第八章第6話 リリエヴォ

なんやかんやで二泊した私たちはアイロールを後にした。マリーさんのとても美味しいご飯が名残惜しくはあるのだが、ずっと居続けるわけにもいかないのだ。


もちろん、私の収納の中にはマリーさんにちょっと無理を言ってたくさん作ってもらったサンドイッチとマヨネーズがたくさん入っている。


ああ、そうそう。それとマヨネーズの作り方もばっちり習ってきたのでこれでいつでもマヨネーズが作れるようになった。マヨネーズって塩も入れるというのは知らなかった。


ただ、私たちがやると何故か三回に二回くらいの割合でしゃばしゃばした酸っぱい謎の液体が出来上がるのはどうしてだろうね?


そんな思い出話はさておき、道中では多少魔物に襲われた他は特に何の問題も起こらなかった。おかげで私たちは予定通りに大森林地帯を抜けると目的地である西部の港町リリエヴォに到着した。


このリリエヴォの町は小さな港町で、一応軍港でもある。一応、というのはかつてホワイトムーン王国がブルースターと仲が悪かった頃はブルースターに対する海の守りを担う要衝として重要視されていたらしい。だが最近の両国関係はすこぶる良好なため、余計な緊張を生まないためにも最低限の抑止力と偶発的事態に備えるための兵力を残してこの町から騎士たちは撤退した。


その結果としてこの町は大きく様変わりし、今では主に漁業と塩田による塩の生産が主力産業となっているのだそうだ。


つまり、軍隊がいなくなって造船とか鍛冶とかの需要が大きく減って衰退した、ということらしい。


そんな町の領主邸に私たちを乗せた馬車が到着した。


「聖女シャルロット様、聖女フィーネ様。ようこそおいでくださいました。わたくしはリリエヴォを任されておりますロマニョーリ伯爵家が当主、カルロと申します」


やや痩せた 40 歳くらいの紳士が私たちを出迎えてくれた。


「ロマニョーリ伯、お久しぶりですわ」

「聖女シャルロット様、大変ご無沙汰しております」


なるほど。どうやら二人は面識があるらしい。


「フィーネ・アルジェンタータと申します。お会いできて光栄です」

「こちらこそ、名高き聖女様に我が領をご訪問頂き光栄の至りにございます」


私の挨拶にロマニョーリ伯爵は丁寧に礼を返してくれる。


「聖女シャルロット様、聖女フィーネ様。よろしければ我が屋敷にご滞在賜る栄誉を頂けませんでしょうか?」

「ありがたくお受けいたしますわ」

「よろこんで」

「ありがたき幸せにございます。それではどうぞこちらへ」


こうして私たちはロマニョーリ伯爵の案内で客間へと通されたのだった。


****


「塩田に行きますよ」

「フィーネ様。今からですか?」


部屋に着くなりそう言った私にクリスさんが怪訝そうな顔で聞き返してきた。


「だって、明日の今頃はもう海の上なんですから今のうちに行っておかないとお塩が買えないじゃないですか」

「え? 塩を買われるんですか?」

「はい。ちょっと収納の中の在庫が心許こころもとなくなってきたんです」

「なるほど。そういう事ですか。ブラックレインボー帝国に上陸してからの物資の補給も考えての事なのですね。さすがフィーネ様です。すぐにでも向かいましょう」


私の答えを良いように誤解したクリスさんは納得した様子で部屋を飛び出していった。きっと馬車を手配してきてくれているのだろう。


そんなクリスさんをシズクさんがやれやれ、といった表情で見送った。


「お塩が無いと味気ないですもんねっ」


うん。さすがルーちゃんはよく分かっている。私は別に補給とかそんなすごいことは考えていない。単にそろそろ無くなると困るので補充したいだけなのだ。


それにほら。塩田って、興味あるし。


クリスさんがすぐに馬車を手配して戻ってきてくれたので、そのまま乗り込んで塩田へと向かう。


ちなみにシャルは何やらロマニョーリ伯爵と話し込んでいるみたいなので遠慮して私たちだけで出掛けることにした。


もちろんロマニョーリ伯爵の執事さんらしき人にちゃんと塩田へ観光に、じゃなかった補給物資としての塩を調達に行くと伝えておいたから問題ないはずだ。


****


一時間ほど馬車に揺られ、私たちは塩田に到着した。どうやらすでに私たちが来るという事は知らされていたらしく、施設の前には出迎えの人がずらりと並んでいた。


クリスさんにエスコートしてもらい馬車を降りるとその中でも一番年上と思われる男性が一歩前に出てきた。


「聖女フィーネ・アルジェンタータ様。リリエヴォ塩田にようこそお越しいただきました。わたくしめは当塩田の所長を致しておりますフィリッポと申します」

「フィーネ・アルジェンタータです。どうぞよろしくお願いいたします」

「さ、それでは皆様こちらへ」


そうして私たちは塩田の中へと案内される。


あ、ちなみにサラさんは私が旅の途中で保護した臨時の侍女ということになっているため、それっぽく後ろに控えてもらっている。


戦争中の国の皇女様がこんなところにいるなんて話、おおやけになったらきっとややこしいことが起きそうだからね。


塩田に入ってまず最初に飛び込んできたのは大きな風車だ。その風車の向こう側には大海原が広がっていて中々に素晴らしい景色だ。


「あの風車は何に使っているんですか?」

「はい。あれは海水をくみ上げるために利用しております。人の手でくみ上げるのは大変ですので、ああして風車の力で海水をくみ上げているのです」


なるほど。車輪があるんだから同じように回転する風車があっても不思議じゃないよね。


「では、あの四角い場所に海水を貯めるんですか?」


私は四角い池のような区画が碁盤のように並んでいる辺りを指さして尋ねる。


「はい。仰るとおりです。あの場所は下が粘土質になっておりまして、水が染み込まないのです。そこに砂を敷き、海水をかけるのです」

「どうして砂を敷くんですか?」

「乾いた砂を集めるのです。そしてそれをあちらにあります沼井ぬいとよばれる箱に集め、そこに海水を注ぎ鹹水かんすいを作ります」

「鹹水?」

「はい。とても塩の濃い海水でございます。それを窯で焼いてようやく塩となるのでございます」

「なるほど」


ただ海水を蒸発させれば良いわけじゃないのか。これは勉強になった。


私たちは案内されるまま施設をぐるりと回って見学し、それから大量に塩を買い込んだ。


こうして私たちが塩田観光を満喫していると、少しずつ日が傾いてきた。


赤い夕日が水平線の向こうへとゆっくりその身を隠し、そんな夕日を背に風車は徐々にその色を黒に染めていく。


「なんだか、きれいな景色ですね」

「そうでござるな。たまにはこういうのも良いでござるな」

「はい」


私たちはしばしその夕日を眺めてから領主邸へと戻ったのだった。

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