第五章第28話 脱走経路

昼食に軽く豚ひき肉のマントゥ――要するに普通の肉まんだ――をつまみながら私たちは集まって状況を整理している。


「本当に子供たちは門を通っていないでござるな?」


シズクさんがこの拠点に残っている兵たちのまとめ役をしている将軍の副官さんに尋ねる。


「は、はい。間違いございません。南門も北門も、どちらも子供たちが出ていったことには気付いておりません。それにディアォ・イーフゥアさんのお話ですと、子供たちが行方不明になったのは山狩りの部隊が出発した後です。通るものがほとんどいない門で子供たちを見落とすなどという事は……」

「考えづらい、でござるな」

「ですが、これだけ探していないとなると、門以外に出入口があるんじゃないですか? 例えば小さい子供じゃないと気付かないような場所とか」

「ですが柵に破損はなく、いくら小さな子供でもあの幅を通り抜けるのは不可能です」


確かにこの副官さんの言う通り、あの柵を潜り抜けられるとは思えない。基本的に板で壁が作られているうえ、そうでない場所も獣の侵入を防ぐことが目的なので縦の支柱同士の間隔は 10 cm もない。高さだって 2 m 程はあり、簡単には乗り越えられないようにと尖った返しまでつけられている。


もし仮に柵の上へと登れたとしても、その返しで怪我をしてしまうことだろう。


そうこうしていると、将軍が昼食を食べにやってきた。


「ん? 聖女よ。それに貴様らもこんなに集まって一体何を話し合っているのだ?」

「それが――」


私は二人が行方不明であることを説明した。すると将軍はあっという間に鬼の形相となり副官を怒鳴りつけた。


「この無能が! 一体何をしている! 探していないならここにはいない! ならば放っておけ!」

「で、ですが将軍……」


言い募ろうとした副官を将軍が睨み付ける。すると副官は蛇に睨まれた蛙のごとく縮こまってしまった。


さすがにこれは副官がかわいそうなので私は庇ってあげる。


大丈夫、ここにはイーフゥアさんもいるのだ。何かあったら彼女にお願いすれば大丈夫なはずだ。


「将軍、私が子供たちを心配して捜索を依頼したのです。彼には責任はありません」


すると将軍は私の方に向き直る。


「ふん。聖女よ。よく分かっていないようだが、俺たちの任務はあの雑魚の殲滅だ。民も保護はするが、勝手に出ていった馬鹿者まで守る必要はない」

「何を言っているんですか! 相手は小さい子供なんですよ!?」


あまりの言い草に私は声を荒らげる。


「ふん。貴様がどう思おうが、この状況で勝手に外に出るなら自己責任だ」

「なっ……」


あまりの言い草に絶句してしまった。


「間違っても山に探しに行こうなどするなよ? 山には既に部隊が展開して掃討作戦をしているのだ。もし見つかるならあいつらが見つけているだろう。もし戻ってこなかったならそれまでだ」

「……」

「それとも、探す当てでもあるのか?」

「……いえ」

「ふん。ならばこの話はここまでだ。貴様ら、持ち場に戻れ! これ以上無駄なことをしたらその首を叩き落としてやる!」

「「「は、ははっ!」」」


将軍に脅された兵士たちが慌てて持ち場へと戻っていく。副長さんも私に「お手伝いできずに申し訳ありません」と謝罪し、持ち場へと戻っていった。


「……将軍?」

「なんだ? 聖女よ」

「将軍は、私たちと一緒に旅をしたいのですよね?」

「そうだ。そろそろ俺の実力を認めたか?」

「……」


この人は、本気で言っているのか? それとも私を怒らせるために言っているのか?


「意味が分かりません。将軍はどうして私たちと一緒に来たいんですか?」

「ふん、知れたことよ。お前と一緒いたほうが強敵と戦えそうだからだ。人間ではもう俺の相手にならん。吸血鬼に魔族、聖女であるお前といればそいつらを倒す機会を得られるだろう。そして俺は武を極めて最強になる。目的はそれだけだ」

「……そうですか」


うん、絶対無理だ。私たちの旅はそんなんじゃない。私たちの旅はこう、何というか、そう、ゆるふわ女子旅なんだ。そういうのは勇者様と一緒にやってくれ。


そんなことを思っていた時だった。


「あの、聖女様」

「なんですか? って、えええええええええぇ!?」


私が呼びかけられた方を振り返ると、なんとそこにはチュンリィンちゃんとヂュィンシィーくんの姿があった。


「あーーーーーーーっ! いたっ!」


ルーちゃんが二人を指さしながら大声で叫ぶ。


「ちょっと、二人とも今までどこにいたんですか!」


私も思わず大きな声で二人に詰め寄ってしまった。


「え? え? え?」


チュンリィンちゃんが突然指さされ、そして大きな声で詰め寄られたことで慌てふためいている。


「いつものところであそんでたの!」


ヂュィンシィーくんが大きな声で答える。


ええと、落ち着け、私!


「ええと、ヂュィンシィーくん、大きな声を出してごめんなさいね。いつものところってどこなのかな? お姉ちゃんたちを案内してくれる?」

「うん! こっち!」


そう言ってヂュィンシィーくんが私の手を引っ張っていつもの場所とやらへと案内してくれる。


その場所は拠点の北東側だ。ここには大岩があり、それが幅 10 m くらいにわたって壁の役割を果たしている。


「ここ、のぼるの!」

「え?」


そう言うと、ヂュィンシィーくんはするすると垂直、いや垂直よりも角度がある高さ 5 メートル程の大岩をするすると登り始めた。


「え? え? これ、登れるんですか?」


ヂュィンシィーくんは岩の割れ目や突起に上手く手や足をひっかけて器用に登っていくと、そのまま大岩を登りきってしまった。


ええと、これはどうしよう?


「フィーネ様、いかがなさいますか? 脱出経路は分かったのでもう良いかと思いますが」

「それもそうですね。ヂュィンシィーくん、一度こちらに降りてきてくれますか?」

「えー? やだ! いっしょにあそぶの!」


ああ、そうか。案内してと言われたから一緒に遊んでもらえると思ったのか。


「仕方ありませんね。梯子はありませんか?」

「はっ、ただいま!」


私は近くにいた兵士に梯子を持ってきてもらい、それを使って岩の上へと登った。


そこは見晴らしもよく拠点が一望できるのだが、この大岩、降りる場所がない。東西南北どの方向も全てほぼ垂直の壁で、なだらかな場所はどこにもない。


「ここからおりるの」


そう言ってヂュィンシィーくんはするすると岩の北側を降りて行った。


「ええと、どうしましょう?」

「フィーネ殿、その梯子を使うでござる。クリス殿、梯子を」

「ああ、任せろ」


なるほど。それなら、私が収納して出したほうが早いだろう。


「いえ、私がやります」


私は一度梯子を収納に入れ、北側にそれを使ってヂュィンシィーくんのところへと降下した。


「はい。お待たせしました」


そういってヂュィンシィーくんの手を握ると私はチュンリィンちゃんに声をかけた。


「ところでチュンリィンちゃん、先ほど何かを私に伝えようとしていませんでしたか?」

「あ、はい。そうなんです。実は、あの怖い魔物がたくさんいる場所を見つけました」


ん? 今何か重大なことをさらっと言われたような?


「ええと? 死なない……あの怖い魔物の根城を見つけた?」

「はい。それで聖女様に知らせなきゃって」

「それはどこですか?」

「あっちの山の崖の下にいっぱいいました」

「……わかりました。このまま案内してください」

「フィーネ様!?」

「大丈夫です。崖の下なら、そこから崖の上に登って来ることはないでしょう。上から様子を確認したらすぐに戻ります。それに、将軍がいるとすぐに戦闘になってしまうでしょうから」

「……かしこまりました」


クリスさんは子供を連れていくことに反対な様子だったが、そう言うと納得してくれた。


どのみちこの子たちに案内を頼むことになるのだから、将軍がいないときのほうがこの子たちの安全は確保されるだろう。


「せいじょさまー、こっちー」

「ああ、はいはい。そんなに引っ張らないでください」


私はヂュィンシィーくんに引っ張られながら拠点の北東側の森に分け入るのだった。

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