第六章第2話 魔物の暴れる世界

「はいよー、シルバー」


私は今、借りた馬車の御者台に座ってクリスさんの手ほどきを受けながら馬車を動かしている。


「おお、さすがはフィーネ様です。手綱を使わずとも馬が歩き始めるとは。やはりフィーネ様は動物にも敬われていますね」


私はこの子に「はいよー、シルバー」と呼び掛けたら歩き出してほしいと事前にお願いしておいただけなのだが、どうやらそれをちゃんと理解してくれていたようできちんと歩き出してくれた。


やはり馬というのは本当に賢い動物のようだ。


え? 何を変なことをやっているのかって?


いや、せっかく自分達だけで馬車に乗るんだから御者気分というのを少し味わってみたいな、と。


それに、馬を発進させる時の掛け声って「はいよー、シルバー」って決まっているでしょ?


これ、一度やってみたかったんだよね。元ネタが何なのかは知らないけど。


ちなみにこの馬車を引いてくれるこの馬の名前はシルバーくんではなくゲランくんと言うのだそうだ。


私たちはこのゲランくんと一緒にホワイトムーン王国国境の町カルヴァラまでおよそ一週間の旅路を共にする。


「ところでフィーネ様。その『はいよー、しるばー』とは何なのでしょうか?」


クリスさんが真顔で私に聞いてくる。


「『はいよー、シルバー』というのは、馬に歩き出してください、と伝えるための掛け声です。こうすると馬は歩き出してくれるんです」

「そ、そうなのですか?」

「はは、またフィーネ殿の不思議な伝承でござるな。拙者も今度馬に乗る機会があれば試してみるでござるよ」

「はい。是非そうしてください。最初は上手くいかなくてもそのうちできるようになるはずです」

「そうでござるか」


まあ、掛け声だけだし、大丈夫だよね?


そんな会話をしながら馬車を走らせていると、遠くから土煙を上げて何かがこちらを目指してくる。私はじっと目を凝らしていると徐々にその正体が見えてきた。


「大きな狼が三、いや五頭、こっちに向かってきます。あの大きさだと魔物ですかね? ゲランくん、止まってください。それと落ち着いてくださいね。よっと」


私はゲラン君に停止を指示すると手元の紐を引っ張って軽くブレーキをかける。この紐を引っ張ると車軸に革ひもが巻きついてブレーキがかかる、という仕組みらしい。


もちろん自動車のブレーキのように急停車できるわけではないが、人間が歩いているより少し速い程度のスピードしか出ていないためそれほど問題にはならない。


「姉さま、どこですか?」


ルーちゃんがいそいそと弓を持って御者台に上がってくる。


「ほら、あの土煙が上がっている場所ですよ」

「うー、遠すぎますっ」


そうこうしている間に狼たちは私たちにどんどん近づいてくる。


「あれは……レッドジャッカルという魔物です」


その姿が大きくなったところでクリスさんが魔物の名前を教えてくれる。


「クリスさん、レッドジャッカルはどういう魔物なんですか?」

「はい、レッドジャッカルは少し大きなジャッカルの魔物で、人を見かけると襲ってくるという特徴があります」

「……ゴブリンとどっちが強いんですか?」

「ゴブリンよりは強いですが、ホブゴブリンよりは弱いかと思います」

「なるほど。じゃあ閉じ込めれば問題ないですね。結界!」


私は十分に近づいてきたレッドジャッカル達を結界の中に閉じ込める。


「じゃあ、ルーちゃん後お願いします」

「はいっ。マシロっ、お願い!」


ルーちゃんがマシロちゃんを呼び出して風の刃でレッドジャッカル達を倒す。


「ルーちゃん、マシロちゃん、お疲れ様でした」

「えへっ」


ルーちゃんは嬉しそうに笑う。


「それでは、供養したら行きましょう」

「はい」


私たちはレッドジャッカル達の遺体を燃やし、そして浄化する。これはもちろん、レッドジャッカルの血肉に誘われて他の魔物――なんでも、肉食獣が魔物の血肉に寄ってくることはほとんどないそうだ――が寄ってくることを防ぐため、そして万が一にもアンデッドとして甦らないようにするためだ。もっとも、魔物がアンデッドとして甦るという話は聞いたことがないのだが、浄化をしたところで別に減るものでもないので念のためにやっている。


そして私たちは出発すべく馬車に乗り込む。ちなみにゲランくんも随分と落ち着いたもので、私たちがレッドジャッカル達と戦っている間その辺りの草を食べていた。


お、これぞまさしく道草を食うというやつだ。すごい!


え? 面白くない? いや、うん。その、そうかもしれないなとは思っていた。


でも馬が道に生えている草を食べている様子を見るとこう、なんだか言いたくなるというか。


と、とりあえずそんな感じなのだ。


「はいよー、シルバー」


私は再びゲランくんにお願いして馬車を動かしホワイトムーン王国への道を進む。


その後も魔物の襲撃は断続的に続いた。レッドスカイ帝国の兵士たちに護衛されていた時とは違い今の私たちは直接魔物たちと戦っている。そのため、私はこの世界が魔物の暴れる世界へと変貌しつつあることを肌で感じたのだった。

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