第十章最終話 それぞれの道

 翌日、私たちは急遽きゅうきょ決まった戦勝記念パレードに参加した。まるでお立ち台のように高い場所に座席のあるオープンカーな馬車に乗り、王都をぐるりと一周するのだそうだ。


 あのようなことがあった直後にもかかわらず、町の人たちは私たちに向かって大きな声援を贈ってくれている。


「勇者様~」

「聖女様~」

「ありがとうございます~」


 そんな声援に対して私は営業スマイルを貼りつけ、手を振って応える。シャルは貴族のご令嬢だけあってこういったことは慣れているのだろう。笑顔のまま観衆に手を振り、呼ばれたほうを向いて飛び切りのスマイルまで振りまいている。


 今日のシャルは飾りのついた儀礼服というタイプの軍服を着ており、なんだか騎士さんのように凛々しくてかっこいい。これは男性だけではなく女性にもかなりモテそうな予感がする。


 ちなみに私はいつもの聖女様なりきりセットだ。


 まあ、なりきりセットといっても一応聖女の職業は持っているのでコスプレというわけではないのだが……。


 同じ馬車の後ろの席にはクリスさんとシズクさん、それからルーちゃんも乗っている。クリスさんもいつもの鎧姿ではなくシャルのものと似た儀礼服を着ていて、シズクさんはいつもの袴姿だ。


 ルーちゃんも儀礼服を借りようとしたのだが合うサイズが無かったので、お城にあったドレスを借りてのパレード参加となった。ドレスと聞くと場違いな気もするかもしれないが、女性魔術師なんかはドレスで参加することもあるそうなので、これはこれで問題ないらしい。


 ちなみにドレスを着たルーちゃんはものすごく可愛い。さすがは【容姿端麗】持ちのエルフだ。


 そんなことを考えつつも沿道へ無心で手を振っていると、ちらほらと観衆の声が耳に飛び込んでくる。


「きゃぁ。やっぱり勇者様、かっこいい」

「あんなに凛々しいのに女性なんですって」

「きゃっ」


 シャルを見た沿道の女性が黄色い声を上げているようだ。


 うん。やっぱり女性にもモテモテらしい。


「しかも元は聖女候補で、お隣の聖女様とも親友なんですんって」

「まあっ。素敵」


 そうだよ。シャルは私の唯一の友達だからね。


「せ、聖女様と勇者様が親友……。ということは百合の花ぞ――」


 おい! ちょっと待て! どうしてそういう発想になる! 違うからね! そんなんじゃないからね!


 そんなツッコミを入れていると、次のつぶやきが聞こえてきた。


「ハァハァ。つ、つ、つるぺた聖じ――」


 おい! ちょっと待て! 誰がつるぺただ! 少しはあるんだからね!


「フィーネ? どうしたんですの? 怖い顔をしていますわよ?」

「え? あ、いえ。なんでもないです」


 私はがれ落ちた営業スマイルを貼りつけ直すと、再び沿道の観衆に手を振るのだった。


◆◇◆


 パレードが終わってお城に戻ってきた私たちはいつもの会議室へと直行した。この会議室には私たちとシャルの他に王様と教皇様、それにアランさんが集まっている。


「パレード、ご苦労であった。勇者シャルロット。それにフィーネ嬢も」

「いえ。わたくしは当然のことをしたまでですわ」

「うむ。だが、おかげで民の気持ちもこれで少しは上向いたことだろう」

「だといいのですか」

「して、フィーネ嬢。何か用があると聞いているが」


 そうなのだ。実はこの会議は私がお願いして、王様と教皇様にも集まってもらったのだ。


「はい。色々と分かったことがありますので、お話をちゃんとしておきたいと思うんです」

「分かったこと?」

「はい。漂流した先で私は魔王を目指しているという魔族と会って話をしました」

「なっ!?」

「魔王!?」

「それは本当ですの!?」

「はい。それでですね。彼はこんなことを言っていたんです」


 私は瘴気のこと、魔物と魔王のこと、進化の秘術のことを詳しく説明した。


「なるほど。つまり、魔物とは人間の悪しき心の産物であるということか。よもやそのようなことになっていようとは……」


 王様が深刻そうな表情でそう呟いた。


「ですがこれは神の教えのとおりでもあります。神は、魔物とは人間の罪の写し鏡であると仰いました。悪しき心、よこしまな心を持ち、罪を犯した者の成れの果てが魔物であり、その姿を以て人間にその罪の恐ろしさを教えているのだと」


 教皇様は真剣な表情でそう神の教えを口にする。


「む、それはそうであるが……」

「だからこそ神は人々が魔物の姿を見ることで自らの行いを反省することを、家族を、友人を、恋人を愛することをお教えになられているのです。この世を神への祈りと希望、そして愛で満たすことができたならば、きっと世界から魔物はいなくなることでしょう」

「そう、であるな」


 どの神様が言ったのかは知らないが、きっと魔物が生まれないくらいに人間が優しい心を持てということなのだろう。


 なんだか無理なような気はするけれどもし仮にそんな未来が訪れたなら、エルフたちは人間から隠れて住む必要はなくなるかもしれない。


 とはいえ、そんな夢物語よりも現実に生じている被害をなんとかすることのほうが先決だ。


「それでですね。私の契約精霊であるリーチェの種は、瘴気を浄化することで成長するんです。トゥカットという町で二年半くらい前に種を植えたのですが、今やあの一帯で一番魔物の少ない町になっているのだそうです」

「ほう」

「ですからホワイトムーン王国の町や村に一つずつ、この種を植えて欲しいんです」

「ほほう」

「かなり広範囲の瘴気を吸い取ってくれます。なので場所は領主の方のお屋敷でも神殿でも、それこそ町中の公園でも大丈夫です」

「そうでしたか。ですが、これは上手くやらないと危険ですな」

「うむ」


 教皇様と王様が難しい顔になった。


「これはフィーネ嬢に直接現地へ行ってもらうのが一番だと思うが……」

「すみません。私は他に行きたい場所があるんです」

「行きたい場所?」


 王様だけでなく、クリスさんたちも不思議そうな顔をしている。


「はい。もう一度白銀の里に行きたいんです」

「白銀の里?」

「はい。今回、王都を襲ったのは伝説の炎龍王だと思うんです」

「なっ!? 炎龍王だと!?」

「なるほど。ということは、目的は前にフィーネ嬢が仰っていた冥龍王ですね」

「はい。そうです」


 驚いた王様に対し、教皇様は冷静に私の意図を見抜いた。


「もう一度、白銀の里で冥龍王に関する話をちゃんと聞いておきたいんです」

「わかった。ではその種については王宮と神殿が協力し、各地に植えることを約束しよう」

「お願いします。それから聖女の固有スキルについて知りたいのですが、どこかに文献はないでしょうか?」

「それでしたら、神殿に保管している本の中に記載があるかもしれません。この後ぜひ神殿へお立ち寄りください」

「ありがとうございます。では早速――」

「お待ちなさい」


 解散にしようと思ったところでシャルが待ったを掛けてきた。


「シャル、どうしたんですか?」

「フィーネ、わたくしも連れていきなさい」

「え? シャルを?」

「わたくしは勇者ですわ。勇者とは、魔王を滅ぼす者。であれば、聖女である貴女とわたくしは共に協力し、魔王を倒すべきなのですわ」

「え?」


 予想外の言葉に私はちらりと教皇様を見遣る。


「ええ、そうですね。多くの聖女は勇者と共に魔王と戦いました」

「そういうことですわ。ですからフィーネはわたくしと一緒に魔王と戦うのですわ!」


 ああ、そうか。そもそも人間の常識はこうだった。それに今の話を聞いてもなおシャルは……。


「フィーネ様……」


 クリスさんが心配そうに見てきたので、私は小さく頷いて大丈夫だと伝える。


「シャル、ごめんなさい。今のシャルとは一緒に行けません」

「え?」


 断られると思っていなかったのだろう。シャルは呆けたような、それでいて泣きそうな表情でこちらを見てくる。


「理由はいくつかありますが、私にはベルードが敵だとは思えないんです」

「でもっ! あの進化の秘術を作り出した悪人ですわ! あれのせいでユーグ様は! それにクリエッリの人たちも! ブラックレインボーの人たちだって!」

「シャル、たしかに進化の秘術は彼が命じて研究させていたものです。ですがそれを使って悪事を働いたのはアルフォンソという人間です」

「っ!」

「私だってユーグさんや他の人たちがされたことは許せません。でも、悪いのは進化の秘術を悪用したアルフォンソです。そんな進化の秘術だって正しく使えば、魔物を大人しくさせて人間と共存できるようにしてあげられるかもしれないんです」

「でも!」

「シャル、剣は今まで多くの人の命を奪ってきましたよね? ですが同時に多くの人を守ってきました。それと同じではないですか?」

「でも! 進化の秘術さえなければ!」

「……」


 やはりこれだけはどうしても認められないのだろう。その気持ちは痛いほどよくわかる。


「シャル」


 私は席を立つとシャルのもとへと歩み寄り、椅子に座って涙を流す彼女をぎゅっと抱きしめた。


「シャルは、私の大切な友達です。大好きです。でも、だから一緒に行けません」

「どうして? 友達なら……っ!」

「友達だから、です。それに今のシャルを連れていったら、きっとシャルの成長を邪魔してしまいます」

「え?」

「だからまずは騎士団の人たちに剣を習って、そうしてレベルを上げてください」

「……」

「もし魔王が瘴気に呑まれて狂い、人間を滅ぼそうとしたなら……そのときは一緒に戦いましょう」

「……」

「そのときが来てしまうまで、私はシャルが戦わなくて済む方法を探します」

「……わたくしは……」


 シャルはそう言ったきり俯き、押し黙ってしまった。


 こうして会議はお開きとなり、シャルとはそれっきり言葉を交わさないまま別れることとなった。


 きっと今のシャルは進化の秘術も、その研究を命じたベルードのことだって認めることはできないとだろう。


 だがアイリスタウンのことを考えると進化の秘術を、それにベルードのことを悪だと決めつけることなど私にはどうしてもできないのだ。


 だからシャルとは別々の道を歩むことになる。


 それでもシャルは私にとってたった一人の大切な友達だ。これからたとえ別々の道を歩んだとしてもいつかその道は交わってくれて、そのときには心から笑い合っていたい。


 そう願わずにはいられない。


================

 お読みいただきありがとうございました。これにて第十章は完結となります。


 前章のほのぼのっぷりがまるで嘘のように大変な旅となりましたが、どうにか伝説の炎龍王を打ち倒すことができました。


 そしてついに! 大体は誰かのお願いに流されて行動していたフィーネちゃんが自分の進む道を自分の意志で決めたようです。この選択が吉と出るか凶と出るのかはわかりませんが、果たしてこの道の先に勇者となったシャルロットと笑い合える未来はあるのでしょうか?


 また、ようやく魔王軍ことベルードと愉快な仲間たちの行動が表舞台に出てきました。まあ進化の秘術をアルフォンソに教えて大惨事を引き起こしたり、炎龍王を解放して国を丸ごと消滅させたりと人間にとっては散々な結果でしたが……。


 ともあれ、瘴気の核心に最も近づいているのはベルードたちです。フィーネちゃんの未来は彼らが握っていると言っても過言ではないかもしれません。


 まだまだ多くの謎が残っておりますが、どうぞ今後の展開にご期待いただけますと幸いです。


 さて、この後いつも通りフィーネちゃんたちのステータス紹介と設定のまとめなどを一話挟みまして、第十一章を投稿して参ります。


 なお、まとめの更新は通常どおりのスケジュール (2022/01/16 (日) 19:00)を、次章の更新再開は二月以降を予定しております。


 まだの方はぜひ、ブックマーク登録と筆者の Twitter ( @kotaro_isshiki ) をフォローして頂けますと幸いです。いちはやく更新再開の情報をお届けできるかと思います。


 また、もしよろしければ下部の☆より応援して頂けると大変励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る