007

 翌日。


 目を覚ました雪音は閉じていた目を開く。うっすらと見えるのは天井。太陽に照らされて反射する光が目に入る。それを見て徐々に意識もはっきりていく。

 体全体に伝わる布団の感覚。嫌な汗が頬を伝う。


 今は何時なのだろう?


 それを思うと自然に体がばっ、と勢いよく起き上がる。そして追うように時計を探す。


 現在の時刻は八時。

 いつもなら雪音はとっくに起床し、朝ご飯を作り終え洗濯をしている時間。


 完全に寝坊したと焦り今どこにいるのかも忘れてベッドから降り、部屋の扉へと飛び付いた。考えるよりも先に扉を開いた。


「お、探知系統は得意な感じ?油断してたとは言えまさか気付かれてたとは……」


 扉の先には奏真が立っていた。丁度雪音と同じように扉に手を掛け開こうとしていたところ、雪音が先に開いたようだ。


 奏真は雪音に向けてやるなぁ、と感心しているようだが雪音は完全に固まっていた。


「どう?昨日はゆっくり寝れた?」


 奏真の言葉でようやく昨日起こった事を思い出す。

 自分を奴隷のように扱う領主はもうここにはいない。


「……はい、お陰様で」


「そう、それは良かった。ここだと他の人に目がつくから取り敢えず中入っていい?」


「はい」


 奏真を中に入れ、振り返るとこの部屋のソファーに座るアサギに目が止まる。


 思い出されるのは以前ガーディアンと名乗る者に虐げられなぶられる日々。それは今でも恐怖で堪らなかった。


「なぜ……ここに……」


 震える雪音の声。


 奏真はその反応を見てアサギが仲間であることを再認識させる事をすっかり忘れていた事を思い出した。アサギも同様思い出したかのように「あっ」と声を漏らした。


「そう言えば二手に別れて以降アサギと会ってなかったな。昨日も一応言ったがこいつは味方だ」


「………でも」


「昨日全て解決したのはアサギだぞ?領主の捕縛やらなにやら全て」


 大袈裟、少しサバ読んでる気もするが今はそう言うしか方法がないと踏んだ奏真は雪音にそう説明する。

 アサギは何も肯定、否定出来ず雪音の様子を伺っていた。


 雪音は奏真に言われると少し考えるように下を向き、もう一度顔を上げた。


「昨日は……ありがとうございました。疑って申し訳ありません」


 アサギに対し土下座する勢いで深々と頭を下げる。

 アサギは反応に困ったのか奏真に目で助けを求めた。


「大丈夫、顔を上げなよ。これからの話をしたいところだった」


 奏真はアサギの期待通りのフォローにより雪音は言葉通り頭を上げた。

 雪音の目には少し涙が浮かんでいる。

 それを見たアサギはフッと微笑んだ。


 雪音の誤解が解けたところで奏真は雪音を座らせると次の話を進めた。


「これから街の繁華街に向かい装備を整えたいと思います」


「……えっと、今ここはどこでしょうか?」


 森で眠ってしまってからタイムスリップしたようにこの部屋へ来ていた雪音は一体ここが何処であるのか検討もつかない。

 奏真の飛躍した話に早速質問がされた。


 奏真の代わりにアサギが答える。


「都市[ハルフィビナ]の隣の街だよ。少しでも早く移動がしたかったから抱えて君ごと街まで夜の内には来たんだ」


「も、申し訳ありません」


 まさか運ばれて来たとは知らず、事実を知ると申し訳なさのあまり気負う雪音。


「まあその辺は気にするな。繁華街へ行く理由としては二つ。霧谷の日常品を揃える事と情報収集だ。」


 アサギが持ってきた雪音の私物と思われる物はそれはそれは少なく、勉強用具程度しかなかった。

 服すらもなく道理で汚れているのか納得した二人は昨日。不憫に思った奏真は昨日の内から決定事項として決めていた。


「でもその、私お金は………」


 勿論服もないのにお金もある筈がなく、気を使わせていると更に落ち込む雪音。


「俺のお金を渡すよ。奏真よりは余裕がかなりあるしね」


 嫌味たらしく言うアサギに奏真は半目で睨むがアサギはクスクスと笑って誤魔化す。


「余計な事を言いやがって…………霧谷はひとまず俺の上着着けよ。流石にその服で歩くのは一目につくからな」


「………はい。お借りします」


 奏真からコートを受け取りそれを羽織る。しっかりフードまで被るとすっぽりと顔ごと覆われる。

 奏真ですら一回り大きいサイズな為それより十センチ以上身長に差がある雪音では袖も裾も遥かに大きかった。


「これはこれで問題だな」


 怪しげな姿へと変化した雪音を見て奏真は悩むように声を唸らせた。と言いつつもこれ以上はどうすることも出来ないのでそのままいざ繁華街へ。



―数時間後―



 雪音をあちらこちらへと連れ回し、出来るだけ多くの店を見て回った。


 それでも男二人では女の子のセンス、好きな物を理解出来ずそこで急遽助っ人を依頼。助っ人で駆け付けてくれたのはアサギの知り合い、ガーディアン仲間に途中参加してもらい服やアクセサリーなど見てもらった。


 既に時刻は正午へ差し掛かっていた。

 奏真とアサギは途中、見るのに疲れベンチに腰をかけ助っ人と雪音が戻ってくるのを待っていた。


「想像以上に大変だな女子って……」


 ベンチの背もたれに全体重を乗せぐったりとするアサギ。隣では同じように座る奏真も同感の意を表情に表す。


 二人がそんな感じでボー、としているとようやく一段落ついたのか目の前の店から出てくる雪音と助っ人の女の子。両手のは大きな紙袋。


「お待たせ奏真君!アサギ君!」


 奏真の目の前で手を腰に当てて胸を張る彼女こそがアサギが呼んだ助っ人、妃南ひな

 ガーディアンの中でも数少ない知り合いでアサギの繋がりで以前より何回か話した事のある程度の関係。

 密かに奏真に片思いする同い年の少女。奏真の頼みと聞いて飛んできた。

 

 そんな彼女が雪音の主に服選びを手伝ったようで見せびらかすように雪音を隣に立たせた。


「じゃーん!どう?」


 会った時とはまるで違う雰囲気を漂わせる雪音。ボロボロで汚れたものから新品のブラウス。スカートも前より比べデザイン製のある物へ変わっていた。


 本人曰く目立つ格好はしたくないとの事らしく以前とあまり変わらないような服を選んだ。そしてその上から奏真から借りたコートを羽織ってフードを被っている。フードの隙間からは白銀色の髪が輝いていた。


 以前とは見違える程綺麗な姿に奏真とアサギはおおー!と拍手をする。


 照れくさいのか雪音は目をそらした。


「あの、これ頂いてもいいですか?」


と、言うのも奏真から借りたコートが妙にしっくり来ているらしい。


「新品じゃないけどいいのか?予備はまだ着てないしそっちでも………」


「いえ、こっちで大丈夫です」


「ああそう?ならいいけど」


と、言いながら奏真は流れるように雪音のフードを取った。


 一瞬何をされたのかわからなかった雪音はおよそ二秒そのまま固まるがフードを取られた事に気付くと慌てて被ろうと手を掛けた。


 すると奏真がフードを被り直すより早く雪音の首に緑と黒、白のチェック柄のマフラーを巻いた。


「流石にフードを被ったままでいられるのはな。多少暑いかもしれないが一目がつくときだけで構わない。少し我慢してくれ」


 雑にぐるぐると巻き付けた。

 しかし雪音は嬉しそうな顔で礼を言う。


「ありがとうございます。暖かいです」


 奏真がマフラーを雪音に巻き付けている間にアサギは妃南から両手の紙袋を受け取ると何処かへしまう。手品でも見せられたかのように消える紙袋。


 それを見て困惑した雪音にアサギが何かを渡す。それは奏真もアサギも着けているイヤホンのようなもの。通信機だ。


「これで会話も出来るがオプション機能も着いていて、その一つが収納。さっき消えた紙袋はそこへ入れてある」


 雪音の手のひらの上にそっと乗せる。


 この買い物を通してガーディアンという壁が少し縮まった二人。以前のような警戒心がなくなり雪音もアサギと話しても怯えがなくなった。


「頂いてもいいですか?こんなにお金ないですよ……」


「自作だから実際費用はゼロだし、そんな作るの難しくもないから気にしなくてもいいよ。有効活用してくれ」


「………はい」


 ギュッと大事そうに両手で握った後、右耳に取り付ける。


 ここで助っ人として駆け付けた妃南はこの後午後から防衛の任務があると忙しそうに去っていった。


 妃南を見送り、移動するために奏真は支度を整えた。


 一通りこの街に来た理由となる用事を全て済ませた奏真は自分の通信機の収納からコートを取り出し、着る。


「さて、霧谷はこれからどうする?」


「………え?」


「俺たちはこれから街を出てまた旅に出る。依頼をこなしながはぶらりとな」


 奏真が思い付いたのは雪音をここ、もしくはもう一つの隣街で引き渡す事だった。


 奏真は仕事上これからも移動していかなければならない。そこに雪音を連れていくのは非常に困難だと考える。

 それを雪音に伝えた。


「特に目的がないのなら引き取ってくれる人を探すといい。もう一つ隣に行きたいならそのまま連れていく」


「…………」


 雪音はどう返したらいいか分からずそのまま奏真の話を聞いていた。


「一週間分の食糧、金も袋の中に入ってる。この街の治安もいい。お前の事を知っても引き取ってくれる人もいるだろう」


「ガーディアンにトラウマあっちゃあガーディアンで引き取る事も難しそうだしね」


 アサギも同じような意見を持っていた。


 そもそも奏真は助けるだけでその後面倒を見るとは言っていない。

 無責任のようにも思えるがアサギなら兎も角、奏真にそんな余裕はない。

 少し強引であるがこれ以上なつかれるのを危惧した奏真は早急に別れを告げる。


「じゃあこれから頑張れよ。また縁があったら会えるかもな」


 奏真とアサギは背を向け、そのまま雪音を置いて歩き始めた。

 雪音はただ呆然とその二人を見ている事しか出来なかった。

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