第八章第30話 マライの休日
2021/04/14 誤字を修正しました
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町へと繰り出した私たちはすぐに大歓迎を受けることになった。
私たちはパレードをするような形でこの町の目抜き通りを行進して領主邸に向かったのだから、顔を覚えている人もきっと多いのだろう。
こんなこともあろうかとサラさんが警備の兵士を十人ほどつけてくれ、彼らが交通整理をしっかりとしてくれているためアイロールの時のように将棋倒しになるような事態は防げている。
「えっとですねっ。あのお店ですっ」
私たちはルーちゃんの先導に私たちは露店へとやってきた。何かの串焼きを作っているようで食欲をそそる香りが漂ってくる。
私たちが露店の前にやってくると調理をしているかなり高齢のおじいさんがギョッとした表情でこちらを見てきた。
「すみません。四本頂けますか?」
「っ! は、はいっ! 聖女様っ!」
マッスルポーズをしようとしながら串を渡してこようとして動作がちぐはぐになっている。
「はい。神の御心のままに」
とりあえずマッスルポーズをされる前に先んじて復帰させるワードを言ってみると効果てきめんだった。おじいさんは慣れた手つきで串焼きを渡してくれたので私はサラさんに貰った銀貨を一枚差し出した。
「そんな! 町を救っていただいた聖女様からお金を頂くなど!」
「ええと、受け取ってもらえますか? サラさん、ええと、皇女様からもお金を受け取ってもらうように言われていますから」
「は、ははーっ」
ううん。これはどうにもやりづらい。普通に接してくれたほうがありがたいんだけどな。
こうして何とかお金を受け取ってもらえた私はお釣りを受け取りそのまま歩きだす。
「ん-、コリコリしてて美味しいですっ」
ルーちゃんは早速串焼きにかぶりついている。どうやらルーちゃんのお眼鏡にかなう味のようだ。
私も串焼きをかじってみる。
うん。たしかにルーちゃんの言うとおりコリコリした独特の食感があるが、それだけでなく噛めばしみ出てくるその味もまた絶品だ。
これは何かのタレに漬け込んであったのだろうか?
ニンニクとハーブの香り、そして塩味と何かよく分からないうま味がじんわりと口の中に広がっていく。
「うん、美味しいですね」
「はいっ。美味しいですっ。牛の心臓の串焼きだそうで、辛くない唐辛子を使って作った特製ソースに一晩漬け込んだそうですっ」
ルーちゃんが何やら手元のメモを見ながら解説してくれた。
うん? もしかしたらサラさんにグルメガイドを貰ったのかな?
ルーちゃんに案内されながら私たちは町中をゆっくりと歩いていて気付いたのだが、この町の石畳が、そして建物の基礎になっている石垣が驚くほど精巧だ。
石を組み合わせて作っているはずなのに、段差も隙間もなくぴったりときれいに組み上げられているのだ。
これって実はものすごいことなのではないだろうか?
そう思っているとクリスさんが興味深そうに石垣を眺めている。
「あ、やっぱりクリスさんもその石垣が気になりますか?」
「はい。我が国でもこれほど
「なるほど。言われてみればこれは凄いでござるな」
「姉さまっ。次はあっちですっ」
やはりルーちゃんは食べ物以外の興味は無いようだ。なんだかルーちゃんらしくてちょっと安心する。
このところ食べ歩きが全然できてなかったしね。こうしてルーちゃんが元気に食べているところを見ると私も元気が出てくる。
そして串焼きを食べ終えた頃、ルーちゃんがピタリと立ち止まった。
「あっ。このお店ですっ」
ルーちゃんが手元のメモと扉の上に掲げられた看板を見比べて指差している。
ブルーの鮮やかな扉の上の看板には「キンタ・エウリア」と書かれている。だがメニューはおろか営業中の札すらも出ておらず、両開きのドアの半分が空いているだけでそこがレストランとはとても思えない佇まいだ。
「なんでも、もう八十年続く老舗レストランだそうですよっ」
「それは凄そうですね。入ってみましょう」
私たちは門くぐって中に入るとまず目に飛び込んできたのはどっさりと積み上げられた薪の山だ。
「本当にレストランなんですかね?」
「サラさんがそうだって言ってましたっ」
なるほど。それならきっとそうなんだろう。
そして暗い道を少し済むと急に開けた場所に出て、そこに階段が姿を現した。その階段の上のほうからは美味しそうな匂いが漂ってくるのでどうやらここはレストランで間違いないようだ。
そして私たちが階段を登るとウェイトレスさんが私たちを席に案内してくれた。
おお。無駄にお祈りされなかった。素晴らしい!
「いらっしゃいませ、聖女フィーネ・アルジェンタータ様。サラ皇女殿下よりご予約を承っております。お料理はすでにご予約いただいておりますが、追加でご注文なさる場合は何なりとお申し付けください」
「え? あ、わかりました。ありがとうございます」
なんと予約までしてくれていたらしい。この町に着いたばかりだというのに、サラさんって実はものすごく有能なのではないだろうか?
そんなことを考えていると、すぐに料理が運ばれてきた。
一品目は具がゴロゴロと入った野菜のスープだ。ちょうどいいサイズの小さな器で一人一人にサーブされている。
スープを掬って口に運ぶと優しい野菜のうま味が口いっぱいに広がる。味付けは塩メインとシンプルだがそれが素材本来のうまみを引き出してくれている。
うん。美味しい。
ルーちゃんもご満悦の様子だがこれでは量が足りないような気もする。
すると次の料理が運ばれてきたのだが、それを見てギョッとした。皿の上に体長 30 ~ 40 cm ほどのげっ歯類の丸焼きが乗っていたのだ。
「ええと? ネズミの……丸焼き?」
「こちらはクイという動物の釜焼きでございます。腹にハーブを詰めてじっくりとローストいたしました。お取り分けいたします」
そう言って慣れた手つきで捌いては私たちの小さなお皿に取り分けてくれた。
ええと、これは……。
私がどうしようかと迷っているとルーちゃんがパクリと口に運んだ。
「んんっ。淡白で美味しいですっ」
ルーちゃんのその一声に釣られて私も取り分けられたお肉を口に運ぶ。
「あ、本当ですね。意外とおいしいです」
味は何というか、淡白で臭みもなく脂も少ない。ただそれでいて少しもっちりしているのだから何とも不思議だ。
「はい、ルーちゃん。どうぞ」
おそらくルーちゃんは足りないだろうし私はお腹いっぱいになってしまうので半分くらい食べたところでルーちゃんにパスする。
「ありがとうございますっ」
そう言ってルーちゃんは笑顔でお肉を食べていく。
そして次の料理が出てきた。
「アルパカのステーキ赤ワインソースでございます」
「!?!?」
え? アルパカ? アルパカってあの!? え? アルパカって食べられるの?
私はあまりの事態に衝撃を受ける。しかし私以外は誰もアルパカを知らないのか、平然と口に運んでいる。
「んー! おいしいっ。今まで食べたお肉の中で一番おいしいかもしれませんっ!」
ルーちゃんが衝撃のセリフを口にした。
「これは……噛めば噛むほど深い味わいが……」
「このような味の肉があったでござるか」
クリスさんもシズクさんまでもが大絶賛だ。どうやら本当に美味しいらしい。
私はステーキのひとかけらを口に運ぶ。
あ、美味しい……!
赤ワインソースもよく合っているが、それよりも何よりも、この肉の美味さと言ったら何だ!
柔らかな肉が口の中でほろりと崩れ、そして噛めば噛むほどじんわりとうま味がしみ出てくる。
こんな美味しい肉があったなんて!
これを知らなかった私は今までの人生、いや吸血鬼生を損していたのではないだろうか?
私がいつか定住する場所を見つけたなら、ぜひともアルパカを連れてきて牧場を作りたい。それほどに衝撃な美味しさだ。
そんな美味しい肉ではあるのだが、残念ながら小食の私では全てを食べきることはできないので半分をルーちゃんにパスした。
ううっ。残念。
私は付け合わせのポテトを食べて口の中をさっぱりさせた。
そしてふと気が付くといつの間にか空が暗くなってきていた。
「ああ、もう暗くなってきちゃいましたね」
満足感と共に私がそう呟いた瞬間、突然ドスンという音と共に強烈な衝撃が突き抜けていった。
「え!?」
「敵襲かっ!?」
クリスさんとシズクさんは席を立って剣に手をかけ、私は結界を張る準備をする。
しかし周囲にそれらしき敵の気配はなく、周りのお客さんやウェイトレスさんたちも状況が分からずにただざわついていたのだった。
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アルパカは本当に美味しいのですが、日本で食べられる場所が無いのが残念なところです。ご興味がおありの方はぜひ、社会情勢が落ち着きましたら本場のペルーまで行ってみてください。
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