第十二章第22話 港町オオダテ

 あれからもしばらくシンエイ流道場で稽古にお邪魔させてもらったのだが、シズクさん以外の門下生全員に勝ってしまったルーちゃんは記念にとテッサイさんから脇差をもらっていた。


 勝ったといってもただのステータスの暴力だったわけだが、やはり目が違うというのは大きいようだ。


 稽古もいいけれど経験値稼ぎをもっとしたほうがいいと思うのは私だけだろうか?


 その後アーデから船の手配ができたという連絡を受けた私たちは後ろ髪を引かれる思いでミヤコを出発し、三月だというのにまだ雪の積もった街道を抜けてゴールデンサン巫国最北端にあるオオダテという港町にやってきた。


 オオダテは西側の海岸にあり、その東側にはまるで富士山のような形をした高い山がそびえ立っている。この山はレイザンと呼ばれる火山で、荒涼とした風景が広がっているらしい。


 ミヤコ以北に住む人々は死ぬとレイザンに向かい、そこから帰らずの海へと旅立っていくと考えている。そのため人々はレイザンに入ることはないし、帰らずの海へ漁に出ることもない。


 そんなオオダテに到着した私たちは港に行き、教えられた造船所の扉を叩いた。するとスキンヘッドの厳つい三十歳くらいの男性が私たちを出迎えてくれる。


「おお、アンタらがスイキョウ様の客人か。俺はカヘエ・メグリヤ。この造船所の責任者だ」

「フィーネ・アルジェンタータです」

「おう。荷を積んだ船があと少しで戻ってくる。そうしたらアンタらを帰らずの海に連れて行ってやる」

「ありがとうございます。ただ……」

「ん? どうした?」

「お願いしておいてなんですが、本当にいいんですか?」

「おうよ。海の男はいつだって命懸けだからよ。それに、帰らずの海の向こうにはきっと何かがあるって思ってるんだ。宝があるかもしれねぇし、人が住んでるかもしれねぇ。こんなロマン、みすみす見逃すわけにはいかねぇだろ」

「……わかりました。ありがとうございます。私たちはそこに精霊の島があると考えています」

「精霊の島か。聞いたことねぇが、そいつは楽しみだなぁ」


 そう言ってカヘエさんは目を輝かせる。


 ううん。まあいいか。こう言ってくれているんだし。


「ま、それまではオオダテ自慢の温泉と海の幸を堪能してくれや」

「はい。ありがとうございます」


 そうして私たちはカヘエさんの造船所を後にし、宿へと向かうのだった。


◆◇◆


「いらっしゃいませ。フィーネ・アルジェンタータ様ご一行でらっしゃいますね」

「はい」


 私たちはオオダテ温泉の中でも一番の宿と評判のツバキ屋にやってきた。旅の手筈はアーデがすべて整えてくれているため、こうして言われた場所に向かうだけで済むのは本当にありがたい。


「さあ、どうぞこちらへ」


 そうして私たちは女将さんに連れられ、立派な離れへと案内された。


 いやはや、これはすごい。御所の部屋と同じくらい、いやそれよりも豪華かもしれない。部屋はなんとリビングの他に寝室が三つもあり、さらに川と森が見下ろせる専用の広い露天風呂までついている。クサネのウンリュウ亭もこんな感じに豪華でびっくりしたが、このお宿も負けてはいない。


「こちらのお部屋は先々代の女王であらせられたボウゲツ様がオオダテにご行幸あそばされました際に泊まられたお部屋でございます」

「先々代?」

「はい。我々はまだ産まれておりませんが、それはそれは素晴らしいものだったと伝え聞いております」

「そうですか」


 水龍王の傀儡だったスイキョウが女王になったのはたしか十数年前だったのだから、先々代ともなれば生きている人は少ないのかもしれない。


「ですがこうしてスイキョウ様のお客様にお泊りいただけるとは思いませんでした。先代から女王様は祈りに集中され、ミヤコよりお出ましにならなくなってしまわれましたから」


 そのあたりはもしかすると水龍王による乗っ取りと何か関係があるのかもしれないね。


「それでは、夕食が出来上がりましたらお伺いいたします。どうぞごゆっくりおくつろぎください」


 そう言って女将さんは丁寧に頭を下げて退室していった。


「それじゃあ、私は温泉をいただいてきますね」

「姉さま! あたしもっ!」


 うん。ルーちゃんもずいぶんと温泉好きになったものだ。妹を見つけて諸々の問題が片付いたらルーちゃんと温泉巡りの旅をするのもいいかもしれないね。


「拙者は後でいただくでござるよ。クリス殿はどうするでござるか?」

「私もまだ……」

「じゃあ二人で行ってきますね」


 こうして私はルーちゃんと二人で温泉に向かうのだった。

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