第十二章第13話 港の様子

 私はルーちゃんと一緒に港へとやってきた。クリスさんと一緒でない理由は、今回クリスさんはシズクさんの案内であまり治安の良くない場所に行くつもりらしい。


 たしかに治安の悪い場所にルーちゃんを連れて行くのは少し不安だし、治安のいい場所であれば別に護衛も必要ないだろう。


 まあ、そもそも将軍クラスの相手じゃなければ多分腕力でどうにかなるしね。


 そんなわけで港にやってきたわけだが、なんと出入口がすでに閉鎖されていた。


「あの……」

「む? 何者だ? 今、港は関係者以外立ち入り禁止だ」

「定期船って……」

「すべて運休だ。グリーンクラウドだったら乗合馬車を使ってくれ」

「そうですか。どうして運休になってるんですか?」

「陛下からの勅命だ。理由は言えない」

「そうですか……」


 やはりダメなようだ。もしかしたら、と思ってやって来たわけだが、どうやら命令は徹底されているらしい。


「姉さま、仕方ないですよ。別の所を探しましょう」

「そうですね。ありがとうございました」

「おう」


 私たちは港に入ることすらできずに追い返されてしまった。


 そのまま町の中心へと向かって歩いていると、ルーちゃんが不安げに話しかけてきた。


「姉さま、やっぱり軍船が集まってるんですか?」

「ここからじゃちょっと見えないですね」


 港の周囲は壁で囲まれており、中の様子を伺い知ることはできない。


「ちょっと上から見てみましょう」


 私は建物の陰に隠れると思い切りジャンプした。そして上昇が止まったところですぐさま【妖精化】を発動し、屋根の上に登った。


「ああ、なるほど」


 港には大量の船が係留されており、兵士たちが慌ただしく作業をしている。ざっと見ただけでも百隻くらいはありそうだ。それに吸血鬼退治となると聖水を大量に持って行く必要があるだろう。


 ただ海には魔物が出るわけだし、わざわざ攻めるのはあまりいい手ではないように思えるのだが……。


 うん。やっぱり私たちが先にアーデのところに行って、なんとか戦争にならないで済むように仲介してあげるべきだ。


 そう考えたところで私は屋根の上から防壁で足場を作って地面に降りる。


「ね、姉さま?」

「かなりの数の船があって、兵士の人たちも作業をしていました。あまり状況は良くないですね」

「……お魚は大丈夫ですか?」

「え?」

「だから、港が使えなくて、お魚はちゃんと捕まえられてるのかなって……」

「ええ? ああ、はい。どうなんでしょうね。それならどこかお店に入って聞いてみましょう」

「はいっ!」


 なんというか、やっぱりルーちゃんだ。ルーちゃんはエルフなので、別に人間がどうこうといったことは気にしていないのだろう。


 まあ、私も吸血鬼なわけで、放っておけばいいと言われればそのとおりなわけだが……。


 とはいえ、平和に暮らしているだけの人々が殺されるのは間違っていると思う。


 理不尽に大切な人を奪われれば悲しむ人が増える。そうなると自暴自棄になり、悪いことをしてしまう人も増えるはずだ。


 そうなれば結果として瘴気を増やしてしまうかもしれない。


 私にできることはそれほど多くはないが、目の前で理不尽な目に遭う人くらいは助けてあげたいと、そう思うのだ。


 そんなことを考えながら私たちは通りを歩いていき、やがてルーちゃんの見つけた小さなレストランへ入店した。


「いらっしゃい。空いてる席にどうぞ」


 店番をしていたおばさんからやや適当な案内を受け、私たちは近くの席に腰かけると飲茶セットを頼んだ。


 食事の時間からは外れているので店内にお客さんは私たち二人だけだ。


「はい、烏龍茶だよ。お客様、どちらから?」


 そう言いながらおばさんがお茶のポットをテーブルに置いてくれる。


「ホワイトムーン王国からです。ゴールデンサン巫国へ行こうと思っていたんですけど、困っちゃいました」

「ああ、そりゃあ災難だったねぇ。なんでも、ゴールデンサン巫国には吸血鬼が出るって噂だよ。だから今は行かないほうがいい。知り合いがいるんなら心配だろうけどさ」

「そうですね。それでも、なんとか行く方法はないでしょうか?」

「うーん、難しいんじゃないかねぇ。漁師の船じゃそんなに沖までは出られないし、ルゥー・フェイ将軍が退治に行くって噂だから、ルゥー・フェイ将軍が退治するまで待ったほうがいいんじゃないかい?」

「そうですか……」


 残念だが仕方ない。そう簡単に情報が手に入るわけはないだろう。


 それからしばらく世間話をしていると、おばさんが湯呑にお茶を注いでくれた。薄い金色のお茶が注がれた湯呑からはふわりと華やかな香りが漂ってくる。


「いただきます」


 わたしはそっとお茶の香りを嗅いでみる。


 おお! これは!


 華やかでまるで熟した桃のようなフルーティーで、どこかジャスミンを思い出させる芳醇な香りだ。


 私はその香りの余韻を味わいながらお茶をすする。


 味のほうはわりとスッキリしていて、この香りを邪魔せずに引き立てている。


 美味しい!


 そうしてお茶を味わっていると、点心が運ばれてきた。


「はい。小籠包ショウロンポウとエビ蒸し餃子、焼売シュウマイだよ」

「ありがとうございます」


 私はさっそくエビ蒸し餃子をいただく。どうやらこのお店では黒酢でいただくらしい。


 エビ蒸し餃子を口に運ぶと、まず黒酢の酸味と独特の香り、エビの香り、そして蒸し餃子特有のもちっとした皮の甘みが口の中で混ざりあう。餃子を噛み切れば中からは粗みじん切りになったエビのプリプリの食感と濃厚な汁が口いっぱいに広がるのがまた素晴らしい。さらにみじん切りにしたネギも入ってるようで、そのわずかな香りが餃子のバランスをしっかり整えてくれている。


 うん。美味しい!


 よし、次は焼売にしよう。ちなみにこの焼売の上にグリーンピースは乗っていないため、何となく寂しく感じてしまうのは私だけだろうか?


 焼売に黒酢を少し付け、口に運んだ。するとまずは黒酢の酸味と香りが広がる。それから焼売を噛み切ると熱々の肉汁があふれだし、それが黒酢と相まって幸せな味が口の中を満たしてくれる。


 これも美味しい!


 私は続いて小籠包をいただく。破けないようにそっとお箸で持ち上げると、黒酢を付けて一気に口の中に放り込む。


 うん。まずは黒酢の酸味と香り、そしてもちもちした皮の甘さを感じる。


 よし、ここからが本番だ。


 私は一気に小籠包を噛み切った。すると皮の中に閉じ込められていた熱々のスープが口の中一杯に広がる。


 熱い! けれどこれは!


 ……圧倒的なうま味のパラダイスだ。熱々のスープと中のあんから溢れだす肉汁、そして黒酢が渾然一体となって私の口の中を洪水となって駆け巡る。


 ああ、もう、言葉はいらない。


 私は何も言わず、二つ目の小籠包に手を伸ばすのだった。


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 次回更新は通常どおり、2022/12/01 19:00 を予定しております。

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