第十三章第16話 新道の旅

 セラポンの町に到着した翌日は種を植えるだけにして休息をとり、その翌日私たちはすぐにセラポンの町を出発した。こうも急いで出発したのは、セラポンの町は自分たちの力で魔物を町の周囲から追い払うことができていたからだ。しかもレッドスカイ帝国からの難民は流れてきていないようで、食糧が不足しているわけでもない。


 であれば私たちが長居するよりも、招待を受けたグリーンクラウド王国の王様に会いに行くべきだろう。


 そんなわけで私たちは開削中だというアーユトールへと向かう新道を馬車に乗って移動している。すでにセラポンを出発して三日が経っているのだが、このあたりまではもうすでに工事が終わっており、片道一車線の石畳で舗装された立派な道を快適に進むことができている。


「姉さま、馬車が揺れないですねっ」


 私の隣に座っているルーちゃんが嬉しそうにそんなことを言いだした。


 揺れないとは言っているものの、それはあくまで今までの未舗装路や荒れた石畳と比べての話だ。綺麗に舗装してあるおかげで大きく揺れないというだけであり、ガタガタという振動は伝わってくる。ただ、それでもこの道が最後まで開通すれば格段に移動が便利になるということは間違いない。


「そうですね。セラポンの人たちががんばったおかげですね」

「姉さま、ああいう人たちばかりなら瘴気も出ないんですか?」

「どうなんでしょうね。でも、出ないような気もします」

「ならああいう人たちばかりになればいいのに」

「そうですね」


 ルーちゃんが珍しく人間に興味を示している。どうやらお腹いっぱい食べさせてもらったこともあってか、セラポンのことを気に入っているようだ。


「そういえばクリスさん、あとどのくらいでこの道は開通するんでしょうね?」

「どうでしょう。町を結ぶ道の建設となると、通常は何年もかかるものですが……」

「でも船が出せなくなった船乗りたちを使っているのでござろう? 失業対策にもなるでござるし、あの太守殿はやり手でござるよ。それにこれだけの道がすでに出来上がっているということは、もっと昔から道の開削に着手していたと思うでござる」

「そうなんですね」

「イエロープラネットで、南の海域にシーサーペントが出るという話を聞いたでござろう?」

「ああ、はい。そうですね。たしかそのおかげで香辛料の貿易が独占できているって……」

「グリーンクラウドはイエロープラネットの東にある国でござるからな。そのシーサーペントが東に移動してきた場合を想定して動いていたのだと思うでござるよ。レッドスカイ帝国とはかなり仲が悪そうでござるしな」

「なるほど」


 言われてみればレッドスカイ帝国では香辛料をあまり見かけなかったし、やはりグリーンクラウド王国が香辛料の産地なのだろう。


 ん? ということは、もしかしてカレーがあったりするのではないだろうか?


 そう考えると俄然、楽しみになってきた。


 ついでにシーサーペントたちを解放してあげられればホワイトムーン王国と海路で直接貿易できるようになるし、グリーンクラウド王国の人たちだってまた海の仕事ができるようになっていいことづくめではある。


 だが港に襲ってきたシーサーペントでもあれだけ苦労したのだ。そう簡単に解放してやれる相手ではないし、できれば穏便に移動してもらえればそれが一番なのだが……そんなことができるのは進化の、いや、深淵の秘術くらいなものだろう。

 

 そんなことを考えていると馬車が止まり、御者さんが外から声をかけてくる。


「聖女様、本日ご滞在いただく町、べクックに到着いたしました」

「ありがとうございます」


 こうして私たちは馬車を降り、そのまま目の前にある小さなホテルへ入るのだった。

 

◆◇◆


 ホテルの部屋でゆっくりしていたのだが、何やら外から美味しそうな匂いが漂ってきた。


「姉さまっ! おやつ食べに行きたいですっ!」

「おやつですか?」

「はいっ! 美味しいものがある気がしますっ!」

「いいですね。それじゃあ行きましょう。ええと……」

「お供します」

「拙者も行くでござるよ」


 こうして私たちは食べ物の匂いに釣られ、ホテルから出てみることにした。


 そうしてロビーに行くと、慌てた様子のフロントの男性に呼び止められた。


「聖女様!? い、一体どちらへ?」

「ちょっといい匂いがするので町を見物しようと思いまして」

「なっ!? しょ、少々お待ちください! 警備の者を呼んで参ります!」

「え? あ、はい」


 フロントの男性は大慌てで奥へと引っ込んでいった。


「仕方ないでござるな」

「だが、フィーネ様に対する敬意が末端にまで浸透しているのは良いことだろう」

「自由がないというのは窮屈でござるよ」

「フィーネ様がおかしな輩に絡まれるよりははるかにマシだろう」

「ああ、それは面倒でござるなぁ」


 私としては放っておいてもらえたほうがありがたいわけだが、精霊神様に教えてもらった聖女の役割を考えるとこちらのほうがいいのかもしれない。


 そんなことを考えながらクリスさんたちの話を聞いていると、すぐに兵士の人たちがやってきた。


「お待たせいたしました! 我々が護衛いたします」

「ありがとうございます。よろしく願いしますね」

「「ははっ! 命に替えましても!」」

「いえ、そこまで気負わないでください。危なくなったら逃げてくださいね」

「我々をお気遣いいただけるとは! さすが聖女様! ですが、必ずやお守りいたします」

「ええぇ」


 あいや、まあ、仕方がないね。彼らもこれが仕事なのだ。本当に危なくなったら結界で助けてあげればいいだけだ。


 そう気を取り直し、私たちは護衛の兵士たちを引き連れていい匂いの出どころを探しに出たのだった。

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