第十二章第11話 模擬戦

 結局将軍に押し負け、私たちは修練場にやってきた。以前にクリスさんとシズクさんが将軍と戦ったあの場所だ。


 そこでは大勢の兵士が集まり、剣を振っている。


「お前たち! 今日は聖女とその従者たちが来ている! 聖女の従者たちも稽古に参加するぞ!」


 将軍の怒鳴り声に兵士たちは一斉にこちらを向いた。そしてシズクさんの姿を見てどよめく。


「おお! あのときの!」

「将軍に勝った……」

「あ、相変わらずのつるぺたせ――」


 ちょっと待て! 人を見るなりいきなり何を言っているんだ! 成長途中なんだ!


 ま、まあ、あれから二年以上は経っているんだけどさ……。


「むうっ。どうしてあたしまで……」


 私の隣でルーちゃんが不満を漏らす。


「耳長女、訓練をしなければ人は堕落する。常に武を鍛え続けることによってのみ、大切な者を守れるのだ」

「むぅぅ」


 あれ? 将軍ってこんなまともなことを言う人だったっけ?


 ああ、でもそうか。将軍が強さを求める理由は吸血鬼に村を滅ぼされたからだもんなぁ。


「さあ、やるぞ!」


 それからすぐに稽古が始まった。先ほどまで文句を言っていたルーちゃんもいざ剣を振り始めると楽しいのか、ブンブンと木剣を振り回している。


「なんだ。型はできているではないか」

「当然ですっ! あたし、テッサイさんに教えてもらいましたからっ!」


 そう褒めた将軍に対し、なぜかルーちゃんは自信満々に答えた。


「……誰だ?」

「シズクさんのお師匠ですっ!」

「む? ミエシロのか? なるほど、そういうことか。ならば後で模擬戦をしてやろう」

「えっ?」

「ミエシロの妹弟子なのだろう? ならばミエシロとやる前にお前の相手をしてやる」

「えー」


 ルーちゃんは嫌そうにしているが、将軍はどこ吹く風だ。このあたりはまったく変わっていないらしい。


 やがて一通りの稽古が終わり、模擬戦の時間になった。


「よし。今日は聖女がいる。怪我は気にするな。全力でかかってこい!」

「はい!」


 それから次々と兵士たちが将軍に挑み、あっという間に蹴散らされる。


 ……あれは、修行になっているのだろうか?


 そう思って見ていると、集まっていた兵士は全員将軍に倒されてしまった。


「おい、聖女」

「はい?」

「治せ」

「え? ああ、はいはい」


 この傍若無人なところは変わっていないが、まあいいや。


「面倒なので全員レベル3相当ということでまとめて治療しますね。一人金貨一枚です。ええと、全部で七十三人ですので、金貨七十三枚になります」


 私は久しぶりの営業スマイルで将軍に向かってにっこり微笑むと、倒れている兵士たちを治療した。


「お大事にどうぞ」


 私は怪我の治った兵士たちにも営業スマイルで微笑む。


「は、はいっ」

「ありがとうございました!」


 兵士たちは立ち上がると、修練場の隅のほうへと移動していった。


「ぐ……まあ、いい。残るはお前たちだな。ミエシロは最後にするとして、お前たちは……そうだな。そこのまるで成長していない女と耳長女、お前たちは二人でまとめてかかってこい」

「なっ!?」

「えー、でも死んじゃうかもしれないですよっ?」

「手加減はしてやる」

「むぅ」


 ルーちゃんはそういってぷくっと頬を膨らませると、小さな声でそっちのことなのにな、とつぶやいた。


 うーん、どうだろう?


 ルーちゃんは基本的に私の結界の中でしか戦っていないから、将軍が襲ってくるような状況だと割と厳しい気はするけれど……。

 

「さあ、いつでもかかってこい」

「言われなくなって!」


 ルーちゃんは弓を構える。


「なんの真似だ?」


 何も番えていない弓に将軍は怪訝そうな表情を浮かべる。するとルーちゃんはほぼノーモーションで光の矢を放った。


 しかし将軍は体をひねって高速で飛ぶ光の矢をかわすと、すぐさまルーちゃんを倒すべく距離を詰めてきた。そこにクリスさんが割って入り、将軍の突進を止める。


「貴様なぞ!」


 将軍は斧槍を受け止めたクリスさんをそのまま力任せに吹き飛ばしたが、そこへルーちゃんの放った光の矢が三本飛んでくる。


「こんなもの」


 将軍はそのうちの二本を体をひねって躱し、残る一本を斧槍で叩き落とした。


「ちっ」


 将軍はあからさまに舌打ちをした。吹き飛ばされたクリスさんはすでにルーちゃんを守るように前に出ており、ルーちゃんは弓に光の矢を番えている。


 将軍は矢を射せまいと前に出るが、それを止めるべくクリスさんが割って入る。


「ええい! 雑魚が! ふんっ!」


 苛立った様子の将軍はクリスさんの剣を斧槍の一撃で弾くと、返す一撃でクリスさんを殴打した。


「う゛ぁっ!?」


 クリスさんはおかしな叫び声をあげながら吹き飛ばされ、地面に力なく横たわった。


「クリスさん!」


 相変わらずの容赦のない一撃ではあるが、そもそもこれは模擬戦ではなかったのか!?


「あとは!」


 ルーちゃんとの距離を詰めようとする将軍をいくつもの光の矢が襲う。


「この程度! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」


 躱しきれないと判断したのか、将軍は光の矢を正確に叩き落としていく。


「マシロッ!」


 ルーちゃんはマシロちゃんを呼び出し、風の刃を次々と放つ。


「ぬぉぉぉぉぉぉ!」


 あまりの猛攻に将軍は防戦一方となる。


 すると外れたと思われた光の矢のうちの一本がUターンし、将軍の背後から襲い掛かる!


「がっ!?」


 矢は将軍の左肩に突き刺さった。


「なっ?」

「油断するからですっ! 今の、頭にも当てられたんですからねっ!」


 ルーちゃんはふんすと鼻息荒くしながらそう言った。


 おお、ルーちゃんが……。


 成長したルーちゃんの姿に思わず込み上げてくるものがある。


「このっ!」

「え?」


 頭に血が上ったのか将軍が一瞬のうちに間合いを詰め、ルーちゃんに斧槍を振り下ろす。


 ガシィィィン!


 私は冷静にその攻撃を防壁で受け止めた。


「なっ!?」

「何がなっ、ですか! 勝負に負けたくせに、守る者のいない後衛の弓士を殺す気ですか?」

「ぐっ……そうだな……」


 将軍は言い返すことはせず、斧槍を置いた。


 戦意を失ったことを確認した私は急いでクリスさんのもとへと駆け寄り、怪我の治療をするのだった。


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 次回更新は通常どおり、2022/11/27 (日) 19:00 を予定しております。

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