第六章第9話 汚職
「ウスターシュ殿、それはこちらの台詞だ。なぜロベールがこんなところに出てきている!」
クリスさんはロベールの後ろ髪を掴むとそのままウスターシュさんに見せつけるように持ち上げて掲げる。クリスさんはさっきの一撃でその右腕を斬り飛ばしたようだ。鮮血が滴り落ちる。
「なっ!? なぜロベールがそこにいる! 牢から出したのは誰だ!」
声色は狼狽えているようだが、これは演技なのだろうか? それとも一部の部下の暴走なのだろうか?
どちらにしろここにいてはよく分からない。
「私たちも町に入りましょう。何かあれば結界をすぐに張りますから」
私たちはクリスさんが城門に開けた穴をくぐって町の中へと入る。
「せ、聖女様っ! もしやあの馬鹿者が……」
ウスターシュさんは私の顔を見るなり顔面蒼白になるもなんとか跪いた。あの表情を見るに、どうやらウスターシュさんは知らされておらずやはり部下が暴走したという事なのだろう。
「クリスさん、それを連れて降りてきてください。死なれると事情聴取が出来なくなりますから出血だけ止めます」
「かしこまりました」
そういうとクリスさんはロベールを引きずって城壁から降りてきた。階段を降りる時にあちこちにぶつかって随分と痛そうだ。まあ、斬られた腕はもっと痛そうだが。
「あ、うぅ、あ、あ」
私たちの前に連れてこられたロベールはその醜悪な顔を涙と鼻水とよだれと泥でぐちゃぐちゃにしている。
「とりあえず、止血だけ」
私はロベールの腕を敢えて出力を絞った治癒魔法で治療する。するとすぐに出血は止まった。
「さて、ウスターシュさん。これは一体どういうことですか? 森には
「なっ! そんなっ! も、申し訳ございません」
ショックを受けているようだが跪いているためその表情までは窺えない。
「ついでにいウスターシュ殿がどうしてもと押し付けた兵士たちのうち 10 名はそこのガエル・バコヤンニスとやらの命令を聞いて拙者に襲い掛かってきたでござるよ?」
シズクさんが補足ついでに追撃を放つ。
「ウスターシュ殿、これは明確な聖女保護法第三条違反だ。これの首謀者は貴殿ではないのか?」
「なっ! と、とんでもない。か、監督責任はあるが私はこのような愚かなことを指示などしていないし、する理由もない!」
「では、なぜ国境警備隊の副長が襲撃してきたのだ? あれは貴殿の副官だ。隊長である貴殿の許可なく勝手に森に出ていくなどできるのか?」
「……申し訳ございません。全ては私の力不足です」
ウスターシュさんは跪いたまま顔を上げずに頭を下げ続ける。
「とりあえず、場所を変えませんか? 私たちの破壊した門の修理もしないといけませんよね?」
「ははっ」
こうして私たちは第五騎士団の詰め所へと移動した。
****
そして取り調べの結果、何とも下らないオチが発覚した。
まず、ルーちゃんが射落とした男はこの町に住むハンターの男で、魔物を狩って生計を立てていた。ところが、最近国境警備隊が魔物暴走の兆候があるとして自由に森へと入ることを禁止しため、国境警備隊に雇われて魔物を間引く仕事をしていたそうだ。
今日も警備隊の指示通りに矢を射たところ、ルーちゃんに反撃されて木から落下したそうだ。そこを目付で来ていた警備隊の男に後ろから刺されたらしい。どうやら警備隊が関わっていたことの証拠隠滅をはかったようだ。
そしてそもそも森に魔物暴走の兆候などはなく、このガエル副長の発案で行われた自演行為らしい。魔物暴走の噂を国境警備隊という権力を使って既成事実化することでハンターの数を減らす。そして保護を理由に森を国境警備隊の管理下に置き、ハンターたちの利益から上前を
そして、この状況に味を占めたガエル副長は門兵長をしていたロベールと共謀して物資の運搬を私物化し、送られてきた援助物資の多くを着服した。この着服には二人の実家の伝手も活用されており、その全容は未だに解明されていない。だが二人の実家にも何らかの処分が下される可能性はあるそうだ。
つまり、私たちが追い返されそうになったのは彼らが物流を独占するためで、ロベールが解放されたのは処刑されるとガエル副長が困るから、ということのようだ。
そんなガエル副長にウスターシュさんが憔悴した様子で問いかける。
「ガエル副長、一体なぜこのようなことを……長く国境警備隊で活躍されたあなたが何故……?」
「ふん。辺境伯の嫡男などという恵まれた立場の貴様には分かるわけがない。どれだけ努力をしようとも身一つで追い出される三男の立場などな」
ガエル副長は憎々しげにそう語った。
ホワイトムーン王国では家督は嫡子が全て相続する。そのため嫡男に何かあった時のために次男は残されるがそれ以降は総じて適当な扱いになるそうだ。そのため、嫡男のいない貴族に婿養子、もしくは騎士として大きな手柄を立てて新たに叙爵される以外に貴族として生き残る道はないのだそうだ。
だが、こんなことをして一体何になるというのか。こいつらの行為はどう考えても犯罪だし、それに一応聖女扱いされている私を殺そうとすれば聖女保護法なる謎の法律によって問答無用で処刑されるというのに。
「クズ」
この取り調べの様子を聞いていたルーちゃんは吐き捨てるようにそう呟いた。ルーちゃんのイメージに反するようなその言葉は私の印象に強く残ったのだった。
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