第十三章第30話 ヴェダの晩餐
すっかり日が落ち、私たちはラージャ三世に連れられて晩餐会の会場にやってきた。
え? 選定の儀はどうしたかって?
それはもちろん、なんの問題もなく終わったよ。予め聖剣アルパラジタに、担い手を選ばないようによくお願いしておいたからね。おかげで数百人いた候補者たちは全員失格となった。どの聖剣も話が通じていい奴らだと思う。
そんなどうでもいい話はさておき、私はラージャ三世の隣の席に腰を下ろした。
私たちが会場に入るころにはすでに参加者たちは全員着席しており、ラージャ三世が挨拶するとすぐに食事が運ばれてきた。
「こちらは前菜でございます。カリフラワーのアチャール
アチャール? アチャールとはなんだろうか?
私はまずアチャールを口に運ぶ。
うん? これは……酸っぱいけど辛い? それもものすごく複雑な辛味だ。あとオイル漬けらしく、かなり油分もある。
うーん。グリーンクラウド王国風のスパイス漬けといった感じだろうか?
たくさん食べるのは厳しいが、最初からあまり量がないことから考えると、きっと箸休め的な食べ方が想定されているのではないのだろう。
よし、気を取り直して次はこの三角包み揚げをいただいてみよう。この包み揚げは一口サイズになるよう、半分に切られた状態で提供されているため、スプーンに乗せてひょいと口の中に放り込んだ。
ん? んん? これは、ものすごいスパイシーだ。様々なスパイスの香りが香り、それが具となるジャガイモの甘味と混ざって絶妙だ。だがこれだけ大量のスパイスが使われているのに辛すぎない点も素晴らしい。
と、ここで周囲の人たちが三角包み揚げと先ほどのアチャールを一緒に食べているのが目に飛び込んできた。
なるほど。グリーンクラウド王国の人たちはこうやって食べるのか。
私の残るもうひと欠片の三角包み揚げとアチャールを一緒に食べてみる。
おお! なるほど! ちょっと、いや、かなり辛くなった。だが酸味が加わったのが大きいのだろうか? 味に深みが増し、なんというか、味が締まった感じになった。
ううん。グリーンクラウド王国料理、中々に奥深い。
私は続いて玉ねぎのひよこ豆衣寄せ揚げをいただいてみる。見た目は玉ねぎのかき揚げといったところだが……。
うん? これは!
かき揚げとは違い、まず最初に複雑なスパイスの香りが広がる。そこから玉ねぎの甘みと辛み、そしてほんのちょっぴりの苦味が口の中で混ざりあう。
うーん。これは見た目に騙された。しっかりした玉ねぎの味を楽しむというよりは、スパイスを楽しむ料理と言ったほうが正しいのかもしれない。だが決して玉ねぎがスパイスに負けて消えているというわけでもなく、なんとも絶妙なバランスだ。
今まで味わったことのない味だが、これはこれで美味しい。新境地を開拓した気分だ。
さて、残るグリーンサラダはグリーンリーフとオニオンのサラダだ。そこに何やらオレンジ色のソースがかかっている。
……うん。やっぱりここにもスパイスが使われているね。だがこちらのスパイスはやや控えめだ。ドレッシングにはヨーグルトとニンジン、それと恐らく玉ねぎだろう。かなりさっぱりした味付けに仕上がっている。そんなドレッシングはグリーンリーフの苦味、そしてシャキッとした玉ねぎの甘味と辛みと相まって口の中をさっぱりさせてくれる。
うんうん、これは普通に美味しいね。
「タンドリーチキンでございます」
続いて運ばれてきたのは、表面がオレンジがかった肉料理だ。焼きたてらしいチキンからはふんだんに使われているであろうスパイスの複雑な香りが漂ってくる。
よし、さっそくいただいてみよう。
これは……うん、スパイスがかなり効いているが、かといって辛すぎるというわけでもなくちょうどいい塩梅だ。それにこれだけスパイスを使っているおかげもあってか、鶏肉の臭みはまるで気にならない。そして噛めばじゅわりとジューシーな肉汁が口に
これは見た目から想像どおりの安定した美味しさというか、そんな感じだ。
「シークカバーブでございます」
続いて運ばれてきたのは串にささったつくねのような料理で、上に緑色のソースがかかっているのを除けば見た目は完全に焼き鳥のそれだ。
どうやって食べるものかと周囲をちらりと見回してみると、周囲の人たちは串を持ってそのまま食べている。
よし、じゃあさっそくいただいてみよう。
私は串を持ち、先っぽを少しかじってみる。
……うん。やはりスパイスはたっぷり使われている。だがつくねのようになってはいるものの、しっかりと肉感は楽しめる。お肉は……羊肉と鶏肉の合い挽きだろうか?
串焼きになっているおかげで余計な油は落ちており、スパイスが効いているので臭みも気にならない。そしてこの緑色のソースだが、どうやらほうれん草を使っているようだ。味としては塩味と苦味、それから不思議なコクがあるがとてもシンプルな味わいで、過度に主張せず、しっかりとお肉の味を引き立ててくれている。
いやはや、本当にグリーンクラウド王国の料理は奥深い。今まで味わったことがない方向の美味しさが次々と出てくる。
「マトンカレーとナンでございます」
続いてカレーが出てきた。
おお! ナン! そうそう、やっぱり本格カレーといえばナンだよね。
私は熱々のナンを千切り、マトンカレーに浸してから口に運ぶ。
んんっ! これこれ、これだよ。ナンの甘味、マトンカレーの辛みとスパイスの香り、そしてうま味が一体となって口いっぱいに広がっていく。
いやあ、美味しいね。バターチキンカレーも美味しかったが、このマトンカレーも美味しい。熱々でふっくらしたナンが食べられるというのもポイントが高い。
続いて私はマトンをスプーンですくい、口の中に放り込んだ。
うん。やはりスパイスたっぷりということも相まってか、臭みはまるで気にならない。肉のうま味がスパイスの香りと辛みと合わさり、口の中を満たしていく。
ああ、うん。美味しい。カレーはやっぱり美味しい。
カレーの味を堪能しながら食べていると、今度は小さな壺が運ばれてきた。壺の上には焼いたパイ生地だろうか? 不思議な蓋のようなものがされている。
「骨付きマトンのビリヤニでございます。蓋はナン生地で出来ており、時間をかけてじっくりと蒸し上げましたので、蓋の部分もお召し上がりいただけます」
なるほど。こんな料理もあるのか。
初めて見る不思議な料理に感心しつつも、私は蓋となっているナンを手ではがしてみた。
って、あれ? ウェイトレスさんが驚いているような?
「あれ? 違いましたか?」
「い、いえ。その、お熱いのではないかと……」
「え? ああ、そうですね。ちょっと熱いですけど、火傷するほどではないですよ」
「さ、左様でございましたか。大変失礼いたしました」
「いえ。ありがとうございます」
よく分からないが、心配してくれていたようだ。お礼を言うと早速ナンをいただいてみる。
うん。なんだかカレーと一緒に出てきたものと比べると、ちょっとクリスピーな感じだ。それに一部には焦げ目がついており、なんとも香ばしい。普通のナンももっちりしていて美味しいが、こういうものもまた美味しい。どちらが優れているという話ではなく、どちらも素晴らしく甲乙はつけがたい。
よし。では続いてビリヤニをいただいてみよう。
スパイスの香りがスプーンに乗せて口元に近づけるだけで漂ってくる。そしてそれを口に含めばスパイスの香りだけでなく、ふわふわに炊きあがったお米の甘味と骨付きマトンから出てきたうま味のハーモニーを楽しむことができる。塩加減も抜群で、お米にも味がしっかりと染み込んでいる。
うん。これはいつまででも食べていられそうな美味しさだ。
「デザートは揚げドーナツのシロップ漬けでございます」
そうして出てきたのはリング状のドーナツだ。しっとりとしており、シロップ漬けという名前からもかかっているこの液体はシロップなのだろう。
……いや、シロップ漬けということは、まさか中までシロップが染み込んでいるのだろうか?
試しに口に含んでみる。
「っ!??!?」
あ、あ、甘い! なんだこの甘さは!?
とにかくとんでもなく甘い。
あまりの甘さに目を白黒していると、隣に座っているラージャ三世が話しかけてきた。
「いかがですかな? 我が国では辛い料理とバランスを取る
「そ、そうなんですね……」
私はなんとかそう返事をしたのだった。
================
※1 アチャールというのはインドの漬物のようなものです。大量のスパイスとオイルで野菜を漬け、常温で漬け込みます。
※2 これがインドの方々のコモンセンスかどうかは知りませんが、筆者がとある地方都市のインド工科大学のキャンパスを訪れた際、同大の学生にどうして辛さと甘さがこんなに極端なのかと質問したところ、そのような回答を得ました。
次回更新は通常どおり、2023/08/17 (木) 19:00 を予定しております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます