第五章第8話 ユカワ温泉(4)

露天風呂でステータスを見せあった翌日、私たちは町の散策に来ていた。近くで間欠泉の見学をするためだ。


ちなみに、昨晩はみんなが優しくしてくれて、なんと全員の血を飲ませてもらったのだ。クリスさんはまだ完全に納得してくれたわけではなさそうだったが、私を吸血鬼として認めたうえで血を飲ませてくれた。みんなからは(笑)をネタにされてやや揶揄からかわれていたような気もするが、これで私の吸血鬼(笑)問題は解決と言ってもいいだろう。たぶん。


もちろん、私たちの間以外では理解されないだろうから積極的に言いふらすつもりはないけれど。


ちなみにシズクさんの血を貰うのははじめてだったがこれまた味わいが違って美味だった。クリスさんは落ち着くいわばおふくろの味のような安心感のある味わいで、ルーちゃんはフレッシュで元気のある清々しい味だ。だが、シズクさんの血は豊かな酸味と甘みが渾然一体となり口の中で弾け、そこに少し野性の風味が追加されたような、そんな芳醇な味がする。


やはり普段はクリスさん、元気になりたい時やリフレッシュしたい時なんかはルーちゃん、特別な日や記念日にはシズクさんと飲み分けるのが良さそうだ。


って、私は一体何を考えているんだ!


これじゃあまるで吸血鬼じゃないか。


あ、いや吸血鬼なんだけど、って、そうじゃなくて!


そう、飲ませてもらえるだけでもありがたいんだ。こんな私を受け入れてくれる人――と言っても人間以外のほうが多いのだが――が三人もいることに感謝しよう。


さて、私たちは町の中心部を通り抜け山側へとやってきた。すると、町の人が声をかけてきてくれた。


「おや? 旅のお嬢さんたち、川へ行くのかい? 川へ行くんだったら危ないからあんまり水に近づいちゃだめだよ?」

「はい。ありがとうございます。それと間欠泉も見たくて」

「ああ、なるほど。それなら、あっちのユカワバナナ園の方に間近で見られるのがいっぱいあるよ」

「バナナ園!?」


こんなところでバナナが育つの? 何で?


「わーい、バナナ! バナナもいっぱい買って行きましょうねっ!」

「え? ああ、そうですね」

「そういうことなら、バナナ園の向かいのお店でも買えるよ。気を付けて行っておいで」

「ありがとうございます」


そうして指示された方向へと歩いていく。するとあちこちから湯気が立ちのぼるようになり、そしてその立ち上っている湯気の数に比例するようんどんどん蒸し暑くなってくる。


「もしや、この辺りは源泉だらけで、その熱でこんなに熱くなっている、ということでしょうか?」


その時だった。


ブシャァァァァ!!


突如道の脇から温泉水が噴き上がった。


「おっと、結界」


私は火傷をしないように結界を張って温泉水から身を守る。まさに目と鼻の先、数メートルの場所から一気に温泉水が噴出した。


「おおおぉぉぉ、すごいっ!」

「これは……!」

「いやはや、フィーネ殿、助かったでござるよ」

「ええぇ」


どうしてこんな危険なものがこんな道の脇にあるんだ?


この源泉のお湯はボコボコと沸騰している。そう、つまりこれを浴びたら下手をすると死ぬ可能性だったあるのだ。


「ああ、そういうことですか。気を付けてって、この事だったんですね! ……はぁ」


私は思わずため息をついてしまった。きっと悪気はないどころか、親切で言ってくれたんだろうとは思う。


文句を言うのはお門違いなんだろうけど、もう少し詳しく言ってくれても良かったんじゃないかな?


結界に守られながらじっくりと間欠泉を間近で観察した私たちは、その後十分ほど歩いてバナナ園に到着した。そこには広大なバナナ畑が広がっている。辺り一帯はまるで真夏のような蒸し暑さだ。残念ながら観光農園ではないため見学はできないようだが、目の前にバナナを売るお店がある。


「おや、いらっしゃい。ユカワ名物のバナナはいかがですか? 外人のお嬢さんたち」

「食べますっ!」


店員のおばさんに声をかけられたルーちゃんが目をキラキラさせながらすすすと近づいていく。


「何房お求めですか?」

「えーと、ぜんbむぐっ」

「とりあえず、試食してみてもいいですか?」

「もちろん、どうぞ」


全部買うと言いそうになったルーちゃんの口を塞ぐと私は試食を要求する。昨日食べたバナナのように甘ければ良いけれど、そうじゃないなら遠慮したい。


おばさんはバナナを一本その房からもぐとナイフで小さく切って私たちに差し出してくれる。


「おいしーっ! 昨日食べたバナナと同じ味がしますっ!」


ルーちゃんはご満悦だ。


「そりゃあ、ユカワのバナナのほとんどはこのバナナ園で取れていますからね」


おばさんがそう解説してくれる。


なるほど、どうやら杞憂だったようだ。


「じゃあ、買います。何房にしようかな。ええと……」

「じゃあ、この棚と、この棚と、それからこの棚のやつを全部お願いしますっ!」


ルーちゃんが棚指定でオーダーを出している。店の商品全部はダメという事を理解してくれたようだ。


「あらら、お嬢ちゃん目利きですねぇ。うちのバナナはどれも質が良いですが、その中でも特に良いものだけを指定してくるなんて」


私には違いがさっぱりわからない。でも美食ハンターのルーちゃんが言うならば間違いないのだろう。


しかしこんなに大量に買うとは思わなかった。どうやら私がミヤコで大人買いしたせいでルーちゃんにも大人買いの癖がついてしまったようだ。


うーん、ま、いっか。


「じゃあ、それで」

「毎度ありがとうございます。一房で銀貨 1 枚ですので、合わせて金貨 8 枚となります」

「え……」


うん、意外と高かった。


銀貨 1 枚ということは大体 5,000 円くらいの価格だ。希少価値なのかは分からないが、想像していたよりもずっと高い。


「む、店主殿。もう少し勉強しては頂けぬでござるか? これほどの量を買うでござるよ? その値段ではこのかご一つ分しか買わないでござるよ」


シズクさんがすっと私と店員さんとの会話に割り込んできた。


「それに、売れなければ市中に流すでござろう? その時の値段は今の五分の一ほどではござらんか?」


な、なんだってー? 私たち、ぼったくられるところだった?


「いくら値段を知らない外国人相手とはいえ、スイキョウ様にお会いして帰国の途にあるこのお方に法外な値段で物を売りつけるのは、いかがなものかと思うでござるよ?」


それを聞いた瞬間におばさんの顔が蒼白になった。


まあ、スイキョウと会ったというのは事実だから間違ってはいないけど、想像するような意味じゃないよね。私とスイキョウは殺し合った仲なわけだし。ついでに言うとそのスイキョウ様は今や別人だし。


「わ、わかりました。今の五分の一で構いません。ですのでどうか、どうかご勘弁を」

「そうでござるか。だがそれ程の割引となるとそなたももう少し売り上げが欲しいところでござろう? 故に拙者たちは金貨 2 枚分買うでござるよ。ルミア殿、あと少し、ええと……あと 120 房選んでよいでござるよ」


そう言ってシズクさんはルーちゃんに追加のバナナを選ばせる。私たちからぼったくろうしたらしいおばさんは能面のような表情をしている。


というか、シズクさんよくあんな計算をすぐにできるよね。私なら紙とペンが欲しくなりそうだ。


そしてルーちゃんの選んだバナナを私の収納にしまうと金貨 2 枚をおばさんに手渡し、私たちは店を離れる。


「えっと、良いんですかね? シズクさん」


そっとシズクさんに耳打ちすると、シズクさんは頷いた。


「あれは、良いものと悪いものを混ぜて売っているでござるよ。その平均の値段が小銀貨 1 枚といったところでござろうな」

「シズクさん、よくそんなことが分かりましたね」

「拙者の副職業は商人でござるよ。【商品鑑定】のスキルを使えばその商品の値段が妥当かどうかはある程度分かるでござるよ」

「なるほど」


一人で旅を続けるというのは想像以上に大変だったのかもしれない。そんな感想を持ちつつ私たちはバナナ園を後にしたのだった。

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