第十三章第4話 合格祝い

「初伝合格を祝して、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 その日の夕方、私たちが買ってきたサバ寿司と、おヨネさんが腕によりを掛けて作ってくれたお料理を囲み、初伝に合格した弟子たちのお祝いが開かれた。


 今回は見事全員合格で、その中にはなんと、精霊の島へ行く前にルーちゃんと試合をして額が割れてしまったジロウくんも入っていた。聞くところによると受験するのはこれで三度目だそうで、私たちはジロウ君がそれはそれは嬉しそうにおヨネさんに報告している現場を、サバ寿司を買ってきた帰りに偶然目撃していたりする。


 まあ、ジロウ君も性格は良さそうだし、それにおヨネさんも優しい女性みたいだからね。お似合いのカップルなんじゃないだろうか。


 とまあ、そんなさっさと爆発すればいい人たちの話はさておき、早速食事をいただくとしよう。


 そうだね。せっかく買ってきたのだし、まずはサバ寿司からかな。


 私はお箸でサバ寿司を一切れ摘まみ、取り皿へと乗せる。


 なるほど。サバのお寿司の周りに昆布が巻いてある。昆布も食べられるそうだが、一緒に食べるのではなく外して別々に食べるのが正しい食べ方らしい。


 昆布を取り外してみるとなんだか糸を引いている。


 ……どうやら昆布からねばねばした成分が出ているようだ。サバ自体にはしっかり厚みがあり、シャリもきっちり固められている。


 さて、味はどうだろうか?


 少し大きいが、食べきれないほどではないのでそのまま口の中に放り込んでみる。


 んん! これは!


 やや硬めだがしっかりとお酢がきいていて、それでいて甘みのあるシャリと脂が乗ったサバが絶妙にマッチしている。もちろんサバはお酢でしめてあるものの、お酢の風味よりも塩味のほうが強い。そしてその塩味がシャリとよく合っているのだ。塩味が強いのはミヤコは海沿いでないことも影響しているのだろうが、巻いてあった昆布から染み込んだであろううま味と相まって最高のハーモニーを醸しだしてくれている。


 これはおいしい!


 続いておヨネさん特製のお祝い料理をいただいていく。


 まずは万願寺唐辛子とさつま揚げの炊いたんだ。炊いたんというのは炊いたものという意味だそうで、ミヤコのあたりで使われている言葉らしい。


 私はまずは万願寺唐辛子からいただく。緑色の万願寺唐辛子はしっかり炊かれているためしんなりとしており、シャキシャキとした歯ごたえはない。だがしっかりと万願寺唐辛子の甘みが凝縮されており、そこに昆布と椎茸、カツオを始めとする何種類かの削り節から取ったお出汁と醤油の香りとコク、さらにみりんと砂糖の甘みとコクが絶妙なバランスで融合してなんとも優しい味に仕上がっている。


 なるほど。これが煮物ではなく炊いたんということか。


 私はその流れでさつま揚げをいただく。


 うん。これは想像どおりの美味しさだ。白身魚のすり身の甘みにしっかりと染み込んだ汁が混ざりあい、いつまでも食べていられそうな味といえるだろう。


 次は、そうだね。よし、この厚揚げの青唐辛子味噌田楽にしよう。厚揚げに味噌だれと小口切りにした青唐辛子を乗せて焼いてあるのだが、香ばしい匂いが漂ってくるおかげでなんとも食欲がそそられる。


 私は厚揚げをお箸で一口サイズに切り、口に放り込んだ。


 うん! おいしい!


 これは想像どおりの味で、香ばしく焼けた厚揚げと甘い味噌だれ、そして青唐辛子のピリッとした辛みのアクセントが抜群だ。


 続いて私は身欠きニシンとナスの炊き合わせをいただくことにした。ナスの鮮やかな紫色と小ネギの緑色のコントラストがなんとも美しい。そんな野菜のカーテンをめくり、まずはニシンの切り身を口に運ぶ。


 うん。身欠きニシンはしっかり柔らかくなっていて食べやすい。丁寧に時間を掛けて戻してくれたのだろう。それに臭みもなく、それでいてニシン独特の香りはきちんと残っている。肝心の味のほうはというと、やはりとても優しい味に仕上がっている。素材の味を邪魔せず、しっかりと引き立ててくれているのが素晴らしい。


 続いてナスをいただく。


 なるほど、これも中々だ。口の中で噛み切ればじゅわりと煮汁があふれだし、ニシンのうま味がこれでもかと広がってくる。散らされた小ネギもいいアクセントとなっており、これまたいくらでも食べられそうな味だ。


 ……おヨネさんのお料理にはその人柄が出ているような気がするのだが、それは私だけだろうか?


 続いて私はふきの白和えをいただくことにする。私も初めて知ったのだが、白和えというのはつぶした豆腐とすりゴマを和えて作った料理なのだそうだ。


 ちなみにふきは本来の旬はもう終わっているそうなのだが、今回はたまたま手に入ったものらしい。そんなちょっと季節外れのふきの白和えだが、きっと丁寧にあく抜きをしてくれたのだろう。えぐみや苦味はなく、豆腐とゴマの香り、そして塩味と甘さが絶妙なバランスのおかげでとても優しい味になっている。これまた素材の味がしっかりと感じられる絶品だ。


 いやはや、本当におヨネさんの料理の腕は素晴らしいね。


 次は卯の花をいただこう。おからの中に若ごぼう、ニンジン、こんにゃくが入っている。その上には小ネギが散らされており、この美しい色のコントラストだけでも食欲がそそられる。


 私は早速おからを口に運ぶ。


 うん。しっかりと出汁汁のうま味がきっちりと凝縮されているのだが、やはり味付けはとても優しくて、過度な塩味や甘さは一切ない。


 続いて若ごぼうをいただいてみる。


 おお、これは!


 硬いはずのごぼうはとても柔らかくなっており、あくもほとんどないおかげかごぼうなのにあまり自己主張してこない。


 なるほど。これが若ごぼうということか。きっと冬のしっかり育ったごぼうだとこうはいかなかったのではないだろうか?


 続いてこんにゃくとニンジンを一緒にいただいてみる。


 うんうん。ぷるんとした歯ごたえとニンジンの甘味がアクセントをつけくれており、家庭料理にもかかわらず料亭もかくやという味に仕上がっている。


 いやはや、さすがはおヨネさんと言うほかない。


 続いてもずくとキュウリのゴマ酢和えをいただこう。シンプルな酢の物だが酸味は控えめで、どちらかというと甘味のほうが強い。だがそれが素材の味をしっかりと引き立ててくれており、するりと喉を通ってしまう。これもまた、いくらでも食べられそうなという表現がピッタリの味だ。


 最後は湯葉とおと絹さやのお吸い物をいただこう。透明な汁の中には湯葉の他に花びらの形をし、一部が淡い桃色に着色されたお麩、そして瑞々しい緑の絹さやが浮かんでおり、その彩りが私の目を楽しませてくれている。


 この美しい芸術品を食べることに一抹の後ろめたさは感じるものの、これはおヨネさんが食べるために作ってくれたものだ。


 ……よし!


 私は覚悟を決め、まずは汁からいただく。


 うん。やっぱり優しい味だ。昆布とカツオの出汁がしっかり出ており、湯葉の香りと相まってするすると飲めてしまう。そこに絹さやのシャキッとした歯ごたえとしっかりした自己主張のある味と香りが鮮烈なアクセントとなり、ともすればぼんやりとしてしまいがちなこのお吸い物をしっかりと整えてくれている。


 ううん、やっぱりおヨネさんは料理人になったほうがいいんじゃないだろうか?


 そんなことを思わせてくれる味だ。


 それから私はいつものお漬物でご飯を一口食べ、箸をおいたのだった。


 ごちそうさまでした。


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 次回更新は通常どおり、2023/06/18 (日) 19:00 を予定しております。

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