第十三章第25話 パワーレベリング

 そのままソムチャイさんが店頭で売っていた炭をすべて買い取り、さらに少し離れた場所にある倉庫で保管されていた炭も少し色を付けて買い取ってあげたことでソムチャイさんはなんとか金貨十枚を工面することができた。


 すべて買い取ってしまったのでソムチャイさんの生活に支障をきたすのではないかと心配したが、どうやらそんなことはないらしい。


 というのも、そもそもソムチャイさんたちが売っている炭は自分で木を切って作ったもので、元手はほとんどかかっていない。しかも炭自体が今は在庫過剰によって値崩れを起こしているそうで、どの炭売りも大量の在庫を抱えて苦労している。


 そんな折、必要以上に積み上がってしまった在庫が処分できたうえ、金貨十枚というソムチャイさんたちにとってかなりの支出をしたにもかかわらず手元にはそこそこの現金が残った。


 もちろんこれから商売していくには炭を焼くところから始めなければならないが、それでも過剰在庫を処分できたと考えればプラスにだと言えるかもしれない。


 それはさておき、水上マーケットを満喫した私たちは今、近所の森へとやってきた。もちろん周囲の魔物を解放してあげるためだが、実はもう一つ目的がある。


 それはシーナさんに案内のお礼を兼ねてパワーレベリングをしてあげることだ。


 シーナさんは治癒師であるため魔物にトドメを指すことが難しい。そのおかげで神々の意図したとおりレベルを上げられず、人々を助けるために上げたい【回復魔法】のスキルレベルを上げられずに困っている。


 強すぎる人間を生み出さないためにこうしたという神様の意図は分からないでもないが、苦しんでいる人々にとっての希望である治癒師のレベルまで上がりづらいのはどうかと思う。


 まあ、私だってそのせいで最初はとんでもなく苦労したわけで、シーナさんの苦労はよく分かっているつもりだ。


 というわけでシーナさんのレベリングを助けたかったわけなのだが……。


「シーナさん?」

「ひゃいっ!?」


 シーナさんは見るからに緊張してガチガチに硬くなっている。


「あ、ま、ま、魔物ですかっ!? わ、わ、私は……」


 シーナさんは慌てて周囲を見回しているが、もちろん魔物はいない。


「まだです。安心してください。それに私たちがいるのでシーナさんに危険が及ぶことはありませんよ」

「っ!? あ……は、はい。すみません。魔物の出る森には来たことがなくて……」

「大丈夫ですよ。それに魔物はシズクさんたちが倒してくれますから」

「は、はい……」


 そう言って安心させようとしたのだが、シーナさんの表情は硬いままだ。それから少しずつ森の奥に進んでいくと、ルーちゃんが魔物を発見した。


「姉さまっ! あっちにビッグボアーがいますっ! ご馳走ですっ!」

「えっ? ご馳走? 魔物がですか?」


 シーナさんが驚きの表情でルーちゃんを見ている。


「ビッグボアーには瘴気がほとんどないみたいなので、食べられるみたいです。それに私たちが食べるときはきちんと浄化しているので大丈夫ですよ」

「そ、そうなのですね」


 やはり普通の食材しか食べたことがないのか、シーナさんは理解が追いついていないといった様子だ。


 さて、問題はビッグボアーのトドメをどうやってシーナさんに刺させてあげるかというところだ。たしか以前倒したときは私の防壁に突進して、そのまま首の骨を追って死ぬというなんとも残念な倒し方になってしまった。それに今のみんなのステータスだと一撃で倒してしまいかねない。


「姉さま! 来ます!」


 私たちを見つけたらしいビッグボアーが茂みから飛び出してくると、一直線に私を目掛けて突進してくる。


 ええと、正面に防壁を出すと死んでしまうから斜めに、えい!


 四十五度くらいの角度で防壁を展開してやると、ビッグボアーは変な風に回転しながら転んだ。そこにシズクさんが猛スピードで走り抜け、ビッグボアーの後ろ脚が胴体から切り離される。さらにそこへクリスさんが切りかかり、両の前脚が胴体から切り離された。


「ひっ!?」


 だがそれを見たシーナさんは悲鳴をあげて後ずさってしまった。


「シーナさん、大丈夫そうですか?」

「え? ……あ、は、はい。えっと、その……はい。大丈夫です」


 大丈夫と言っているが、シーナさんの顔は青ざめている。


 ううん。どうやらこれはちょっと刺激が強すぎたようだ。


 さて、どうしたものか。


「シーナ殿、レベルアップのチャンスです。さあ」

「あ……あ、えっと、はい。そう、ですよね」


 シーナさんの顔は青ざめたままだ。


 これは無理そう、かな?


「シーナ殿、フィーネ様のご厚意を無駄にされるおつもりですか?」


 今回はやめておこう、と言おうと思ったのだが、クリスさんがそんなことを言いだした。


 いやいや、シーナさんが辛いのなら無理にやらせなくても!


「そ、そうですよね。やります!」


 だがクリスさんの言葉で決心がついたのか、シーナさんは青い顔をしながらも両足を失ってもがくビッグボアーのほうへと歩み寄る。


 するとクリスさんがそんなシーナさんに寄り添うように近づいていく。


「そのナイフを逆手に持ってください。左手は柄を持って、そう、そんな感じです。あとは体重を乗せてここに刺してください」


 クリスさんは動けないでもがくビッグボアーの前脚の付け根の近くを指さした。


「う……」

「レベルアップをなさりたいのですよね?」

「は、はい。ええい!」


 シーナさんは短剣を何度も倒れたビッグボアーに突き刺し、やがてビッグボアーは動かなくなった。


「あ……私は……」

「これは魔物です。これでこの魔物も瘴気の衝動から解放されました」

「は、はい……」


 クリスさんにそう慰められたものの、シーナさんはかなり罪悪感を覚えている様子だ。


 ううん。これは無理っぽいね。


「姉さまっ! お肉ですっ! 浄化をお願いしますっ!」

「あ、はい。そうですね」


 私はビッグボアーをすぐに浄化し、瘴気を取り除くのだった


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 次回更新は通常どおり、2023/08/06 (日) 19:00 を予定しております。

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