第六章第21話 薔薇の花園と花乙女(後編)
「はっ、フィーネ様、お待ちくだされ~」
「フィーネ、お待ちなさい!」
リーチェを追って走り出した私を園長さんとシャルが慌てて追いかけてくる。
そしてリーチェを追いかけていた私は管理棟の裏へとやってきた。
「フィーネ様、そちらはっ」
園長さんが私を制止するが時すでに遅しだ。私は薔薇園のもう一つの庭に辿りついてしまった。
そこには薔薇が一列に並んで植えられている。しかしそのほとんどが枯れてしまっているか、もしくは元気なく
「なっ、これはっ? どうしてこんなことになっているんですか?」
「ちょっと、園長! これはどういうことですの? どうして育成園がこんなになっているんですの? これでは来季からどうするつもりですの?」
シャルに問い詰められた園長が観念したように白状する。
「も、申し訳ございません。実は予算が削られてしまいまして……」
「なんですって? それで十分に世話ができなかったという事ですの?」
「そ、それは、その……」
何やら随分と世知辛い話をしているが、リーチェが私をここに連れてきたということはこの薔薇たちを助けたいということなんだろう。
言い争う、というかシャルに一方的に詰め寄られている園長さんを尻目に私は一歩前に出る。そして花乙女の杖を媒介に【魔力操作】を発動してリーチェに聖属性の魔力を渡す。すると杖の先の花が開き、そして淡い光の糸でつながったリーチェは枯れた薔薇園の上空へと舞い上がる。
「なっ、これは!」
「これは!……素敵ですわ!」
リーチェは空をくるくると舞い踊り、そして白とピンクの美しい花びらを舞い落す。そして薔薇園にまんべんなく花びらが降らせたリーチェは私の前にやってきて再び魔力を要求してきた。
どうやら今回は種は無しのようだ。きっと浄化すべきものがあるわけではないという事なのだろう。私はリーチェに追加の魔力を渡す。すると降り積もった花びらが眩い光を放ち、この育成園を包み込む。
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しばらくすると光と花びらは消え、そして育成園の薔薇たちはすっかり元気を取り戻していた。
「な、な、な、な」
園長さんが「な」しか言わなくなってしまった。どこかで見た光景な気もするがどこだったのかは思い出せない。
「フィーネ! あなたすごいですわ! それにそこの無礼な精霊も! 許して差し上げるわ」
うん、シャルも、相変わらずだね。最初からそんなに怒ってなかったくせにさ。
「リーチェ、ここの薔薇たちはどうしてこんなに元気がなかったんですか? 病気ですか?」
するとリーチェは首をふるふると横に振り、そして地面を指さした。
「土、ですか?」
リーチェは首を横に振る。
「ええと、土じゃないとすると……」
私が困っていると、リーチェは一株の薔薇の茎を指さし、そしてそのまま地面を指さした」
「根、ですか?」
リーチェはこくこくと頷く。その表情は心なしか悲しそうだ。
「まさか、根が傷ついていたっていうことですの? 原因は? 園長! 何か心当たりがあるんではなくって?」
「そ、それは……はい……」
シャルに問い詰められた園長は観念したように口を開いた。そしてその口から語られた顛末はなんともやるせない話だった。
まず、王立薔薇園の予算が様々な政治的理由から減額されたそうだ。これはブラックレインボー帝国の事もあるし、王国政府内での予算の綱引きもあったようだ。しかしその結果、普段からお願いしている植え替えを専門にやってくれる土属性魔術師に依頼できるお金がなくなってしまったそうだ。そこで困った園長は王立薔薇園を管轄している上層部に掛け合い、与えられた予算内で同じ作業をしてくれる業者を紹介してもらったそうだ。
しかしその業者が予算を理由に再委託をしてしまい、その作業員として食い詰めたハンターたちが派遣されてきたのだそうだ。一応、ハンターのくせに――失礼な言い方だが、ハンターに何かを頼むと物を盗まれるというトラブルが起きるのが普通らしい――特にトラブルもなく作業はしてくれたのだそうだ。
しかしながらいつもお願いしていた植え替え専門の土属性魔術師のような丁寧な作業はしてもらえず、薔薇たちは掘り起こされたときに根を傷つけられてしまったのだそうだ。
その結果、徐々に薔薇たちは元気を無くしてこのような惨状になってしまったという事らしい。
「ハンターのような低俗な人間を神聖な薔薇園に送り込むなど、その業者の名前をお教えなさい。ガティルエ家が潰して差し上げますわ!」
それを聞いたシャルは大層お冠だ。この国の法律がどうなっているのかはよく分からないけれど、薔薇の根を傷つけたのならその分のお金を払わないといけないんじゃないのかな?
こうして、図らずも問題を解決した私たちは薔薇園を後にランチへと向かうのだった。
「それにしても、本当に許せませんわ!」
シャルはまだ怒っている。この怒りは本物のようだ。もしかしたら本当にその手抜き業者は潰されるかもしれない。
そんな私たちを乗せた馬車は王都の町中をゆっくりと進むのだった。
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