第八章第19話 悪夢

2021/03/30 誤字を修正しました

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「あ、あ、あ」

「お嬢様!」


シャルロットは絶望の表情を浮かべ、そしてリシャールが腹部から血を流しながらも何とか立ち上がり、シャルロットを斬らせまいとその体を黒い騎士との間に投げ出す。


「どうか……ユーグ殿に……」


黒い騎士が放った一撃はリシャールを肩口から斜めに斬り裂いた。


「あ、が……」


リシャールはうめき声をあげるとそのまま地面に倒れ込んだ。


「リシャール! よくも! リシャールを!」

「お逃げ……ください」


シャルロットはユーグの聖剣フリングホルニを手に持ち構えた。


そして腹から血を流しているエミリエンヌはシャルロットに逃げるようにと地面に這いつくばりながらも必死に声を絞り出す。


そんなシャルロットを斬ろうと黒い騎士が剣を振りかぶった丁度その時だった。


シャルロットの握るフリングホルニが目も眩むような激しい光を放つ!


「ぐああぁぁぁぁぁぁ」


その光を間近で浴びた黒い騎士がうめき声をあげた。


「え? どう、して?」


シャルロットはその様子を呆然と見つめていた。


「シャルロットお嬢様!」


そう叫んだエミリエンヌは力を振り絞って何とか立ち上がると剣を構え、そして苦しむ黒い騎士の兜へと剣を振り下ろした。


バキン、と鈍い音と共にエミリエンヌの一撃はしっかりと黒い騎士の兜を捉え、その一撃は兜を大きく破壊した。


「あ、が……シャル……ロッ……さ……ま……?」

「ユーグ、様?」


兜の下からはユーグの端正な顔が一部覗いており、そしてその顔には黒い複雑な紋様が描かれているのが見て取れる。


ユーグはそのまま膝から崩れ落ちると頭を抱えては苦悶の表情を浮かべた。


「シャ……ル……にげ……て……」

「え? ユーグ様!? どうして! どうしてですの? ユーグ様っ!」

「シャ……ル……」


そのままユーグはうつ伏せに倒れ込む。


「ユーグ様! ユーグ様!?」


シャルロットが治癒魔法を掛けようとしたその瞬間、ユーグの体は黒いオーラに包まれてふわりと浮かび上がる。そしてシャルロットから離れるように飛んでいくと少し離れた場所にいつの間にか立っていた男の足元にふわりと着地した。


その男は褐色の肌と黒い瞳を持ち、深紫こきむらさきの髪を短く切り揃えた精悍な青年だ。


「ククク、自分の騎士を取り戻しに来たのか? 弱いほうの聖女よ」

「お前は誰ですの!? ユーグ様を返しなさい!」

「ククク。やはり聖女とは愚かなのだな。私はアルフォンソ・ブラックレインボー。ブラックレインボー帝国の皇帝にしていずれ世界を支配する者だ」

「アルフォンソ!? じゃああなたが全ての元凶ですのね! ここであなたを倒せば」

「ククク。クハハハハハハ。愚かな。貴様の騎士の一匹は虫の息。もう一匹は満身創痍。そして兵もいない。そんな貴様がどうやってこの私を倒すというのだ?」

「え?」


シャルロットが辺りを見渡すと、すでに共に戦っていたはずの兵士たちは皆地面に倒れており、かろうじてエミリエンヌが立っているだけだった。


「う……わ、わたくしが敗れたとしても必ずやフィーネがあなたの野望を止めてくれますわ!」

「フ、フフ。フハハハハハ。さすが、弱いほうの聖女だな。自分が無力さをよく分かっているではないか。フハハハハハ」


アルフォンソはシャルロットをあざけるかのような表情で見下す。


「ああ、そうだ。この男も思えば可哀想な男よなぁ」

「……可哀想?」


聞き返したシャルロットにアルフォンソはニタリと笑みを浮かべる。


「貴様のような弱い聖女の聖騎士になったからこんな目に遭ったのだよ。ククク。弱い聖女を逃がすために一人で前線に突出しなければ捕まることもなかっただろうに。そうだ。強いほうの聖女と一緒にいればこいつはこんな実験材料になどならずに済んだのだよ。フ、フハ、フハハ。フハハハハハ」

「う、あ……わたくしの、せい?」

「そう、全ては貴様のせいなのだよ。ああ、だが礼を言わねばならんな。こいつがまだ未完成なことを教えてくれたのだからな。フハハハハハ」

「ユーグ様に何をしたんですの! ユーグ様を返しなさい!」

「フハハハハハ。これはもう私のモノなのだよ。元に戻すことなど誰にもできん。フハハハハハ!」

「な! 何を! ユーグ様はあなたなんかに負けることはありませんわ!」

「ククク。そうか。ククク。クハハハハハ。ならば再会を楽しみにしているがいい。それと強いほうの聖女によろしく伝えておいてくれよ。ククク。クハハハハハハハハハハハ」


アルフォンソはそう高笑いするとその全身から黒い煙を大量に噴き出した。シャルロットはその煙を吸い込んでしまい咳き込む。


「ゲホッゲホッ。一体何なんですの?」


やがてその霧は晴れたが、そこにはユーグとアルフォンソの姿は無かったのだった。

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