第五章第35話 因果応報
翌朝、私たちは探しに来た兵士の皆さんに保護された。野営する私たちを見捨てて一人で拠点へと帰った将軍だったが、一応迎えは寄越してきてくれた。
将軍の言い分としては「どうせ放っておいても戦力的に問題はないと判断した」だそうなのだが、それはそれでどうなんだろうか?
ちなみに、再会した時将軍は終始イーフゥアさんに睨まれてバツが悪そうにしていた。なのでつまりはそういう事なんだろうと私は理解しておくことにした。
また、将軍の判断で私たちは撤収することとなった。おそらく死なない獣の根城であったと思われる洞窟を制圧したこと、拠点の周辺やチィーティエンとを結ぶ道の周囲からは死なない獣をほとんど駆除できたこと、そして私が浄化魔法を付与した武器が無くても倒せる方法が見つかったこと、これら三つの理由から、将軍が自ら手を下す必要はないと判断したようだ。
まあ、確かにその判断は私も妥当だと思う。
チュンリィンちゃん、それにヂュィンシィーくんはチィーティエンへと護送され、そこで保護されることになるらしい。一応、今回の作戦で死なない獣たちの根城を発見するという手柄を立てた報酬を貰えるそうなのでしばらくの間は生活に困ることはないだろう。それに、ルゥー・ヂゥさんが二人の保護者になるそうなので路頭に迷うこともなさそうだ。
そして出発前に、せめてもの手向けと私はリーチェに種を貰い、元フゥーイエ村の中心に近い場所に植えた。
瘴気や毒などの浄化する種がこの地に芽吹き、再び人の営みが再会されますように。
そんな祈りを残して私たちは数日間を過ごしたこの拠点を後にしたのだった。
****
そうしてフゥーイエ村の跡地に構えた拠点を出発して 5 日後、私たちは予定通りにチィーティエンへと戻ってきた。
「ルゥー・フェィ将軍、よくぞお戻りくださいました! それに聖女様も!」
「イァン・ルゥー太守、わざわざお出迎え頂きありがとうございます」
「ははっ! それとルゥー・フェィ将軍、一大事なのでございます」
「一大事、だと?」
「はっ。南の森にてゴブリンどもが
うえっ、あの 1 匹みたたら 30 匹いると言われるあの?
「数は?」
「不明ですが、おそらく数千はいるかと思われます」
「ふん。だとするとロードが生まれている可能性があるな」
「はい。北の森の掃討に多くの兵を割いてしまったため。とても南に回す余力がなく。どうかルゥー・フェィ将軍のお力をお借りできないかと」
「ふん。まあいいだろう。まずはロードがいるか調べてこい」
「ははっ。既に斥候は放っており、明朝には判明するかと存じます」
「よし、ならば話はそれからだ」
「聖女様、大変申し訳ございませんがこのような情勢でございます。しばらくはこのチィーティエンにご逗留くださいませ。今動かれるのは大変危険でございます」
「はぁ。わかりました」
イマイチよく分からないが、どうやら今は危険な状態らしい。
「太守、私も治療ぐらいならお役に立てますよ?」
「いえいえ、ルゥー・フェィ将軍がおりますゆえ、ゴブリンの千や二千、物の数ではございません」
「はあ、そうですか」
こうして私たちは前の滞在で泊まった部屋へと通されたのだった。
****
「クリスさん、すたんぴーど? とは何ですか?」
私は部屋に入るなりクリスさんに尋ねる。どこかでその単語を聞いたような気はするのだが覚えていない。
「はい。
なるほど。確か数千匹と言っていたし、そんな数のゴブリンがまとまって人里を襲うとなると大変なことになりそうだ。
「おそらく、南の森の集落に住む人間は誰一人として生き残ってはいないでしょう」
「そうですか。私たちも協力したほうがいいんじゃないですか?」
「はい。ですが、ロードがいないのであれば問題はありません。その場合は、ルゥー・フェィ将軍に任せておけば大丈夫でしょう」
「ロード? ロードとは何ですか?」
「ロードとはゴブリンロードの事です。ゴブリンにも様々な上位種と呼ばれる亜種がおり、ゴブリンロードとはあのルゥー・フェィ将軍よりも巨大な体躯に優れた知能、そしてゴブリンどもを統率する能力を有しており、武器と魔法をも操る非常に厄介な魔物です。他にも、体格が成人男性ほどもありパワーとスピードに優れたホブゴブリン、弓を扱うことに長けたゴブリンアーチャー、魔法を使うゴブリンメイジなどがゴブリンの上位種としてよく知られております」
なるほど。ロードがいるとゴブリンたちが組織立った行動を取るから厄介なので、ルゥー・フェィ将軍といえども迂闊に手が出せないということか。
「今斥候を出して調査しているところでしょうが、数千という規模を考えると、十中八九ロードがいると考えられます」
「どうしてですか? ゴブリンの大集団がまとまって行動しているということは、そのロードによって統率されている可能性が高いから、ということですか?」
「いえ、そうではなく数が増えると上位種が出現しやすい傾向にあるのです。百ほどの群れではホブゴブリンやアーチャー、メイジなどが、そして千を超える群れでは大抵の場合ロードが出現すると言われております。数千であればほぼ間違いないでしょう」
「そうなんですね。じゃあ、やっぱり私たちも協力したほうが良さそうですね。まあ、将軍がゴブリンに負けるなんて想像もできませんが」
「そうですね。ルゥー・フェィ将軍であれば単騎で突撃してロードを討ち取って来てもおかしくはありませんね」
クリスさんは複雑な表情でそう言った。やはり、まだ吹っ切れていなくてもモヤモヤしている部分もあるのだろう。
「ところで、どうして魔物暴走が発生するんですか? そんなに大量のゴブリンがいきなり産まれるわけではないですよね? 途中で気付いて早めに数を間引いてしまえばこんなことにはならないと思うんですけど……」
「まず、魔物暴走が何故発生するのかは分かっておりません。予兆、といっても当該の魔物の数が普段よりも少し多い、といった程度で、ある日突然、大量の魔物が現れて町や村を襲うのです」
「……ううん、どういうことなんでしょうね?」
突然大量の魔物が発生するなんてあり得るのだろうか?
ゴブリンにしろ狼にしろサソリにしろカエルにしろ、赤ちゃんや卵を産んで育てるんじゃないんだろうか?
「姉さま、ゴブリンなんかの魔物はある程度数が増えると、そこから先はものすごい勢いで増えるって、殺されたお父さんから聞いたことがあります」
マシロちゃんをうっとりとした表情で撫でていたはずのルーちゃんが会話に割って入ってきた。
「どういうことですか?」
「あたしたちの家族が住んでいた森だと魔物はゴブリンとフォレストウルフ、それにビッグボアくらいしかいなかったんですけど、大体 200 匹を超えたらもう無理だって言ってました。だからあたしたちはそうならないように見かけたら狩るようにしていたんです。それに、ゴブリンは森の食べ物も根こそぎ奪ってしまいますし……」
ルーちゃんは少し辛そうに話している。やはり、殺されたお父さんや行方不明の妹さんのことを思い出しているのだろうか?
「そういえば、魔物ってどうやって増えるんですか? ゴブリンとかは子供を産んでるんですよね?」
「あれ? そういえばあたしもゴブリンは繁殖力が強いって聞いたことありますけど赤ちゃんは見たことないです」
「フィーネ様、私も騎士団にいた頃にゴブリンの巣を潰したことは何度となくありますが、赤ちゃんはおろか子供も、そしてメスのゴブリンすらも見かけたことはありません」
うん? どういうこと? あ、もしかして……
「あの、その、クリスさん。もしかして、その、ゴブリンは人間の女性に、ええと、その、あ、赤ちゃんを産ませたりってことは……」
「いえ? 人間の女性がゴブリンの子を産んだという話は聞いたことがありません。若い女性は乱暴されるそうですが、それは別に繁殖のためではなく単なる快楽のために行うと聞いております。そしてゴブリンどもがその行為に満足したら、被害女性はそのまま食われるそうです」
「うえぇ」
よく聞くような話がないのは良かったような気もするが、乱暴された挙句に食われるというのも想像を絶している。
「魔物がどうして増えるのかは拙者も知らぬでござるが、ルミア殿の話が確かならば森の魔物を間引く者が減ると魔物暴走が発生しやすくなるということでござるな」
シズクさんが何だか正しそうだけど何を言いたいのかよく分からないことを言ってきた。
「うん? シズクさん、どいう事ですか?」
「将軍は過去に何度もこの国で魔物暴走から人々を救ってきたでござるが、この国で魔物暴走が発生すること自体、ある意味自業自得でござるな、と」
「え? どういうことですか?」
「シルツァの里で聞いたでござろう? この国の人間たちはかつてエルフたちを奴隷とするためにエルフ狩りを行ってしまったでござるよ。その結果、深い森の中で魔物を間引いていたはずのエルフたちはシルツァの里に籠るようになってしまったでござる。そうして魔物を間引くはずの存在がいなくなった森で魔物が増え、巡り巡って人間が襲われるようになった、ということでござるな」
「そう、だな。確かにその通りだ」
クリスさんは少し悔しそうな表情をしている。
人間は見目麗しいエルフの女性を凄まじい高値で文字通り物として売買する。買うやつがいるから売るやつがいて、そのためにエルフ狩りを行う人間がいるのだ。
そのせいで、白銀の里もシルツァの里も明確にエルフたちの領域を作り、人間が決して立ち入れないようにした上で隠れるように暮らしている。
それは自衛するためには仕方のないことだし、シルツァの里のエルフたちだって過去に酷い目に遭ったからこそ交流を閉ざしてしまったのだ。
そのせいで深い森の中で魔物を間引く存在がいなくなり、こうして人間に跳ね返ってくる。
「親の、いえ、先祖の因果が子孫に報う、ということですか……罪深いですね」
私は何の気なしに呟いたのだがクリスさんは割と深刻に受け取ったようだ。何かを恐れるような表情で私を見つめている。
もしかしたらクリスさんが非難されているように感じたのかもしれない。
「クリスさん、なんて表情をしているんですか。ご先祖様がやったことはご先祖様のやったことです。私たちがその責任を取る必要なんてあるわけがないじゃないですか。顔も知らないご先祖様の尻拭いなんて、私は絶対嫌ですからね」
そう言って笑いかけるとクリスさんはホッとしたような、そして一方で少し残念そうな表情を浮かべて「そうですね」とぎこちなく笑ったのだった。
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