第六章第4話 入国トラブル

うわぁ、なんかすごいのが来た。


私が驚いているとその門兵長と呼ばれた男は更に下卑た声で衝撃的な言葉を言い放った。


「ああ、そうだ。女がいるなら後で俺が直接ベッドで尋問するからな。くくく、鎖に繋いでおくように」

「ほう? 誰が誰を牢屋に入れて鎖で繋ぐと? そして誰が誰をベッドで尋問すると?」


その声に反応してクリスさんが感情を感じさせない低い声で聞き返した。あまりの殺気にまるで周囲の温度が下がったかのような錯覚を覚える。ルーちゃんは怯えてシズクさんに引っついている。


「くくく、なんだ。女がいるじゃないか。おお、しかも上玉揃いとはツイているな。この俺様はホワイトムーン王国第五騎士団カルヴァラ警備隊東門の門兵長、栄えあるガヴラス男爵家のロベール様だ! 貴様ら図が高い! 全員馬車から降りてこの俺に跪け!」


うーん、この国の貴族の息子ってどうしてこうもおかしな連中が多いんだろうか?


しかも門兵長って、どうみても偉そうには見えないし、しかも聞いたこともない男爵家で当主でも嫡男でもないんでしょ? どうしてこいつはこんなに偉そうなんだろうか?


流石にこれには腹が立ったので私が文句を言おうとするとクリスさんが身振りで私を止めた。


「申し訳ございません。フィーネ様。騎士団にも一部愚か者がいるのです。シズク殿も、ルミアも不快な思いをさせて済まない」


そう言うとクリスさんは聖剣を抜き放った。


「ああん? この女、騎士であるこの俺に剣を抜いたな!? いいだろ――」


そしてクリスさんはこのロベールという男が喋り終わる前に喉元に剣を突きつけた。


「私はクリスティーナ。聖女フィーネ・アルジェンタータ様の盾にしてホワイトムーン王国近衛騎士団特務部隊所属の聖騎士だ。ロベール・ガヴラス、貴様をホワイトムーン王国聖女保護法第三条違反、そして我が王国騎士団における規律違反の現行犯で逮捕する。騎士ジョエル! 騎士マケール! 騎士ティボー! 聖騎士特権をもって命じる。この男を拘束しろ!」

「なっ!」

「は、ははっ!」


三人の騎士たちによりロベールが追い詰められ、そして取り押さえられる。


「ええい! 離せ! お前ら! こんなところに聖騎士も聖女がいるわけない! こいつらは偽物だ! おい! お前たち、出てこい! こいつら全員取り押さえろ!」


そうロベールが叫ぶと扉の奥から騎士たちがぞろぞろと出てきて、私たちを取り囲んだ。正直、ホワイトムーン王国は親方もシャル達もいる大切な場所だったのでこんなことになるのは悲しいし情けない。


「はあ、クリスさん、どうしますか?」

「私が処分します。フィーネ様は万が一に備えてください」

「分かりました」


私は馬車の周りに結界を張って事の推移を見守る。


「我が名はクリスティーナ。聖女フィーネ・アルジェンタータ様の盾にしてホワイトムーン王国近衛騎士団特務部隊所属の聖騎士だ。お前たち、聖騎士である私と聖女であるフィーネ様に剣を向ける事の意味を理解しているな?」

「うっ」


クリスさんがそう言うと騎士たちは尻込みする。


「命令だ。ロベール・ガヴラス門兵長を拘束しろ」

「「ううっ」」

「何をやっている! こいつらは偽物だ! さっさとこいつらを拘束しろ! ジョエル! マケール! ティボー! さっさと離せ! 貴様らも牢に入りたいのか!」

「で、ですが……」


そうして不毛なやり取りをしていると、少し豪華な鎧を着た若い、二十代前半くらいの騎士が数十人の騎士を引き連れてやってきた。茶色の髪に黒目で背はクリスさんよりも少し高いくらいかもしれない。


「あっ!ウスターシュ様! この賊どもが聖女と聖騎士を騙って――」


ロベールがその若い騎士に声をかけるがそれを無視して私の馬車の前にやってくると跪く。


「聖女フィーネ・アルジェンタータ様、魔物暴走スタンピードの予想されるこのような緊迫した状況の中、カルヴァラへお越しいただき真にありがとうございます。私は第五騎士団国境警備隊隊長、カポトリアス辺境伯が長男ウスターシュにございます」


それを聞いた瞬間、迷っていた騎士の皆さんも一斉に膝をついた。


「はい。ええと、フィーネ・アルジェンタータと申します。ええと、この状況は……」

「ははっ。申し訳ございません。全ては私の管理の不行き届きでございます。おい、騎士ティボー、騎士マケール、ロベール門兵長を拘束し牢屋に入れておけ!」

「ははっ」

「ば、馬鹿なっ! ウスターシュ様っ! そいつらはっ!」


しかしウスターシュさんはロベールのその言葉には一切答えず私に謝罪した。


「重ね重ね、大変申し訳ございません。奴は見ての通りの愚か者なのですが、貴族籍という事もあり中々処分できなかったのです。罪状を詳しく聞いてからの判断となりますが、貴族籍を剥奪したうえでの追放処分といったところでしょう。おそらく斬首とまではならないでしょうが、この状況下において無罪放免とはならないはずです」

「そうですか。法の下に適切な裁きが下されることを望みます」

「はっ。聖女様の寛大な御心に感謝致します」

「神の御心のままに」


ちなみこの法の下に、からのやり取りはテンプレの問答だ。以前イルミシティで色々あったせいで念のため覚えておいたのだが、結局ホワイトムーン王国で役に立ってしまった。


せっかく覚えたこのやり取りもホワイトムーン王国でしか役に立っていないのはなんとも残念だ。あ、使わなかったけど一応マツハタ宿でも似たような場面はあったね。


「それにしても、ウスターシュさんは私たちを疑わないのですね?」


私がそう言うとウスターシュさんは驚いたような表情をした。


「聖女の証たるロザリオとローブを身に纏われ、白銀の髪と赤い瞳、そしてハイエルフの末裔の証である少し尖った耳をお持ちの絶世の美少女など、聖女フィーネ・アルジェンタータ様の他にはおりますまい。まともな貴族であれば当代聖女のお二人とその聖騎士を知らぬ者などおりませぬ」

「そ、そうですか」


そうだった。このところすっかり忘れていたけど、この国だと私はハイエルフの子孫という設定になってるんだった。


「聖女様、よろしければ我が屋敷へおいで下さいませんか?」


こうしてひと騒動あったものの、私たちはカルヴァラの町へと入ったのだった。

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