第八章第28話 領主邸の闇
2021/12/12 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
================
「サラ様ばんざーい!」
「ブラックレインボー帝国万歳!」
「聖女様万歳!」
敵兵を一掃して町へと入った私たちは住民たちの熱烈な歓迎を受けている。ユスターニと同様に町の人たちの暮らしはそれなりに維持されてはいるようだが、やはり若い男性の姿は見当たらない。
「本当に若い男性を全員、実験に使ってしまったんですね……」
「その成れの果てがあの黒兵とは……」
私の何気ない呟きにクリスさんがそう応じ、サラさんは悔しそうに唇を噛んだ。
こんな滅茶苦茶なことをしてしまって、ブラックレインボー帝国の人たちが普通の暮らしに戻るには一体どれだけの時間が必要になるのだろうか?
いや、アルフォンソは人々の暮らしなんて考えてすらいないのだろう。
だがこんなことをしてまで皇帝になって、そしてホワイトムーン王国に侵略戦争まで仕掛け、その先に一体何が得られるというのだろうか?
そんなことを考えているうちに私たちは領主邸へと到着した。いや、正確には元領主邸で、捕虜の話によると今は兵舎として使われているらしい。
兵舎として使われているならばそれなりに設備が整っているはず、ということで私たちが接収して拠点として利用することにしたというわけだ。
元領主邸の門を開いて中へと入ると、私たちの目に飛び込んできたのは目を覆いたくなるような惨状だった。
「う、これは……」
草木は枯れ果てており、池の水はいかにも毒です、と主張しているかのような紫色をしている。
「何なんですの? これは?」
「なぜ、このようなことに……」
そして次の瞬間、元領主邸の建物から十人ほどの黒兵たちが飛び出してきた。
「え?」
「フィーネ様。お下がりください」
「出るでござる!」
即座に反応したクリスさんが私を守る様に前に出て、シズクさんは黒兵たちを斬り捨てていく。
「ありがとうございます」
私は二人にお礼を言いながら黒兵たちを浄化した。
「いえ。当然のことです」
「それよりも、黒兵たちが多くいるようでござるからな。制圧するでござるよ」
「はい」
そう言ったそばから再び黒兵たちが建物の中から飛び出してきた。今度はその数が増えて数十人はいるようだ。
だがもちろん私たちはそれをあっさりと退けた。この程度の数の黒兵に負けるようなことはありえない。
だがその様子を見ていたサラさんがポロリとそう呟いた。
「これは、もしかしたらこの建物の警備を命令されているのかもしれませんね」
「あの敵将がここの責任者だと思っていたでござるが……」
シズクさんが困惑した様子でそう答えた。
「もしかすると、もっと上の者、それこそアルフォンソからの指示を受けているのかもしれませんわ」
「となると、ここには何か重要な設備があるのかもしれません」
そんなシャルの言葉にリシャールさんがそう返す。
なるほど。確かにそうかもしれない。
外ではシズクさんが敵将を討ったら黒兵たちは統率を失ったし、町の門もあっさりと開いたのだから、あの敵将がこの町の防衛の責任者だったことは間違いないだろう。
だがここにいる黒兵は侵入者を排除するという役目をしっかりと果たそうとしている。
つまりここの黒兵が受けている命令は「あの敵将に従え」というものではないということは間違いない。
「やるしかないですわね」
「はい。ですが何があるかわかりません。慎重に行きましょう」
こうして私たちは建物の中へと足を踏み入れたのだった。
◆◇◆
元領主邸に残っている黒兵たちを制圧していった私たちは今、地下に向かって伸びる階段の前に立っている。
「あとはこの階段の下だけですね」
「はい。早く制圧してしまいましょう」
「そうでござるな」
そうして一歩ずつ階段を降りていくが、明かりがほとんどないため私は視界確保のために浄化魔法を使って灯りを作り出した。
それを見たシャルが目を丸くしているが、とりあえず今は黒兵を排除することのほうが先決だ。
そうして階段を降りきって扉を開けた私たちの目に飛び込んできたのは黒兵ではなくずらりと並んだ鉄格子だった。
「これは地下牢、のようですわね」
私は牢屋の前に立つとその中へ灯りを差し入れた。そうして照らし出されたその光景に思わず息を呑む。
「これはっ!」
「なんですの!? これは!」
何人もの男性が鎖でつながれており、その体に黒い
「浄化!」
反射的に放った浄化魔法が男性の体に纏わりつた靄を浄化して消し去る。
「うあ、あ、が、が」
彼らは苦しそうなうめき声を上げ、そしてそのままがくりと頭を垂れた。
「……これは一体?」
「入ってみるでござるか?」
「はい」
「承知でござる」
そう言ってシズクさんは牢屋の鉄格子を斬って穴をあけてくれたので私たちはその中に入って男性たちの様子を確認する。
「……一応、生きてはいるようですわね」
「そう、ですね……」
確かに生きてはいる様子だがその表情はとても苦しそうだ。
「治癒」
一応治癒魔法をかけてみるがあまり効果を発揮している様子はない。
「うーん? 解呪」
するとかなり強烈な手応えと共に呪いが解除された。
「どうやら呪いだったみたいですね」
「それでしたらわたくしも!」
シャルが詠唱をしてから解呪魔法を発動させる。
「え? くぅ」
シャルの魔法と呪いがどうやら拮抗しているらしい。そしてしばらく時間をかけて何とか解呪に成功した。
「こんな強力な呪いを……」
シャルが呆然としながら私と助けた男性を交互に見てきたが、私はそれに気付かないフリをしてそのまま牢屋から出る。
「他にも助けられる人がいるかもしれません。見てみましょう」
「はい」
こうしていくつかの牢屋で同じような状態になっていた男性の浄化と解呪を行い、そして次の牢屋の中を覗いた瞬間に事件は起きた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!」
繋がれていた男性が叫び声を上げるとその男性を包んでいた黒い靄が一気に濃くなりその姿を覆い隠した。
そしてやがてその靄が消えると、その中からあの黒兵が姿を現したのだ。
黒兵はブチリ、と音を立てて自分を拘束している鎖から腕を引きちぎって抜け出す。
引きちぎれた腕は今まで見てきた黒兵たちと同じように再生し、そしてすぐに私たちを攻撃しようとこちらへと突撃してきた。
もちろんその突撃は鉄格子に阻まれるわけだが、黒兵の激突した衝撃音が地下牢に響き渡る。
黒兵はそれでもなお構わずに鉄格子へ突撃を続けており、その様はまるで統制を失った黒兵のそれを見ているようだった。
「……この地下牢で人を黒兵にしていた、ということですか」
「その様ですね。私がやります。すまない」
そう言ってクリスさんはエタなんとかでこの新しく生まれた黒兵の胸を突き、塵へと変える。
あ、ということは!
「浄化!」
私は慌ててこの地下牢全体に浄化魔法を放った。隅々にまで広がった浄化魔法は大量の手応えと共に黒い靄を浄化していく。
「早く解呪してあげましょう」
こうして私たちは順番に地下牢へ繋がれた人たちを解呪して回り、最終的に百人以上の若い男性を助けることに成功したのだった。
◆◇◆
「あとは、これだけですね」
地下牢の男性たちを救出した後、私たちは建物の庭へとやってきた。木々は枯れ果て、水は毒々しい紫色をしている。
「リーチェ、お願いします」
私はかわいいリーチェを呼び出すと花乙女の杖を介して聖属性の魔力を渡した。するとリーチェは花乙女の杖から力を受けながら空に舞い上がり、花びらのシャワーを降らしていく。
だが、魔力の消費が思った以上に激しい。
「う、く……」
今回は範囲がこの広い領主邸の全てなのでかなりの魔力が必要になることは予想していたが、どうやらここの汚染は想像以上にひどいようだ。
今までリーチェとやってきた浄化とは比べ物にならないほどの魔力を持っていかれる。
私は魔力が切れそうになったので慌てて MP ポーションを飲み干した。
そしてかなりの長時間リーチェに魔力を渡し続け、ポーションを十本飲み干したところでようやくリーチェが私のところに戻ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を切らす私を心配そうにリーチェが覗き込んでくれている。
「あ、リーチェ。ありがとうございます。大丈夫ですよ」
そう返事をした私にリーチェは種を渡してくれたので、それを花びらがびっしりと浮かんでいる池に投げ込んだ。
そして私は最後の力を振り絞ってリーチェに再び魔力を渡してあげる。
すると花びらは眩い光を放ち、領主邸全体が光に包まれた。
やがてその光が消えると池は清浄な水を満々と湛え、枯れ果てていた庭には緑が戻ってきたのだった。
ああ、疲れた。
そうして MP を使い切った私はそのままその場にへたり込んだのだった。
===============
次回更新は通常通り、 2021/04/05 (月) 19:00 を予定しております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます