第八章第26話 マライ奪還戦(中編)

「受け止めなさい! わたしたちには聖女様がついています!」


サラさんの号令に兵士たちは一丸となって黒兵たちとぶつかり、黒兵の一部を塵となって消滅させた。


やはり私たちの兵士と黒兵がぶつかり合うのであればこちらのほうが圧倒的に有利であることは間違いない。


しかも、今回は一列に並んで防御陣形を敷いての戦いとなっているため、この間奇襲を受けたときと比べて備えもしっかりとできているということも大きいだろう。


おかげで私たちの兵士たちは敵の攻撃をいなし、黒兵たちを次々と塵へと変えていっている。


そして三十分ほどの時間が経過した。私たちはすでに 500 体以上の黒兵を塵へと変えているはずなのだが、敵の勢いはいまだに衰えることを知らない。


どうやら相手は徹底的に物量で押す作戦のようだ。


そして敵のその作戦は徐々に奏功し、私たちの兵士たちが押され始めてきた。


一部の兵士の持っている剣に与えた浄化魔法の付与が切れてきてしまったようだ。


彼らは後ろに下がって別の部隊の入れ替わっているのだが、やはりその隙をつかれて徐々に戦線は後退していってしまう。


「まずいですね。早く追加の付与をしないと……」

「聖女様、お願いします」


私たちが彼らの元へと移動し始めたちょうどその時だった。まるでタイミングを見計らっていたかのように背後から魔物の大軍がこちらへと押し寄せてくる。


魔物は背後で奇襲に備えていた兵士たちを瞬く間に蹴散らすと一直線にサラさんのいるほうへと向かって突撃してきた。


その先頭を走っているのはあのジャイアントジャガーだ。目にも止まらぬ速さでサラさんに襲い掛かる。


「拙者が!」


そう言ってシズクさんはジャイアントジャガーにも劣らぬスピードでサラさんのところへと向かう。


「あっ」


サラさんが小さく悲鳴を上げる。


ジャイアントジャガーの牙がサラさんの目の前に迫るが、シズクさんはギリギリのところで間に合った。


シズクさんが駆け抜けざまに居合斬りを放つ。シズクさんの一撃で胴と別れたジャイアントジャガーの頭はそのままサラさんの僅か上をかすめると地面に転がり、胴体はサラさんの数十センチ手前にドサリと転がって地面に大きな赤い染みが広げた。


「ありがとうございます。助かりました」


ほんの一メートル手前まで死が迫ってきていたというのにサラさんは落ち着いている様子だ。


「フィーネ殿! ここは任せるでござるよ!」


シズクさんはそう叫ぶとサラさんの前に立ち、向かってくる魔物をばっさばっさと斬り捨てる。


「あたしもっ!」


ルーちゃんもサラさんのところに戻るとマシロちゃんを召喚して魔物に風の刃を撃ち込んでいく。


「フィーネ様、急ぎましょう」

「はい」


私は前線から戻ってきた兵士たちの集まっている場所へと急ぐ。


「フィーネ、やっと来ましたわね」


そこにはすでにシャルがおり、怪我をした兵士たちの治療を行っている。


「遅くなりました。皆さん剣を出してください」


そうして私は地面に置かれた剣一本一本へ浄化魔法を付与していく。


「ダメです! もうもちません!」


その声に振り向くと倒れた黒兵たちがついに塵とならずに再び立ち上がってくるようになっていた。そして立ち上がって黒兵が一人の兵士に剣を振り下ろす。


まずい!


「防壁!」


私は彼を守る様に防壁を展開し、その防壁に黒兵の剣は防がれる。


「え……?」


兵士は呆然と防壁に受け止められた剣を見つめている。


「何をしている! さっさと倒せ!」

「あ、あ、うわぁぁぁぁぁぁぁ」


クリスさんに怒鳴りつけられた兵士は慌てて手に持った剣を黒兵に突き刺した。


「浄化!」


私が浄化の魔法を発動するとその黒兵は塵となって消滅する。


「ええと、これは……」

「全員、距離を取りなさい! わたくしが防壁で食い止めますわ!」


シャルの号令と共に兵士たちは一斉に後退し、その隙にシャルが防壁を作り出して黒兵の進路を塞いだ。


「フィーネ! 早くなさい! あなたが付与を終えないと戦えませんわ!」

「あ、は、はい」


私はシャルのとっさの判断と防壁を信じて地面に並べられた剣へ浄化魔法を付与していく。


兵士たちは付与の終わった剣を手に次々と前線へと復帰していく。


そして数百本の剣に再度の付与を終えるころには、私たちの前線はしっかりと立て直されていたのだった。


「シャル、ありがとうございます。助かりました」

「当然のことですわ。わたくしはわたくしの、フィーネはフィーネのやるべきことをやっただけ。礼には及ばなくってよ」

「……そうですね。ありがとうございます」

「フィーネ……あなたは……まったくもう」


そう言ってシャルは半ば呆れたような表情で小さくため息をついた。


「さあ、ここの治療はわたくしに任せてサラ殿下のところにお戻りなさい」

「はい!」


こうして私がサラさんたちのところに戻ると、そこには大量のジャイアントジャガーとオークの死骸が転がっていた。


どれも鋭利なものでスパッと斬られている。


「フィーネ殿、こっちはどうにかなったでござるよ」

「ううっ。血でべとべとですっ」


シズクさんはあっけらかんとした様子で、ルーちゃんは体中が血まみれになっている。


「ルーちゃん! 怪我は無いですか? 治癒! 洗浄! 浄化!」


私はルーちゃんの返事を聞く前に魔法をかける。


「姉さま。あたしは怪我してないです。ただ数が多くて返り血を浴びちゃったんです」

「そう。それなら良かったです。シズクさんは大丈夫ですか?」

「拙者は何ともないでござるよ」

「そうですか。じゃあ、洗浄。それと浄化」


私は辺り一帯を綺麗にすると魔物がゾンビにならないように浄化した。そして一息ついたところでサラさんがいないことに気が付いた。


「あれ? サラさんは?」

「こ、ここに……」


うん? どこから声が?


私がきょろきょろと当たりを見渡すと隅に布が山のように積み重ねらているのが目に入った。しかもその布の山はもぞもぞと動いている。


え? もしかして?


「ぷはぁ。シズク様、ルミア様、助かりました」


布の山の中からサラさんの頭がにょきっと出てきてそう言った。


ええと? これはどういう状況だったの?


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次回更新は通常通り、2021/04/01 (木) 19:00 を予定しております。

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