第六章第33話 トレント

そのまま数時間ほど森を進んだ時、左のほうから悲鳴が聞こえてきた。


「ト、トレントだ!」

「う、うわぁぁぁ」


どうやらトレントという魔物が出たようだ。


「トレントっ!?」


私がクリスさんに質問しようとしたところ、ルーちゃんが反応した。


「ルーちゃん、知っているんですか?」

「はい! トレントは、木の魔物です。あいつが現れると森の養分が吸い取られるから木が枯れちゃって、それでトレントばかりの森になっちゃうんですっ! あたしたちエルフの仇敵ですっ!」


ルーちゃんが吐き捨てるようにそう言った。


なるほど。森の民としては許せない魔物なんだろう。


「しかし、トレントとは厄介ですね。あの魔物の本体は地面の中に埋まっている根なのです。それを引き抜いて魔石を取り出すか、その根を再生できないように炭になるまで燃やすかしなければまた生えてきてしまいます」

「うえぇ」


それは厄介だ。雑草のようにいくらでも生えてくるのか。


「しかも眠り毒の花粉を振りまいて人を眠らせ、眠っている間に食べるという恐ろしい習性を持っています」

「なるほど。これは私たちが行った方が良いんじゃないですか?」

「……そうですね。ラザレ隊長がきちんと采配をしてくれればよいのですが」


ううん、ここでも集団行動優先という事らしい。まあ、騎士団は軍隊なのだから仕方ないのかもしれない。


「うわぁぁぁ」

「ぐはっ」


しかしそうこうしているうちに次々とやられているようだ。


「オーガだっ! またオーガが出たぞ!」


今度は右のほうからだ。


「囲め!」


お、この声はアロイスさんだ。なるほど。アロイスさんは右側にいたのか。


それにしても森の中で状況が分からないのが何とももどかしい。


「姉さまっ! あそこにトレントがっ!」


ルーちゃんはそう叫ぶや否やマシロちゃんにお願いして風の刃を飛ばす。その刃は少し奥にある直径 20 ~ 30 cm ほどの木にぶつかり、その表面に深い傷を作る。


すると、その木は少し震えたかと思うと木の枝をまるで鞭のようにしならせてマシロちゃんに攻撃を仕掛けてきた!


「防壁」


私はその木の枝を防ぐ。


「拙者が!」


シズクさんが持ち前のスピードでトレントに近づくとトレントの幹を一刀のもとに斬り捨て、さらに何撃か加えて輪切りにして戻ってきた。


「あとは引っこ抜けば良いんですか?」

「いえ」


クリスさんが短く否定する。


するとトレントの切り株がにょきにょきと伸びていき、そして元の姿へと戻ったのだった。


「姉さま、あいつは生えてくる力が無くなるまで倒し続けなきゃいけないんです」

「うえぇ」


なんて面倒な魔物なんだ。


「あとは強力な【火属性魔法】で燃やすのも有効です」


クリスさんの言葉に私はシズクさんを見遣る。


「う、拙者はまだ【狐火】は……」

「そうですよね。じゃあ、生えてくるそばから切り倒す作戦にしましょう」


クリスさんとシズクさんでトレントの切り株から生えたら切り倒すの繰り返しているうちに徐々にトレントが再生するまでの間隔が長くなってきた。


「あ、準備できたので下がってください」


私が声をかけると二人は下がってくる。


「結界。それから、えい」


私はルゥー・フェィ将軍を閉じ込めたのと同じ結界を張ってトレントの切り株を閉じ込めると私は用意していたお鍋の中身をぶちまけまた。中身は先ほど移し替えたフィーネ式消毒液ことアルコールだ。


「じゃあ、着火」


私は【火属性魔法】で純度ほぼ 100% のアルコールに点火する。


半球状の結界は外から入れても中から出ることはできない。


そして空気は出入りできるが熱は逃げないというなんとも都合の良い感じにしてあるので中はものすごく熱くなっていることだろう。


私はそこに収納の中から取り出した薪やら油やらを次々と投入していく。


「な、なるほど。このような手が」

「野戦病院に行くまでこの消毒液の存在を忘れていたんですけどね」


結界の中は……何だか、こう、すごく熱そうだ。


そしてしばらく待っていると鎮火した。そこには真っ黒な炭となった切り株が残されている。


私は落ちていた木の枝を拾うと真っ黒な切り株をツンツンする。


すると、その表面はボロボロと砕けて落ちていく。


「これほど燃やせば当面の間は再生することは無いでしょう。今のうちに掘り出してしまいましょう」


そう言うとクリスさんは地面を何回か斬った。そしてその斬れた地面に剣を差し込むと、そのままてこの原理で無理矢理地面ごと切り株を引っこ抜いた。


「うわぁ」


私はあまりの出来事に驚くやら呆れるやらで変な声を上げてしまった。


「フィーネ様、このようにトレントはまだ生きているのです」


ひっくり返された地面からはトレントの小さな根っこが出ており、それがグネグネと気持ち悪く動いでいる。


「うええ、気持ち悪い」

「では、倒します」


クリスさんはそう言うと手慣れた様子でトレントの根っこを切り刻んでいき、そして魔石が姿を現した。その魔石は木の皮と同じような色をしており、何やら黒い靄のようなものをうっすらと纏っている。


「ええと、とりあえず浄化しますね。浄化!」


私が魔石を浄化すると僅かに動いていた木の根が完全に動きを止めた。


「あれ? これ、もしかして今ので倒しました?」

「そのようでござるな。もしかしたら、魔石を浄化すると魔物は死ぬのかもしれないでござるな」

「なるほど。でも魔石が見えているような状況って、大抵の魔物は死んでますよね?」

「それもそうでござるな」


こうして私たちがトレントを倒し終わる頃、右のオーガ、左のトレントも倒されたようだ。

しかし、左のトレントを倒すまでにハンターのパーティーが丸ごと二つ、そして 3 人もの騎士が犠牲となってしまった。


そのため、これ以上は危険と判断され私たちはここで撤退することとなったのだった。

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