第四章最終話 おかえり
シズクさんを助けた私たちは、何事もなかったかのようにシンエイ流の道場に戻り一夜を明かした。
襲撃をしていながら何故そんなことができたかというと、アーデの眷属となったスイキョウが何食わぬ顔で御所へと戻り、何食わぬ顔で女王として捜査の中止を命じたおかげだ。
また、テッサイさんとソウジさんはどうにか一命を取り留めたが、イッテツさんとヤスオさんは残念ながら討ち死にしてしまった。
そこで、龍神洞への襲撃は彼ら二人によるテロ行為という事で秘密裏に処分された。そしてテッサイさんは二人を連れ戻しに来たが、時すでに遅く間違って戦闘に入ってしまったことになった。そしてこれを真実とスイキョウが認定したことで捜査は全て終了し、テッサイさんも監督者責任を取るということでミヤコから出ることを禁止された。
これにて今回の事件は解決したこととなった。
ちなみに、私たちがイッテン流道場を襲撃してキリナギを奪い返した件は不問とされた。この国の価値観からして、クリスさんに道場を破られたにも関わらずそのクリスさんに対して嘘をついたということは殺されて当然の行為なのだそうだ。私たちが放置してきたカンエイさんも結局亡くなってしまったそうで、これでミツルギ家も断絶となってしまった。
色々と思う部分はあるが、私のわがままで多くの血を流してしまったことは事実だ。その点については私の罪として心に刻んでおこうと思う。
後日、私たちは再び龍神洞に行き水龍王の封印を修復した。インゴールヴィーナさんの助けなしに修復した封印がどの程度もつのかは分からないが、いくらなんでもすぐに破られるということはないだろう。たぶん。
そして私たちは今、ミエシロ家先祖代々のお墓にやってきた。お墓を掃除し、お花とお線香を手向け、手を合わせる。このお墓にはシズクさんのお父さんと叔父さんが眠っているそうだ。しかし、お母さんは生贄として捧げられたため残念ながらここには眠っていない。その叔父さんというのが在りし日のミエシロ家のご当主様だったそうで、カンエイが理不尽な文句を言っていた相手のようだ。
「スイキョウ様は、八頭龍神様は魔物だったでござるよ……」
シズクさんは手を合わせながら墓前にしみじみと呟いた。その頭には黒い耳が、そしてお尻からは黒い尻尾が顔をのぞかせている。
私は結局この状態を治すことはどうしてもできなかった。
「はは、ミエシロ家は、ご先祖様は、何のために犠牲になってきたでござるかな……」
シズクさんは寂しげに、そしてやや鼻声になりながら墓前に語りかける。
慰める言葉をかけてあげたい。しかし、生贄を否定し、その歴史を否定してまで真実を暴いた私にはかけてあげられる言葉が思いつかない。
「フィーネ殿」
「なんですか?」
私はシズクさんに呼ばれて顔をそちらへ向ける。
「拙者は知らなかったとはいえ、取り返しのつかない過ちを犯してしまうところだったでござる。そればかりか、命まで救って頂いたこと、心より御礼申し上げるでござる」
シズクさんはこちらをまっすぐと見据え、そして深々と頭を下げた。
「え? そんな。頭をあげてください」
私は慌ててそう言い、シズクさんに頭を上げてもらう。
「シズクさんは私の、いえ、私たちの大事な仲間です。大事な仲間のピンチに駆けつけるのは当たり前じゃないですか。仲間が困っているなら助けるのは当然だって、シズクさんもツィンシャで言ってたじゃないですか」
「フィーネ殿……。フィーネ殿はまだ、勝手に出ていった拙者を、仲間だと言ってくれるで……ござるか?」
シズクさんの声が震えて涙声になっている。そのせいで私までもらい泣きしてしまいそうだ。それを堪えて私は努めて明るい声でシズクさんに答える。
「もちろんです。当たり前じゃないですか」
「……フィーネ殿。拙者は……また一緒に……旅を、しても、よい、で……ござる……か?」
「シズクさんこそ、私たちと一緒に来てくれますか?」
「ああ、フィーネ殿……。ああ、ああ、もちろんでござる!」
潤んだ瞳で私を見つめるシズクさんの顔は泣きながら笑っているようだった。
わたしはそんなシズクさんのケモミミがペタンと垂れ、そして尻尾が嬉しそうに左右に大きく振られているのをみて可愛いと思ったのだった。
シズクさんが真顔に戻り、そして真剣な眼差しで私の目をまっすぐに見つめてきた。
「フィーネ殿」
「はい、なんですか?」
「拙者は今この時よりフィーネ殿の剣となるござるよ。フィーネ殿の国にはその誓いを立てる儀式があるそうでござるが、どうかそれを拙者にもやらせては貰えぬでござるか?」
え? あれやるの? そんなことしなくても良いと思うけれど。
うーん、まあいいか。きっと、シズクさんなりの気持ちの区切りなのだろう。
「分かりました。それじゃあ、キリナギをお借りしますね。ええと、口上はクリスさんに教えてもらってください」
「かたじけない!」
****
「宣誓!
拙者、シズク・ミエシロは!
フィーネ・アルジェンタータを主とし!
御身を守る盾となり!
御敵を討つ剣となり!
謙虚であり!
誠実であり!
礼節を重んじ!
裏切ることなく!
欺くことなく!
弱者には常に優しく!
強者には常に勇ましく!
己と主の品位を高め!
正々堂々と振る舞う!
騎士たらんことをここに誓う!」
ミエシロ家の墓前で私に跪いたシズクさんが誓いの口上を述べる。
「許す」
私がそう答えるとシズクさんは口元に差し出されたキリナギの切っ先に口付けを落とす。
するとそれを見ていた皆から祝福の拍手が贈られる。
「フィーネ殿、これからもよろしく頼むでござる」
シズクさんが笑顔でそう言った。
「こちらこそ。それとシズクさん、おかえりなさい」
爽やかな風が駆け抜けていく。
薫風は私たちの髪を優しく撫で、澄み渡る青空に映えた新緑をそっと揺らすのだった。
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