第十章第25話 商人たちとの旅路

 サリメジに着いてから二日後、私たちはトゥカットを目指して出発した。ケナンさんの呼び掛けに応じ、なんと大小合わせて十二もの商隊が集まってくれた。どうやらサリメジに滞在していたほぼ全ての商隊が応じてくれたらしい。


 そのおかげで私たちの一団はかなりの大所帯となっている。こんなに大勢で行っても、小さな村程度の人しか住んでいないのであれば赤字になってしまうような気がするのだが……。


 ともあれ、商隊がこうして物を運んでくれるというのはありがたい。彼らが継続してトゥカットへ住む人々に物資を届けてくれることを願いたいものだ。


 と、そんなことを思いつつも私は今までと変わらず馬車に揺られている。集まってくれた商隊の代表者の人と軽く挨拶をしたくらいで、私の周囲は今までと特に変わりはない。


 馬車はホワイトムーン王国から乗ってきたあの豪華な馬車で、その周囲をごく少数のホワイトムーン王国の騎士たちが護衛をしてくれている。さらにその周りを大勢のノヴァールブールとサリメジかやってきた兵士の皆さんが護衛してくれている感じだ。


 私としてはもう護衛はいらないと思うのだが、きっと聖女様の護衛として兵士を出しておきたいのだろう。


 そんなこんなで馬車に揺られているうちに夕方となった。完全にお客様扱いの私たちは特に何かを手伝うこともなく、用意された椅子に腰かけた。やたらと広いテーブルまで用意されており、温かな料理が各席にずらりと並べられていた。


 スープに肉と野菜の串焼き、そしてパンという質素なメニューだが、食材は私が運んでいるので新鮮そのものだ。


 私たちが思い思いにつまんでいると、各商隊の代表者たちがぞろぞろと私たちのほうへとやってきた。


「聖女様。同じ食卓に着くことをお許しいただけますか?」


 そのうちの一人が恭しくそう声をかけてきた。


 ああ、なるほど。このやたらと広いテーブルは最初から彼らと一緒に食べるために用意されていたのか。


「はい。喜んで」

「ありがとうございます」


 安堵した様子で彼らはいそいそと着席する。


 ちなみに声をかけてきた人は【人物鑑定】によるとハリルさんで、ハリル商会というノヴァールブールに本拠地を置く商会の会頭さんだ。もちろん今朝自己紹介されたばかりなのだが、どうにも【人物鑑定】があるせいで顔と名前を覚えようという気が起きなくなる。


「聖女様は、【収納魔法】をお持ちなのですな。羨ましいかぎりです」


 ハリルさんはそう声をかけてきた。やはり商人としては気になるのだろう。


「え? ああ、そうですね。神様に感謝しなければいけませんね」

「左様でございますな。やはり聖女様には神のご加護が厚いのでしょうな。我々商人からすれば【収納魔法】は垂涎の的でございます」

「そうかもしれませんね。私も旅の荷物を運ぶのに大変役立っています」

「聖女様、【収納魔法】の使い手に心当たりはございませんでしょうか? 我々も使い手をずっと探しておるのですが、聖女様以外にそのような話はとんと聞かず……」

「すみません。私もはるか昔に使い手がいた、という話くらいしか聞いたことありません」

「そうでしたか……」


 ハリルさんたちは一様に落胆した様子だ。


「では後学のために、もしよろしければ出し入れする様子を見せていただけませんか?」

「え? ああ、そのくらいでしたらいいですよ」


 私は収納の中から適当に取り出した。すると私の手のひらには、アイリスタウンの地下で見つけた私の元気チャージ用の聖なる宝玉があった。


 何もない空間から突然現れた宝玉に商人たちからはどよめきが起こる。


「おおっ! すばらしい! んんっ!? 聖女様! そちらの宝玉は一体!? もしやとんでもない貴重品なのでは!?」

「そうなんですか? ハリルさんはこれがなんだかわかりますか?」


 私がそう問いかけるとハリルさんは席を立ち、ものすごい勢いで私とのころにやってきた。


「聖女様! 拝見してもよろしいでしょうか?」

「え、ええ。はい。どうぞ」


 ハリルさんはすぐに手袋をして私から宝玉を受け取った。


「むむむ! これは! ……申し訳ございません。大変な貴重品であるということは間違いないのですが、このような宝玉には心当たりがございません」

「ではわたくしめが」


 それから次々と商人さんたちが宝玉を鑑定したが、誰一人として詳しいことがわかる人はいなかった。


「お役に立てず申し訳ございません」

「いえ。ありがとうございました」

「もっと大店の会頭なら何かわかるかもしれませんが……」

「大店といえば、ブルースターのアスランさんでしょうか。今度会う機会があれば、アスランさんにも聞いてみましょう」

「アスラン?」


 何気なく言った一言にハリルさんが険しい表情になった。


「え? 何かまずいことでも言いましたか?」

「あ、いえ。アスランとは、ブルースター共和国を裏から牛耳っているハスラングループのトップ、アスラン・ハスランのことでございますか?」

「裏から牛耳っているかは知りませんが、そのアスランさんですね」

「そうですか……」


 またもやハリルさんの表情が雲った。他の商人さんたちも一様に暗い顔をしている。


「あれ? どうしたんですか?」

「いえ。ハスラングループには皆、いいようにやられておりましてな。傘下に非合法なことでも平気でやるあくどい連中を抱えているのです。我々も何度苦汁を飲まされたことか……」


 なんと、そうだったのか。うーん。知らなかった。


「ハスラングループはブルースター共和国の経済を牛耳っており、もはやあの国で逆らえる者はおりません。おそらく何もご存じない聖女様には善人を装って近づいたのだと思いますが、あまり信用ないませんよう」

「それは知りませんでした。ご忠告、ありがとうございます」


 とはいえ、リエラさんを見つけられたのはアスランさんのおかげだ。きっと、非合法な組織とも繋がりがあったからこそ情報が集められたという側面もあるのだろう。


 でも非合法な商売に手を染めている人とはあまり付き合いたくないかな。きっと彼らは瘴気が増える原因だろうしね。


 うーん。難しい。


 そんなもやっとした気持ちになりつつも食事会を終え、私たちは用意された天幕で眠りについたのだった。


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次回更新は通常どおり、2021/10/28 (木) 19:00 を予定しております。

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