第六章第23話 ド・マドゥーラの夜(中編)

2021/12/12 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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「失礼します。パスタをお持ちいたしました」


ウェイターさんが私たちの個室へと入ってくる。すると先ほどまで顔を真っ赤にしながらにやけていたシャルがいきなりしゃんとした。如何にも貴族令嬢といった佇まいだ。


「本日のパスタは秋ナスとトマトとひき肉のスパゲッティーニ でございます」


お、なんだか普通のパスタが出てきた。一口サイズのなすと、トマト味しっかり染み込んでいるであろう色をしているひき肉に混ざってパスタの上に盛り付けられている。


フォークに巻きつけて出来たての熱いパスタを口に運ぶ。するとじゅわりと肉汁が広がり、それがトマトソースの酸味と甘みと合わさって口の中に広がる。そこにバジルの香りと粉チーズの香りが鼻へと抜け、それが食欲をまた刺激してくる。後味にはしっかりと肉とトマト、そしてチーズのうま味と塩味が残り、それがもう一口と私を誘ってくる。


私はさらにナスを口に運ぶ。ナスは火が通っているものの歯ごたえがしっかりと残っており、噛み千切るとそこからナスの水分がじゅわりと飛び出してくる。すると絡んでいたトマトソースと相まって野菜のうま味とひき肉から染みでたうま味が合わさり、これまた食欲を刺激していく。


私はあっという間にパスタを完食してしまった。


「あら、良い食べっぷりですわね。もっと小食だったのではなくって?」

「はい。でもここの料理はとても美味しいですからつい食べ過ぎてしまいそうです」

「わたくしの行きつけのレストランですもの。当然ですわ」


ドヤ、という擬音語がぴったりな表情をしている。


「さすがシャルですね」

「と、当然ですわ」


そしてまた顔を赤くしてシャルはデレる。


「ところで、シャルはユーグさんといつ知り合ったんですか?」


私はシャルとユーグさんの婚約に話を戻す。


「あら、知りたいんですの?」


そう言ってくるものの、その顔は話したくて仕方がないという顔をしている。


「もちろんです。友達の恋バナ、気になるじゃないですか」

「仕方ありませんわね。フィーネには特別に教えて差し上げますわ」

「お願いします」

「そう、あれは、わたくしが 6 歳の頃でしたわ。ガティルエ家の屋敷にエルネソス家の皆さんが遊びにいらしたんですの。その時にユーグ様もいらしていて、わたくしはその時のユーグ様のそれは凛々しいそのお姿に一目惚れしたんですわ」


おお、そんな年からユーグさんが好きだったんだ。っていうか、6 歳で初恋って早くない?


「わたくしが初めてご挨拶したときも、わたくしの事をとても優しいと仰って褒めてくださいましたの。他の男どもはかわいいの一つ覚えでしたのに。それに最近の社交パーティーですと、美しいから始まり薔薇の花のようだ、ですとか、黄金ですら霞む、ですとか、よくもまあ素面しらふであんな台詞をポンポンと吐けるものですわ」


ああ、私もなんか似たようなのを聞いたような気もするな。ただ私の場合は聞いてもすぐに忘れちゃうんだけどね。心の籠っていない事を言われても響かないという点には私も共感する。


「それに、ユーグ様ったらその頃からとっても頼りがいのあるお方なんですわ。とても素敵にエスコートして下さるし、それにわたくしが子供のころに足を滑らせて川に落ちそうになった時なんて身を挺して庇ってくださったんですの。ただ、その代わりにユーグ様が川に落ちてしまわれて、お風邪を召されてしまいましたわ」


なるほど。そういうことをしてもらえるとぐっと来るかもね。それが自分が好きな相手ならなおさらだろう。


「ただ、ユーグ様はエルネソス侯爵家の次男でらっしゃるでしょう? それにわたくしも兄がおりますのでガティルエ家の家督を継ぐわけではありませんわ。そうなるとわたくしとの結婚は難しい、という事になっていたんですの」


なるほど。シャルも貴族だから政略結婚としてどこかの貴族に嫁がされるはずったのか。


「そうしたら、ユーグ様が家を出て騎士になる、と仰いましたの。騎士団長にまで出世すればわたくしを娶っても問題がなくなるって」

「わ、それすごくかっこいいですね」

「そうなんですの。それにわたくしもその、ほら、アンジェの事ががありましたでしょう? それで聖女になってアンジェを治してあげたいと思ってずっと修練をしていたら、ユーグ様が聖剣フリングホルニに選ばれましたの。もしかしたら、ってわたくしは期待していたんですけれど」

「すぐに選んではくれなかったんですか?」

「そうなんですの。ユーグ様はわたくしかもしれない、と最初から仰ってくれてはいたんですのよ? それでも聖剣が聖女に導くということは別の女性を探せということじゃあないか、と仰ってしばらくは各地を回られたそうなのですわ」

「結局、ユーグさんがピンとくる人がいなかったんですね」

「そうなんですの。それで、ユーグ様はやはりわたくしが聖女で間違いない、とそう仰って下さったんですわ」

「わぁ、いいですね。あれ? でもユーグさんは聖騎士になったのに騎士団長になれるんですか?」

「なれませんわ。ですけれど、わたくしが聖爵になりますもの。ユーグ様が婿入りするという形であれば何の問題もありませんわ」

「あ、そういえばそうでしたね」

「そしてそれを決定づけたのがあのミイラ病の一件ですわね」

「ああ、あの時はシャルのおかげで本当に助かりました。でも、よく貴族たちをまとめ上げましたよね。神殿にもさっさと燃や……ごほん、浄化しろというクレームがかなり来ていたと聞いていますよ?」

「あら、わたくし、そこはそんなに大したことはしていませんわよ? スラムの民草なぞいなくても構わないからさっさと殺せ、燃やせ、などと言っていた狸どもに言ってやりましたの。聖女は弱き者、貧しき者、そして他者に手を差し伸べる慈悲深き神の信徒を救うためにいる、と」

「ええと? それでどうして貴族たちがまとまったんですか?」


言っている意味の理解できなかった私は首を傾げながらシャルに質問する。


「ああ、フィーネはこういったやり取りは慣れていないんですのね。それを聞いた貴族はこう解釈するんですの。もしわたくしに協力しなければ、わたくしは聖女としての力でお前たちを助けることはないし、聖女を擁する神殿も同じだぞ、と」

「ええぇ」


さらっと脅迫していたのか。ううん、貴族社会は恐ろしい。


「フィーネも結婚すれば貴族ですのよ? 今でもあちこちの貴族から婚約の依頼が舞い込んでいるんではなくって?」

「何かとくっつけようとしてくる人たちはいますけど、今のところは大丈夫です」

「まぁ、それじゃあフィーネに想い人はいらっしゃらないんですの?」

「うーん、いませんね」

「まぁ。じゃあ旅先でのロマンスとかないんですの? フィーネほどの見た目なら言い寄る男も多かったんではなくて?」

「うーん? あ、でも会うなりいきなりプロポーズしてきた人、あいや吸血鬼ならいましたね」

「はっ? フィーネ、あなた吸血鬼にプロポーズされたんですの?」

「そうなんですよ。あ、吸血鬼じゃなくてその上位種の吸血貴族らしいですけど……」

「吸血貴族!? ちゃ、ちゃんと浄化したんですのよね?」

「いえ? プロポーズはお断りしましたけど、危害を加えられたわけではないですし、私の嫌なことはしないって約束してくれましたから」

「……はあ。あなた、本当にお人よしなんですわね」


そう言ってシャルは小さく「まあ、だからわたくしもお友達でいられるんですわね」と呟いた。聞こえているけど、聞こえなかったふりをすることにした。


そして再びドアがノックされた。


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※)細麺タイプのパスタの中で大体 1.6 mm 前後の太さのものをスパゲッティーニと呼びます。スパゲッティとはは本来 1.9 mm 前後の太さのもののことですが、日本では細麺タイプのパスタはまとめて全部スパゲッティと呼ばれているような気がします。

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