第四章第41話 真相

「ふふ、フィーネは本当に可愛いわね。慌てて魔法を使い過ぎてひっくり返るなんて」


私は床に横たえられ、アーデに膝枕をしてもらっている。彼女な巨大な双丘が邪魔をしてその表情は窺えないが、その声から想像するにずいぶんとご満悦な様子だ。


一応断っておくが、別に羨ましいとか、そういったことは決してない。ないったらないので安心してほしい。


「……アーデ?」

「何かしら?」

「あの、竜人になったり、シズクさんにケモミミと尻尾が生えたり、鬼になったりしたのは一体何なんですか?」

「鬼とやらはわたしは見てないから分からないけれど、スイキョウとあっちの黒狐憑きちゃんは別よ」

「そうなんですか……」

「あっちの黒狐憑きちゃんはね、妖、まあ精霊とか幽霊とか存在を全部ひっくるめてこの国ではそう呼ぶそうなのだけれど、それを憑依させているの。それが、あの子の家系であるミエシロ家の女が引き継ぐとされる【降霊術】よ。ただ、使ってみるまで何が憑くかは分からないと聞いているわ。だから、最悪の場合は悪霊やら破壊衝動を持った妖やらに憑りつかれてそのまま狂って戻れなくなるということもあるそうよ」

「……じゃあシズクさんは?」

「今、憑りついた黒狐とあの子、どちらが強い意志を持っているかじゃないかしら? でも、わたしもみるのは初めてだからよく分からないわ」

「あ、シズクさん!」


私はシズクさんの元へと行こうとするがアーデに止められて膝枕のポジションに引き戻される。


「ダメよ、まだ動いちゃ。あなただって少しは体を休めなくちゃ」


本当だろうか。このまま膝枕していたいだけなのでは?


「もう、疑ってるわね? まったく」


そう言うとアーデは私をお姫様抱っこするとシズクさんのそばへと連れていってくれた。床に横たえられるが膝枕は継続された。


「はい、これでいいかしら?」

「……う、ありがとうございます」

「ふふ、よろしい。そんなに感謝しているのかしら?」

「はい。でも結婚はしませんよ?」

「ぶー」


アーデはわざとらしくむくれたような声を上げるが、その声はとても上機嫌に弾んでいる。


「ふふ、それでね。そのミエシロ家の【降霊術】に目をつけたのがずっと昔のこの国の王様ってわけ」


アーデは話を再開した。


「スイキョウだけではなく、そんなに昔から生贄の儀式をしていたんですか?」

「最初は、生贄でなくて神の声を聞くとか言って適当に【降霊術】を使って占いのような事をしていたそうよ。それにね、ミエシロっていう家名はね、この国の古代文字だと、高貴なる神を宿すための器という意味で『御依代ミエシロ』と書くそうよ」

「それで……御依代……」

「そう。そこに目をつけたのがここに封印されている八頭龍神様、またの名を水龍王ヴァルオルティナとも言うわね」

「え? 水龍王って、あの大魔王に敗れて魔物になったという伝説の?」

「伝説でもおとぎ話でもなくて実在する魔物よ」

「なんでそんな魔物なんかに生贄を捧げているんですか?」


私は思った疑問を素直に口にする。それだけ有名な魔物が封印されているならきちんと伝承が伝わっていても良いだろうに。


「それが水龍王の狡猾だったところね。封印のほんの僅かなほころびから外界に干渉したみたいよ。そして最初は小さな動物の霊あたりを操る。そして長い時間をかけてこのミエシロ家を使う【降霊術】に干渉し続け、神の声を聞くという占いの儀式の形を少しずつ変貌させていったの。八頭龍神というのは元々各地で洪水や山崩れなんかを恐れた人間たちが各地で祀っていた想像上の神様だったそうよ。それに上手く乗っかって、その八頭龍神に成り代わる形でね、この国に生贄の儀式をするという文化を根付かせていったわ。生贄に捧げられた者の魂を、そしてその力を喰らうことで封印を破る力を取り戻すためにね」

「な、なんていう事を……」

「そうして徐々に力を取り戻していった水龍王は、妖を憑依させた状態で生贄を取り込むということを始めたわ。一度により多くの力を取り込むためにね」


アーデはそこで一旦言葉を斬って一呼吸置いた。そして再び口を開く。


「そしてそれが思わぬ形で実を結んだのが丁度 50 年前ね。生贄として捧げられたミエシロの女がみずちという水に棲む竜のような存在を降ろしたの。で、水龍王はそのミエシロの女を殺してその力を啜るのではなく封印の内側へと取り込んだらしいわ。そしてその十何年か後、封印の向こう側からスイキョウが現れて女王となったそうよ」

「それってつまり……」

「真相は分からないわ。これは私の推測だけれど、十何年という期間を考えると無理やり子を産ませたんじゃないかしら? 蛟を降ろして竜の眷属に近い体になったのだから可能かもしれないでしょう? そして、その子供を自らの傀儡として好き放題に国を動かした。スイキョウが国を安定させたのは封印を破って出てくるまでこのやり方を維持するためでしょうね」


どうやら私たちはとんでもない大事に首を突っ込んでいたようだ。


「多分だけどね。今回で封印を破る目途が立っていたんじゃないかしら?」

「え?」

「だって、これで断絶だもの。ミエシロ家」

「ええと?」

「だって、あなた達はミエシロの親戚全員を倒してきたんでしょ?」

「あ、はい。多分そうですね」

「だったらあそこの黒狐憑きちゃんがミエシロ家最後の生き残りよ? それを生贄に捧げちゃったらもう次がないじゃない。これほど手の込んだ事をする奴がそうしたってことは、きっともうチェックメイトだったんじゃないかしら?」

「ああ、なるほど。確かにそうですね」


何というか、うん。よくもまあ、何とかなったものだ。


「ま、このミエシロ家の歴史の話はあそこの階段で伸びてるお爺さんに聞いたことだから、全部本当かどうかは知らないわよ。人間の伝承なんて歪むものだしね」

「え?」

「ふふ。あなたの先回りをしてびっくりさせようと思ってね? それであの黒狐憑きちゃんを追いかけていたの。そうしたら何だか面白いことになっているなって思って、それで調べてみたのよ。あのお爺さん、私が目と目を合わせて真摯にお願いしたら全部教えてくれたわ。なんでも、若い時に生贄に捧げられたミエシロ家の女が忘れられないそうよ。ええと、たしかキキョウって名前だったかしら。ホント、一途な恋って素敵よねぇ。ね、フィーネ。あなたもそう思わない?」


そう言ってアーデは楽しそうに笑ったのだった。


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ところで、ミエシロの漢字が御依代だとお気付きだった方ってどのくらいいらっしゃるんでしょう? お気付きだった方は、やはり最初からお気づきだったんでしょうか? それともどこかのタイミングでお気づきになられたのでしょうか?


よろしければ感想などで教えて頂けると嬉しいです。もし簡単に気付かれていたとなると次からはもう少し凝ったものを考えなければ(汗

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