解されるように塵になり消えていった。
群れを成していた猪は全て氷付けになったのちに塵へと変わり、一匹も残す事なく消え去った。
「依頼完了………かな?」
後続がないことを確認するアサギ。森の奥を凝視していると、そこから奏真が戻ってくる。
「おつかれさん。まさに一網打尽だったな」
遠くから様子を見ていた。
そこからははっきりとは見えなかったものの戻ってきて二人が無事なのを確認すると成功した事が分かる。
しかし、雪音は下唇を噛んで悔しそうにしていた。
「やっぱり実戦では役に………」
立てない。そう続けようと独り言を言うと奏真が遮った。
「最初はそんなもんだ。いきなり教えられたから出来ますって、そんななら始めから出来るだろ」
ド正論に雪音は何も言い返せず、下を向いた。
「実戦を繰り返して少しずつ、一歩ずつでいいから何かを学べ。それが失敗の意義だ」
「おお~!奏真が言うと凄い説得力あるな」
感心したアサギは納得のあまり何度も頷いた。
「奏真も最初から強かった訳じゃないんだよ。もともとはこんなちんけな魔力だし」
「………それってどういう………」
雪音はアサギの言う奏真の過去に興味を持った。
しかし、過去を話されるのを嫌った奏真はアサギが話すのを止めさせる。
「くだらない過去の詮索は終わりだ。さっさと依頼達成報告に行くぞ」
「こんな夜なのに行っていいのか?まだ寝てはないだろうけど」
「一時でも早く安全を確かめたいだろう。今回は証拠がないが………そこはどうにか説明するとして、なにより過去を掘り返されるよりマシだ。アサギの過去には興味があるが」
「俺の過去かぁ………あんまりおもしろくないよ?それに丸一日あっても足りないよ」
冗談なのか冗談ではないのか掴み所のない表情で笑うアサギ。
結局過去話しにはならず、依頼の達成を伝えに依頼主のところへ向かう。
報告が終わると奏真とアサギで簡易的なテントを設立。今夜はそこで野宿となる。
真っ暗な夜空は星を映し出す。
邪魔な明かりに照らされず、綺麗な星空を見上げながら雪音は横になる。
初めての魔法の使用と実戦に疲れている筈なのに眠れなかった。
それは不安から来ていた。
実戦で力を発揮出来ずに奏真とアサギに迷惑を掛けた事もそうだが今は何よりあの不気味な声が気になっていた。
実はいち早く猪型のモンスターの群れが近付いているのに気が付いたのはその声のお陰だった。
途端に「………クルゾ」と言われてその方を見たときにたまたま群れが近付いていた。それ以降は特にないが雪音は不安で仕方がなかった。
変に奏真やアサギに言って心配をかけさせたくない気持ちから誰にも相談する事が出来なかった。
「……………」
眠れず、目を開けてボー、としてあっという間に数時間が流れる。
夜に魔法の復習でもしようものならアサギから「これから時間は沢山あるんだから止めておけ」と睡眠優先にされてしまう。その為何もせずに時間だけが過ぎた。
「………何か悩み事か?」
一向に寝る気配のない雪音が心配になって雪音の頭元に腰をおろすアサギ。片手には何かの細かい部品を持っている。
妙に感の鋭いアサギに悟られないように目をそらして首を横に降る。
「………いえ、ただ眠れなくて」
「…………そう?まあでもこんな野宿じゃあな。寝れる筈もないよな」
不自然な雪音の目線にアサギは違和感を覚えているがそれ以上は探らずに流す。
「そ、そういう訳では………その、それは一体………」
アサギに変に気を使わせて居心地が悪くなった雪音はすぐにアサギが手に持っている細かな部品へと話題を変えた。
「ああこれ?これはほら、前に言ったけど小型通信機も俺が作ったやつなんだけど、そういう事が得意でさ。暇なときに試作とかしてるんだけどその部品だよ」
「そんなに細かいものから作っていくんですか?」
興味があるのかじっとその細かい部品を見る雪音。
「うんまあ………用途に合わせてね。意外な事に興味を持つんだな。もし何かほしい物とかあったら作るよ?」
「い、いえそんな………通信機も頂いたのに他にも作って頂くなんて」
「そんな遠慮しなくていい。例えばそうだな。霧谷は何かやりたい事とか目的みたいなないの?その為の補助的な何かしらなら作れるけど……」
「目的………ですか……」
「小さい頃からの夢とか、もっと楽観的なものでもいい」
雪音の頭にはひとつ、叶わぬ夢だと諦めたものが思い浮かんだ。
「それなら………夢、ではないですけどやりたい事がひとつ……」
「お?聞いていいか?」
「………姉を……お姉ちゃんを探してみたいです」
昔に生き別れてしまった姉妹の姉。
雪音の記憶に明確に残るのは姉がいて、顔も声も覚えていないが一緒に遊んだ記憶。
思い出すと少し寂しい気持ちになった。
「そうか、姉がいるんだな。特定の人を探しだす機械は厳しいかもだけど考えておくよ」
アサギは雪音に家族が居ることにホッとした。見つけ出してやると言いたい所だったが変に期待させては申し訳ないとそうは言えなかった。ただ、善処するとだけ伝える。
「………ありがとう……ございます」
礼を言う雪音は話した事で自然と落ち着いたのか急激な睡魔に襲われる。
「眠くなってきたみたいだな。そのまま寝るといい」
これ以上は睡魔に勝てないと雪音はうとうととし始めた。
「お休みなさい」
「うん、お休み」
うとうとと、両目を瞑った時には既に寝息を立てていた。初めての戦闘もあってか余程疲れてが溜まっていたようだ。
雪音が眠りについたのを確認しておよそ数秒。寝ている奏真の方を振り返る。
「…………だってさ、奏真。いつまでも狸寝入りこいてんじゃないよ」
「うるせーよ。今起きたんだ」
不貞腐れた奏真は寝転がったまま、バレバレな言い訳をする。
そんな奏真を見てはアサギは笑う。
「なははっ、そういう事にしといてやる。そんな寝起きの奏真くん、久々に組み手しないか?」
アサギは部品をポケットへしまい込み、すっと立ち上がった。
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